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風の終わり  作者: 竹内すくね
一部
23/37

タタズの塔



「オマエ、髪伸びてきてんな」

「……え?」

 いつもよりも早い目覚めだった。今日、ガランから『塔』に向かうのだと聞かされていたトーマは、昨夜遅くまで起きていた事もあり、寝付けずにいたのだ。二時間程度しか眠れていなかったが、彼は体力があったので、大した問題ではないと決めつけて上半身を起こす。

「……髪の毛?」

「そうだよ」トーマが体を起こした時、ジュリもまた目覚めており、彼女は、トーマの頭を指差して言ったのである。

 なんとなく、トーマは自分の頭に手を遣った。

「伸びてるのかなあ。でも、今日は出かけるみたいだし、切ってる時間なんてないや」

「ああ、『塔』だとか言ってやがったな。またアレか、ゴブリンみてえな雑魚を掃除させられっかもな」

 それは困ると、トーマは苦笑する。ジュリは口の端をつり上げて、ダガーナイフを取り出した。

「じゃ、とりあえずそこに座っとけよ。ああ、なんか、敷くもんがいるな」

「何のこと? というか、そんなもの抜いて、何をするつもりで」

「あ? 決まってんだろ? こいつで気持ちよくなりてえなら話は別だけどよ」

「ちょ、ちょちょちょちょ、何? 何を!?」



 レオとウェッジはあくびをしながら、大人しく座すトーマを眺めていた。

「……何事かと思えば」

「ふん、よもや髪を切っていただけとはな。くだらんことで俺の目を覚ますな、農民め」

「ごめんってば。それより」

「てめえ口開けんな。毛ぇ入るぞ」

 トーマは、使い古されて随分とくたびれた毛布の上に、ちょこんと座っている。ジュリはナイフを器用に操り、彼の散髪を行っていた。が、トーマは時折視界に入る、ぎらりとした凶器に身を竦ませる。

「オマエはなんか田舎もん丸出しって感じだからよ、オレがかっこよくしてやんぜ」

「別に、普通に切ってくれるだけでいいのに」

「黙ってろよ」

 ジュリは鼻歌を歌い、上機嫌であった。その様子を、レオとウェッジは珍しいものを見るような――――いや、実際に珍しいものであったのだ。機嫌のいいジュリが。また、他人の髪を切るような彼女の姿が。

「貴様ら、いつの間に仲が良くなったのだ?」

 うんうんと、ウェッジが頷く。

「あ? 別にそんなんじゃねえだろ」

「……余計な詮索はよそう」

「ぐううう、貴様らっ、俺を差し置いて何をしていたんだ!? 俺をのけ者にするなあ!」

 トーマは、昨夜、ジュリが誰と出会い、何をしていたのかが気になっていた。しかし、彼女に尋ねようとは思わない。機会があれば、いずれ話してくれるだろうと信じていたのである。それよりも、今は心地よくてしようがなかった。常は乱暴なジュリだが、髪に触れる指先はどこか遠慮がちで、優しいものに感じられていたのである。



 トーマの散髪が終わると、ガラン班の四人は食堂に向かっていた。そこでは、既にガランとレイネが席についており、何かを話し込んでいる様子であった。

 ガランは四人の存在に気がつくと、話を切り上げて、笑顔で手を上げる。

「おーう、やっときやがったなお前ら」

「皆様、おはようございます。昨夜はよく眠られましたか?」

 頷き、トーマたちは椅子を引いた。

「……今日は『塔』に向かうと聞いていたが」

「ああ、そうだ。その前に、説明しておこうと思ってな。……誰が呼んだか知らねえが、この街の名前はルートナインだ。九つ、道があるってことだ。その道が続いてる先には、俺らがダンジョンって呼んでる場所がある」

 ガラン以外の皆は小さく首肯する。

 最も組し易いギナ遺跡。三つのエリアに区分けされたトバの森。セイテン海岸。深部に湖のあるラアナ洞窟。年中雪が降り積もっているファスナー雪原。アンデッドの巣窟、トーラテッサの村。鳥人族の管理するフェーン渓谷。ドラゴニュートの住処であるバルボロ火山。

「む? 俺は八つしか知らんぞ。ガラン、九つ目のダンジョンとやらはどこにある?」

「……九つ目は『塔』なのだろう」

「そうだ。俺たち突風同盟はタタズの塔と呼んでいる。そこが、最後のダンジョンなんだ」

 ジュリは眉根を寄せ、ガランをねめつけた。

「オレぁそんなん初耳だぜ。街にいた時にだって、聞いたことがなかった」

「そりゃそうだ。何故なら、塔は突風同盟が独占している。その内部も、塔の名前も、存在すら知らない奴が街にはいるだろうな」

「独占? どうして、ですか。皆と一緒に分け合えば……」

「仕方ねえさ。塔を独占してるからこそ、突風同盟はこの街で一番のギルドでいられる」

 誰も知らない場所。見た事のないモンスター。そういったモノは実体無体を問わず高値で取引される。塔以外の八つのダンジョンには手垢が付き過ぎているのだ。突風同盟に力がある訳ではない。塔に踏み入る権利を持っているからこそ、街で大きな顔をしていられる。

 レオは突風同盟の実情を理解し、鼻で笑う。今の彼には権利だとか、地位には興味がなかったのだ。ただ、力があればいい。強くさえいれれば構わないと思っている。

「なるほどな。だがガランよ、何故、今になって塔の存在を俺たちに明かしたのだ」

「そりゃ、まあ、信用出来るかどうか見極めてたってところだな。塔の話をすんのは二次試験みてえなもんだよ。だけど、これでお前らも突風同盟の一員になれたって、そう思ってくれればいい」

「何様だボケ」とジュリが毒づき、ウェッジは目を強く瞑った。何かが変わろうとしているのだと、トーマはその時、ぼんやりと認識していた。



 タタズの塔は、街からそう遠くない場所にあった。馬車を使わずとも、街道を外れ、徒歩で十数分も歩けば辿り着く。ただ、『ここがそうだ』と案内されなければ、『塔』と認識出来ない場所だったのである。

「ここが、塔なんですか……?」

 トーマが指差す先には、瓦礫が積み重なっていた。周囲には、それ以外には何もない。だが、トーマたち以外にも人はいる。彼らは皆、武器を所持しており、油断なくガラン班を監視していた。

「なんだ、奴らは。このバーンハイトに楯突こうと」

「おやめください、坊ちゃま。恐らく、あの方々は門番なのでしょう。塔に近づく者があれば、追い払い、時には殺めてでも進軍を阻止する為に」

 そのとおりだと、ガランは苦々しい顔で頷く。

「……ギルド間での抗争か」

「ああ。俺らは塔を独り占めしてる。けど、そいつをよくねえと思ってる連中も当たり前だが存在するんだ」

「ギルド同士……? 人が、争うんですか?」

 まだ街に来て二ヶ月のトーマには信じられない事実であった。独り占めさえすれば、利益は自分たちだけのものになるだろう。だが、その裏で血が流れ、顔も知らない誰かが悲しんでいる事は確かで、今までの穏やかな生活は少なくない犠牲の上に成り立っていたものだと知ったのだ。

「田舎もんが。なんて顔してやがんだよ。よええヤツは強いヤツに食われんのが当然だろ。ンなもんいちいち気にしてたら生きてけねえぞ」

「ふん。極論だが真理でもある。俺たちは俺たち以外の何かを犠牲にして生きているのだからな」

「……うん。分かってるよ」

 場の空気が重くなるのを感じ、ウェッジは口を開く。

「ガラン。だが、塔とやらはどこにも見えないが」

「ん、ああ。そうだな。確かに、ここには塔なんて建物はねえよ」

「何ぃ? 貴様、俺を図ったか!?」

「タタズの塔なんて呼ばれちゃいるが、実際はそうじゃない。タタズってのは、そのまま建たずってことだ。塔は、地下にある。地下遺跡こそが、タタズの塔の本当なんだよ」

 と、ガランは廃墟の一角を指差した。

「散らばってる瓦礫は、たぶん、昔に誰かが、本当に塔を作ろうとしてたって証だろうな」

「しかし」と、レイネは周囲を注意深く見回す。

「地下への入り口らしきものが見当たりませんね」

「転移魔法だ。陣を隠してあってな、そこから出入りが出来るようになってる。陣を張ったのは俺たちじゃなくて、塔を作った連中だろう。信じられねえが、並外れた魔力が注ぎ込まれてやがってな、陣は今に至るまで現役だってわけだ」

 魔法という言葉が出た途端、ふん、と、レオはつまらなさそうに鼻を鳴らした。

「……遺跡の探索は進んでいるのか? 規模が知りたい」

「悪いが、しらねえ。塔の中にも陣があってよ、階段使って一つずつクリアしていくって感じじゃあねえのさ。ただ、いくつかのフロアは見て回ったって聞いてる」

「そんなよく分からない場所、僕には行こうって気が起こらないや」

「俺だってそうだ。中はまだ誰も行けてねえところがあるし、やべえモンスターだって出てきやがる。けど、まあ、これも仕事だわな。安心しろ、今日のところは中には入らねえよ」

「なんだそりゃ、つまんねえの。誰も見てねえってことは、何かめぼしいもんがあるかもしれないってことだろ?」

 ジュリは口の端をつり上げて、嫌らしい笑みを浮かべる。

「今日のところは説明でおしまいだ。それに、今日は確か、中にはプリカたちがいるからな」

「そうか。話を聞いて俄然やる気が出てきてしまった。では、俺たちも行くぞ」

 レオは得物の大剣を素振りし始めた。

「おいバカ。俺の話を聞いてて言ってんのか? レイネ、お前んとこの家はどんな教育やってんだ」

「お坊ちゃまはバカではありません。やれば出来る子なのです」

「……塔か。面白そうだな」

 珍しくウェッジがレオに同調し、ジュリも乗り気になる。トーマは困り顔になってガランを見つめていた。

「おいおい、マジで言ってんのかお前ら……」

「ガラン。貴様の許可を得ずとも俺は行くぞ。陣があるのだったな? 行くぞ農民っ、陣を探す! この場を焼き払ってでも見つけ出せ!」

「わーかった! 分かったって! くそっ、お前らには協調性っつーもんが…………いや、いい。やっぱいいわ。何言っても無駄だよな。仕方ねえ。俺ぁ一応、話を通してくる。リベルファイアなら分かってくれるだろうよ」

 連れてくるんじゃなかったと嘯きながら、ガランは、塔の見張りをしている者のところへ駆けていった。



「リベルファイアって、なんか聞いたことがあるね」

 ガランを待っている間、トーマはレオに同意を求めた。

「知らん」

「あ、そう。……ウェッジは知ってる?」

「……ああ。魔法使いだろう」

 街には魔法を使える者はいるが、魔法使いと呼ばれる者は少ない。高位の魔法を複数習得している彼らは希少であり、どこのギルドもその戦力を見込み、欲しがっているのだ。

「逆巻く炎。火属性の魔法を得意とすると、聞いている。突風同盟はおろか、街でもトップクラスの実力者だ」

「ほう。それはいいことを聞いた。どいつだ? あの、真っ赤なローブを着ている男か? 面白い。ぜひともその力を目にしてみたいものだな」

「喧嘩っ早いんだから」

 トーマはその場に座り込み、地面をなでた。この下に、塔がある。そう思うと、尻がむず痒くなってきてしまった。

「びびってんだろ?」

 彼の横にジュリがしゃがみ込み、からかうような口調で言う。

「そりゃ、少しはね。なんか、物々しい感じだし」

「は、大丈夫だろ。うちの班長サマはお優しいからよ、やべえ場所には連れていかねえはずだぜ。……まあ、なんかあってもオレがどうにかしてやんよ。オマエは隅っこで邪魔になんないように縮こまってりゃいんだ」

「ひどいや」

「アハハハハハハっ、だったらもっとしゃんとしてろよな」



「おーい、話つけてきたぞ。少しの間なら、塔に潜ってもいいってよ」

 ガランは溜め息をつき、提げた得物に手を遣った。

「けど、何が起こるかわかんねえからな。絶対に、勝手な行動はすんなよ。特にレオ、お前だ。レイネ、ちゃんと見といてやってくれ」

「お任せください。有事の際は、首に縄をつけて無理やりに引きずります」

「俺をけだものと一緒にするな!」

「だったら行くぞー」

 気だるげに歩き出したガランは、瓦礫を跳び越え、班員に手を振った。

「陣に触れたら飛ばされる。なるべく、全員が同じタイミングで来るようにな」

 言って、彼は姿を消す。トーマたちは驚いたが、ガランが魔法陣を踏んだのだと気づき、慌ててその後を追いかけた。

「……これが、陣か」

 地に刻み込まれた幾何学の図形が淡い光を放っている。トーマは息を呑み、それを踏みつけた。



 よう、と、先に塔へ入っていたガランが手を上げた。トーマは思わず、周囲を見回してしまう。先までとは違い、ここには太陽の光がない。石造りの壁はギナ遺跡のそれと似ていて、湿っぽく、空気はどこか冷たかった。

「へえー、案外整ってんじゃねえの?」

「ああ、先行したギルドのやつらが、少しずつ道を作ってくれてるんだ」

 壁には燭台が取り付けられており、塔の内部を照らしている。僅かなりとも明かりがあるせいか、トーマは閉塞感や圧迫感を覚えなかった。

「……まさか、空気が流れているのか?」

「ああ。だから火が燃えるし、俺たちは息をしていられる。たぶん、穴でも開いてて、天井と地上が繋がってんじゃねえのかな?」

「たぶんって、頼りないですね」

 壁に手を触れ、床に手をつき、塔の内部を観察していたレイネは諦めたように首を振る。

「あるいは、風属性の魔法がかかっているのかもしれませんね。なんにせよ、簡素な造りに見えて、このダンジョンには途轍もない労力が注ぎ込まれているみたいです」

「そうかもしれねえなあ。って、おい、お前らそんな目で見るな。知らねえもんは知らねえんだから許してくれよ」

「ふん、俺はダンジョンの仕組みになど興味ない。ガラン、先を行くぞ」

「おう。とは言っても、もう帰るだけなんだけどな。通路が分かれてるだろ? 左奥に地上へ戻れる陣がある。そっち進むぞ」

「よし、右へ行くぞ!」

「話聞いてる?」

 レイネがレオの首根っこを掴み、左側の通路を進んで行く。その後を、つまらなさそうな顔をしたジュリが続いた。

「……ギナ遺跡と大して変わらないな」

「あァ、これじゃあ金目のもんだって見つかりそうにねえな。結局よ、同じギルドだかなんだか知らねえが、先越されてんのは確かってわけだ。あーあーあー、つっまんねーの。おい田舎もん、ちょっとそこで踊ってみろよ」

「ガランさん、プリカさんたちはもっと奥に進んでるんですか?」

「おいっ、オレを無視すんじゃねえよボケ」

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