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風の終わり  作者: 竹内すくね
一部
24/37

タタズの塔・2



 ごねるレオをなだめすかし、ガラン班が塔内部から地上に戻ってくるまでの間は、一時間と経っていなかった。六人揃って陣を踏み、転移魔法によって再び陽光を受けた時、

「……何? んだ、こりゃ?」

 塔の見張りを受け持っていたはずの、突風同盟のメンバーが蛮声を張り上げていた。その声に混じって、剣戟の音と、魔力の放出による爆音が聞こえる。

 戸惑っている班員をよそに、ガランは状況を理解し、瓦礫に身を隠す。敵襲だ、と、彼はそう叫んだ。その言葉に反応したレイネは、魔力を練りつつ、レオたちを瓦礫に追い遣り、ガランの傍へと駆けた。

「他ギルドが仕掛けてきたのですね」

 頷きつつ、ガランは得物を鞘から解き放つ。

「まさか、よりにもよってこのタイミングで来るとは思ってなかったぜ。すまんが、お前はあいつらを頼む。俺はリベルファイアと合流して敵を追っ払うからよ」

「かしこまりました。どうぞ、お気をつけて」

 ガランは舌打ちし、己の浅はかさを呪った。ここ最近は塔に対する襲撃の一つすらなく、油断していたのである。新入りを引き連れている今の状況は重荷でしかなく、彼らを守りながら戦うのは至難の業であった。不幸中の幸いか、ここには魔法使いがおり、レイネがいる。ならば、自分は前に出るだけだ。身を盾にし、自らを犠牲にしてでも班員たちは守らなければならない。決意を改め、ガランは物陰から飛び出した。



「高位の魔法使いはいないっ、アーチャーにだけ気をつけろ!」

 叫び、リベルファイアは溜め込んでいた魔力を放出する。追尾式の炎の矢は、前方にいる弓使いの胸に突き刺さり、小さな爆発を起こした。その成果を確かめないまま、彼は新たな魔法を行使し始める。

 塔の見張りを受け持っていたのは、リベルファイア含め、八名のギルドメンバーであった。これは、常に比べれば少ない人数でもある。ちょうど、見張りが交代する時間を狙われていたのだ。リベルファイアたちはガラン班が塔内部に入った後、四方を囲まれている事に気づき、混戦へとなだれ込んだ。

「おい、どうなってやがんだ」

「……ガランか」隣にしゃがみ込んだガランを横目で見遣り、リベルファイアは炎の矢を放つ。

「囲まれている。魔法使いはいないが、四方から火属性の魔法が飛んできているな。アーチャーは、少なく見積もっても六か、七はいる。前衛の剣士は少ないようだ。今のところ、死者は出ていない」

「何人仕留めた?」

「確実にやったのは四人、西方のやつらには全員、矢を浴びせてやった」

「だったらそっちから片付けちまうか。一回だけでいい。俺が出て行くのに合わせて全員で射掛けてくれ」

 首肯し、リベルファイアは懐から漆黒色の、尖った石を取り出した。彼はこれを使い、地面に魔法陣を刻むつもりだったのである。

「襲撃者は前衛を少なくした編成か。……恐らく、俺の存在はばれていたのだろうな」

「かもな。時間が経てば、塔からプリカ班も戻ってくる。だが、向こうの援軍が来ないとも限らねえ。速攻仕掛ける。急いでくれよ」

 ガランは触れなかったが、突風同盟には他ギルドのよこした内通者がいると、リベルファイアは確信していた。最大の規模を誇るギルド内には、顔も名前も知らないメンバーすらいる。強くなったのではない。突風同盟は、膨らみ過ぎたのだ。

「……今悩んでも仕方がない、か」

 陣の完成はもうすぐである。リベルファイアは最後の式を刻み、襲撃者たちに向かって、魔力を解き放った。



 ついていかない。ついていけなかった。他ギルドが襲撃を仕掛けてきて、自分たちの身が危ういのだとは分かっている。だが、それだけだ。頭のどこかでは理解していたとしても、体が言う事を聞いてくれなかった。

 トーマの呼吸は荒い。物陰から身を乗り出して様子を覗こうとするも、炎の塊が近くで爆発し、彼は身を竦ませる。スコップの柄を握り締めて、忙しなく周囲に視線を巡らせた。

「こ、殺されちゃう……」

「大人しくしていれば問題ありません。ガランさんたちが助けてくれますよ」

「で、でもさ、でも」

「ええいっ、何をがたがた言っておるか! レイネ、俺も戦うぞ。ここで身を隠し、生き長らえたとしても、それはもはやレオ・バーンハイトには非ず! 命よりも誇りを選ぶのだっ」

 大剣を構えたレオが飛び出そうとするのを、レイネとウェッジは必死に押し止めている。

「離せっ、離せと言っているだろうが! 貴様らっ、ガランも言っていただろうっ。俺たちは今日、この塔を見たことで真の、突風同盟の一員になったのだと! ならば、塔を守るのは当然だ!」

「……だが、闇雲に飛び出しても狙い撃ちに合うだけだ。向こうには腕のいい弓使いがいる」

「更に、魔法を行使する者もいます」

 ガランからレオたちを任されたレイネは、自分たちが囲まれているのに気づいていた。この状況下で策もなく向かっていっても、遠間から殺されるだけなのである。

「私が行きます。私だけで行きます。皆様、どうか、坊ちゃまを」

「ならぬぞレイネ! 貴様だけに行かせて、何がバーンハイトか! 何が長子か!」

 心底からうんざりした様子で、ジュリは息を吐き出した。彼女はナイフを抜き、両手で構える。

「これだからてめえらは嫌いなんだ。オレ一人でやるからよ、てめえらはそこでじっとしてろ。邪魔だ」

「だっ、ダメだよ! 危ないって!」

「じゃあ大人しく殺されろってのか? 優しいよなあ、田舎もんは。でもな、あいつらはオマエみてえに優しくないんだぜ。塔に何があるか知らねえが、そいつを横取りにきやがったんだ。やるか、やられるかだ」

 今にも飛び出してしまいそうなメンバーを見て、ウェッジは瞑っていた目を開いた。彼は弓を取り、矢を番える体勢に移る。

「……ガランたちは西側の敵を受け持っている。なら、俺たちは逆側の敵をかき回す。相手を殺さなくてもいい。戦闘の続行を不可能にすればいい」

「は、どうやって? もう戦いはやめましょうって頭下げて回んのかよ?」

「俺が狙い撃つ。幸い、こちら側の敵には魔法を使える者が一人しかいない。弓兵を無効化すれば、易々とは手出し出来まい」

 だが、と、ウェッジは頭を振った。

「……矢を撃つにはここから出なくてはならない。その間、俺は無防備となる」

「よかろう。その間、俺たちが囮役を引き受ける。任せたぞ、射手」

 レオは膝立ちになり、全員を見回す。トーマだけが、顔をそらした。

「農民よ、それでも構わん。だが、せめて動いてくれるなよ」

「ま、待って! みんな、殺されちゃうかもしれないのに、どうして……」

「二度も言わせるな。俺は射手を信じると言った」

 言い放ち、レオは剣を掲げる。

「前は俺が引き受ける。行くぞ」

 トーマにはもう、止められなかった。彼は、飛び出して行く四人を見送るしか出来なかった。



 レオが物陰から飛び出してきた事で、襲撃者たちは少なからず動揺を覚えたようであった。……突風同盟を襲撃した者たちの内、東側にいたのは弓兵が四人と、魔法を扱える剣士が一人である。

 動揺は隙を生んだ。ウェッジからすれば、充分過ぎる間であった。彼が矢を放つと、それは弓兵の男の右腕の腱に、吸い込まれるようにして突き刺さっている。射掛けられた男は信じられないものを見るかのように、突き立ったままの矢を見つめていた。

「くっ、おお……!」

 襲撃者側の弓兵三人が咄嗟に得物を構える。しかし、ウェッジの矢はそれよりも速かった。何よりもその狙いは正確であったのだ。一番左側にいた男の腕に矢が突き刺さり、彼は弓を手落としてしまう。更に、前方からは大剣を構えた大男が走りこんできているのだ。恐れおののき、残った弓兵の二人は二手に分かれて距離を取ろうとする。

 魔法を扱える剣士は片手で剣を構え、レオの接近を待っていた。だが、彼よりも速く動ける者の存在を見落としている。一陣の風が吹いたと同時、剣士の右手首が地面に落ちていた。驚愕よりも先、彼は苦痛によって地に這い蹲らされる。

「まさか、てめえらだけイイ思い出来るとは思ってねえだろうな、ああ?」

 ジュリは剣士の顎を蹴り上げ、彼の頭を強く踏みつけた。剣士が歯噛みすると、別の方向から爆音がやってくる。彼は踏みつけられているせいでその様子を見られなかったが、レイネの放った魔法が、右方に逃げた弓兵の足元で爆発していたのだ。

「あと一人だ」と、倒れていた弓兵の得物を叩き壊したレオが叫ぶ。その声に応じ、ウェッジが弓を構え、狙いを定めた。

「……相撃ちか」

 だが、襲撃者にも意地はあった。最後に残った弓兵は、ウェッジに向けて得物を構えていたのである。

 ウェッジが矢を放つと同時、弓兵の男もまた、矢を解き放つ。互いが互いの急所を狙った交錯は、

「くっ、危ないっ!」

 最後まで物陰に隠れていたはずの、トーマによって台無しにされた。

 ウェッジの矢は弓兵の腹部に突き刺さったが、彼の放った矢は、トーマがスコップで防いだのである。



 トーマたちの反撃がきっかけとなり、四方の囲みは崩れた。襲撃者たちは逃げ帰り、あるいは、リベルファイアたち見張りの手にかかった。

 敵対者を退けた者たちは皆、その場に座り込み、一時の勝利をかみ締めている。

「……俺を信じると言ったのはどの口だ」

「アハッ、いやー、だってオマエおせえし? やられる前にやったんだから文句言うんじゃねえよ」

「む、結局、囮をやってのけたのは俺だけではないか。レイネ、お前はもうでしゃばるな!」

 レイネはくすくすと微笑み、やがて、トーマの傍に寄った。

「幸い、突風同盟の皆様には大怪我をした方もいないようですし、ひとまずは安心、と言ったところでしょうか。それから……トーマ様、よくぞあの場で飛び出してくれましたね」

 顔面を蒼白にしたトーマは首を振り、長い息を吐き出す。

「体が勝手に動いただけで。ああ、僕、どうしてあんなことを」

「……いや、助かった。感謝する、トーマ」

 全員が生きている。生きていられる。それだけで、今のトーマには何物にも代え難い幸福であった。

「しかし、先の連中は何者だろうな。もしや、ガランや、リベルファイアという男は気づいているのか?」

「……分からん。だが、なにか、嫌な予感がする」

「い、嫌な予感って……?」

 トーマは恐る恐る尋ねるも、彼の肩をジュリが強く叩いた。

「ンな七面倒なこと気にしてんじゃねえよ。おら、班長サマが戻ってくんぞ。話なら聞かせてくれるだろうし、無理やりにでも聞き出すぞ」

 頷き、レオは剣の柄を強く握り締めた。



「複数のギルドが?」

「ああ。間違いねえ。今までもそうだったし、だいいち、突風同盟に対して単独で仕掛けてこれるようなギルドは他に考えられねえな。だが、規模ってのがまだ掴めてないのが現状だ。いったい、どれだけの数のギルドが組んでるのかが見えないんだ」

 苦虫を噛み潰したような顔のガランは、自身が未だ得物を抜いていた事に気づき、それを鞘に収めた。

「とにかく、一度ギルドに戻った方がいいな。……ああ、いや、報告ならリベルファイアが向かったし、プリカたちと合流するか」

 ガランは考えがまとまっていない様子で、髪の毛をかきつつ、あらぬ方へと視線を逃がした。

「すまねえな。お前らが一番、わけわかんねえってのによ」

「構わん。頂上にいる者は蹴落とされる為にあるようなものだ。無論、易々と頂を明け渡すようなことはせんがな」

「オレはなんとなく分かってたけどな。ま、でけえ顔してんだ。その分、恨まれてんのは当たり前だろ」

 レオとジュリは納得していたが、トーマはまだ、現状というものを理解出来ないままでいる。彼はどうしても、人と争う事に折り合いをつけたくなかったのだ。

「とにかくプリカを待つ……お、早速戻ってきたみてえだな」

 魔法陣が淡く輝き、その光の中から、数人の姿が見える。ガランは立ち上がり、プリカ班に向けて手を振った。だが、様子がおかしい事に気づき、表情を歪ませる。

「……誰か、やられたのか?」

「やられたって……?」

 全身に怖気が走った。トーマはその感覚に背を押されるかのように立ち上がり、彼女の姿を認める。プリカ班は恐慌状態に陥っていて、何事かを叫んでいた。

「そんな。そんなのって!」 トーマは喚く。塔から帰還したプリカは、彼の知るプリカの姿ではなかったのだ。



 見張りについていた者たちも集まり、皆、プリカを囲み、沈痛な表情で彼女を見つめていた。

「十階層を越えたんです。そこで、モンスターが……私たちは逃げようとして、それで」

「いい。落ち着いてから話せ。それから、誰か早くプリカを運んでやれ。うちに、じゃない。医療ギルドだ。正直、俺たちにはどうしようもねえ」

 ガランは息を吐き、苦痛に喘ぐプリカから目を逸らした。悪い事というのは、続くというよりも繋がっているものだ。彼はそう思い、顔を青くしているトーマを見遣った。今、彼に声を掛けられる者など、誰もいない。トーマはこの街に来て、一番に世話になっていたのはガランではない。プリカなのだ。その彼女が、モンスターに襲われ、片腕を失った。トーマの苦悩は計り知れないだろう。

「プリカさんはっ、私たちを庇って……!」

「もう、いい。誰か、回復魔法使えるやつは歩きながらでいいから、かけてやれ。気休めにはなるだろうからな」

 見張りの男がプリカを背負い、班員がその後をぞろぞろとついていく。

「……まるで葬列だな」

「やめろ、ジュリ。トーマが」

「へいへい、分かってるって。……分かってるっつーの」

 レオは歯を強く噛み合わせ、拳を握り締めていた。

「ガラン。俺と農民は、あいつらと一緒に行くぞ」

「ああ、それは別に構わねえが。いいのか?」

「構わん。農民、立て。貴様がここで泣いていても何も変わらんだろうが。だが、少しでもやつの近くにいた方がいい」

「……でも、僕。僕……」

「っ、坊ちゃま!」

 トーマが顔を上げた瞬間、レオは彼の頬を殴りつける。ウェッジとガランが咄嗟にレオを押さえたが、彼は止まろうとしなかった。

「泣くな! プリカが死んだわけではないだろう! 貴様も俺もっ、あいつには、借りがあるはずだ。ここでじっとしていても、泣いていても何も変わらん。何か、俺たちにも出来ることはある。甘えるな、農民」

「……そんなのっ、分かってる!」

「それでこそ、バーンハイトたる俺の臣下に相応しい」

 レオは手を差し伸べたが、トーマは彼の手を払い、ひとりでに立ち上がる。彼はガランたちに頭を下げ、プリカ班の後を追いかけた。

「ふん、相変わらず生意気なやつだ。レイネ、行くぞ」

「はい、優しい坊ちゃま」

「黙れっ」

「おいおい、行っちまったよ。いいのか、おい?」

 まあな、と、ガランは曖昧に頷く。

「とりあえず、俺たちはギルドに戻るか。それともジュリ、お前もあいつらが心配か?」

「軽口利いてんじゃねえよ。戻ったら、誰がやりやがったか調べてやり返すんだろ? ……オレも混ぜろよ?」

「こええ女だ」

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