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風の終わり  作者: 竹内すくね
一部
12/37

ゴブリン討伐・4



 レオは、通路に隠しておいた袋から水筒を取り出して頭から水を被った。火照った肌に冷たい水が気持ち良い。彼は髪の毛をくしゃくしゃと掻き、息を吐く。

「げっ、温ぃよこれ。おいデカブツ、氷ぐらい入れとけよな」

「俺に言うな馬鹿者が」

 本当は鎧も脱ぎたかったのだが、戦闘中なのだから仕方ない。レオは壁に背を預け、座り込まないように耐える。

 レオは広間の方に顔を向けた。そこでは、トーマが一人でゴブリンを相手にしているのが見える。こうして自分たちが体を休めていられるのは、彼のお陰なのだ。そう思っても、決して礼は言うまい。固く誓って、すぐそこの戦闘に意識を集中させる。



 自分が退く訳にはいかない。

 自分から言い出した事なのだから、もっとぎりぎりまで、限界まで耐えなければ嘘だ。

 トーマは歯を食い縛り、ゴブリンたちをスコップで弾いていく。彼は少しずつ後退して、通路の中でモンスターを迎え撃つ。ここなら背後を気にしなくても良い。前方の敵にだけ集中出来る。それでも、間断なくゴブリンは飛び掛かり、床を走り、トーマに襲い掛かっていた。

 負い目があった。

 最前線で剣を振れない。あんなに早くは走れない。弓を引けない。トーマは、何も出来ない。自分は何も出来ないのだ、と。大見得を切ったのは良いが、本来なら話を聞いてくれなくても当然である。期待に応えなければならない。嘘を吐き続けねばならない。

 だから、

「わあああっ!」

 戦い続ける。

 口だけの人間にはならないように。嘘でも良い。表面上の仲間でも構わない。今日が終われば、明日無視されるのも仕方ない。

 それでも、だからこそ、今だけは。



 仲間が欲しかった。

 裏切られても恨まない。憎まれても呪わない。傷付けても許してくれる。好きだと言えば答えてくれる。そんな友達が欲しかった。

 今でも覚えている。放った矢の行く先は、今もこの目に焼き付いている。罵声も怨嗟も、今もこの耳から離れない。

 だから目を瞑り、口を開かず、寡黙であり続けた。自分は誰かに迷惑を掛けるしか出来ない。認められず、拾われず、しかしそれで良いのだと思っていた。

 それでも、知らぬ間に求めてしまう。加入可能なギルドを探して、これは生活の為なのだと誤魔化した。

 きっと誰かに許されたかった。ずっと誰かと出会いたかった。

 協調性のないジュリに、傲岸不遜なレオ。彼に従うままで気弱だったトーマ。

 でも、認められた。

 弓の腕を褒められた。

『今だけでも、一緒に頑張って欲しいんだ』

 真摯な瞳の前では頷くしかない。

 寄せては返す波のようなゴブリンの群れを睨み付け、ぎりりと歯を食い縛る彼を見て、ウェッジは決意する。

 仲間じゃない。友達じゃない。まだ出会って数日しか経っていない。裏切られるほどの絆はなく、傷付けるほど近くもない。しかし期待には応えよう。恩には報いよう。

 そう思ったウェッジは弓を構え、ゴブリンを片目で捉える。はち切れんばかりにしなった得物は今か今かと、矢を解き放つ瞬間を待ち望んでいるかのようだった。

 ――俺はここで。

 空気を切り裂きながら飛んでいく。矢は標的の額に突き刺さり、ゴブリンの体は緩やかに崩れ落ちていった。

「休んでなくて良いの?」

 振り返ったトーマの顔色からは疲労が感じられる。辛いなら言えば良いと思うのと同時、彼もまた先へ進むのに必死なのだろうと気付いた。

「…………問題ない」

 自分がそうしたいと思うのと同じく、トーマもまた、体を張って何か伝えたいのかもしれない。ウェッジはそれ以上は何も言わずに、矢をつがえて、再度放った。



 トーマたちがギナ遺跡に入ってから二時間経つ。ガランの視線はちらちらとどこかを向いていて、落ち着きがなかった。時間、である。

「……ふう」

 そろそろコビャクたちがやってくるのだ。凶暴化したゴブリンを野放しにはしておけず、トーマたちが成功しようがしまいが、夜明け前に突風同盟の討伐組がこちらに来る手筈になっている。

 自分たちだけで解決したいという気持ちもあったが、モンスターを放置しておけないという声も理解は出来る。班としてどのように動くか、個人ではなく、組織の一部となった場合どう戦うのか。今後に向けて、そういった意識も高めておきたかったのだが仕方ない。

 ガランが顔を上げると、前方から十数人の影が見えた。コビャク班四名。ガサキ班五名。サークルード班五名。計十四名のプレイヤーがガランを取り囲む形で立ち止まる。

「約束の時間だ、ガラン」

「ああ。……よう、もう少しだけ待ってくれねえか?」

 コビャクは目を瞑り、静かに息を吐いた。彼が口を開き掛けた瞬間、別の人物が割り込んでくる。

「ざっけんなよ! こっちゃ三日も前から待ってんだぜ。この仕事終わらせねえと別の依頼だって受けられやしねえ。分かってんのかよ!」

 怒鳴りつけるのはガサキと呼ばれる男だ。彼は短い茶髪に狂暴そうな顔と、喧嘩っ早い事で恐れられている。耳に付けた大量のアクセサリーが揺れた。

 ガランは動じる事もなく、ゆっくりと立ち上がる。

「陽が昇るまでで良い」

「意見してんじゃねえぞコラ。てめえ俺らに指図出来るような立場じゃねえだろうが」

「僕たちも子供の遣いで来た訳じゃあないんです。第一、新人だけでこの時期のゴブリンを討伐するなんて無謀なんですよ」

 ガサキに乗じて細身の若い男が口を開く。彼の名はサークルード。ガランよりも後に突風同盟に来たサークルードだが、彼の能力は素晴らしく、数年足らずでギルドでも重用される存在になっていた。

 ガサキとサークルードも、コビャク、ガランと同じく自らの班を率いてここに来ている。突風同盟の幹部として、譲れないプライドがあるのだろう。

 それでもガランはその場から退かなかった。彼は何も言わず、遺跡の入り口前に座り込む。

「退けよガラン。この人数相手に逆らおうって言うつもりじゃねえよな? なあ!?」

「やめろガサキ。ギルド内での揉め事はご法度だ。……塔での事、忘れた訳ではないだろう」

 コビャクに窘められてガサキは口を閉ざした。まだ言い足りない様子ではあったが、ここで争う事は本意ではないらしい。

「悪いな」

「夜明けまで、だ。それ以上は俺たちも待てない」

「ああ、充分だ」と、ガランは月を見上げた。



 腕が上がらなくなってきた。トーマは動かなくなったゴブリンを蹴飛ばして、スコップを持ち直す。

 自分でも不思議だった。疲労感はある。確かに神経は磨り減っているのだろう。だが、既に一時間以上も動きっぱなしだと言うのに、まだまだ戦える。村にいた頃では味わえなかったであろう異常な高揚感に後押しされて足を踏み出す。

「わ、ああああっ!」

 大広間に流れる血も、立ち込める臭いも、転がる死骸も、とっくに慣れた。

 どうして、戦うのか。

 どうして、倒すのか。

 どうして、殺すのか。

 意味を求めないまま、理由を考えないまま、ただ、得物を振るう。彼らの行動に意図はなく、意思はない。半ば無意識の内にゴブリンの命を踏み砕き、ゴブリンの巣を踏み荒らし続ける。

「このままでは埒が明かん、俺たちが前に出る! 良いな女!」

「オレに命令すんじゃねぇ」

「…………矢の後を追って切り込め」

「命令すんなっつってんだろぅがよ!」

 運が悪いと一言で済ますのは簡単だ。今日、ゴブリンたちはこのような目に遭っている。トーマたちがこのような目に遭わせている。

 しかし、トーマたちに明確な悪意はなかったのだ。殺意も、敵意もない。辛うじて、戦意だけを持ち合わせていた。だから、誰が悪いと非難して、それが悪いと断言するのは何者の手にも余る行為なのだろう。

 ――前に。

 前に行く。前に進む。

 狭い通路を出て、地の利を捨てて、広い空間に足を進める。

 トーマも、レオも、ジュリも、ウェッジも。四人ともが前を見つめる。敵を見据える。生き延びる為ならばまだしも、無闇にモンスターを殺したいとは誰も思わない。それでも、それぞれに前へ行かなければならないという気持ちがある。ここで立ち止まるつもりなど、もうなかった。



 良くやったと思う。自分が思っていたよりも、彼らは上手く考えて、立ち回っていたらしい。通路にへばっている四人を見遣り、ガランは安堵の息を吐いた。

「はっ、こりゃあ……全員息があるな」

「良く見てくださいよガサキさん。この子たち、大した怪我もしていない。討伐はやはり無理だったみたいですけど、悪くない働きですよ」

 サークルードが壁にもたれかかったジュリの顔に手を伸ばそうとする。その手をコビャクが阻んだ。

「……何もしませんよ」と、サークルードは柔和な笑みを浮かべる。

「欲しければ仕事を終えてからにしろ。尤も、彼女がお前を相手にするかどうかまでは知らないがな」

「厳しいなあ、コビャクさんは」

「おーいっ、広間にゃあ死体しかねえぞ! どーすんだコビャク、別れて進むのか!?」

 先に広間に出ていたガサキが大声を上げる。その声に顔をしかめながら、コビャクは頷いてみせた。

「おっしゃ、俺らは右っから回ってくわ! おらあっ、何やってんだてめえらさっさと付いて来い!」

 ガサキ班の班員が弾かれるように飛び出していく。彼らの後姿を見届けた後、サークルードは班員を連れて、当たり前のように左の通路へと向かって歩いていった。

「俺たちにチームワークと呼べるようなものがあったら、か?」

「……さあな」

「その間、暗に認めるって証拠だぜ。ま、仕方ねえっちゃ仕方ねえ。何せ俺たちはこの街で最大のギルドなんだからよ」

「無駄口を叩いている暇があったら、自分の班員を看てやれ」

「あいよ」と、気のこもっていない返事をしてから、ガランはコビャクを見送った。



 目を開けなくても分かった。ギナ遺跡の臭いとは違う。月明かりが瞼の上に注ぎ、柔らかな土がいつもよりも温かく感じられる。何よりも、ここには風が吹いていたから、だから、トーマは自分が地上に戻ってきたのだと気付いた。

「よう、お目覚めかい」

「……おはよう、ございます?」

「はっは、ま、朝っちゃ朝だ」

 体を起こしたトーマに話し掛けるのはガランである。

「しかし意外だな。最初に起きてくるのはレオかと思ったが、どうやら、一番元気があるのは坊主らしい」

「畑仕事で体力はありますから」

 それしかないとも言い換えられるが、とは言わない。トーマは遺跡の入り口に目を向けて息を吐いた。

「失敗、したんですね。僕たち」

「ゴブリンの討伐には別の班があたっている。まあ、気にすんなよ。お前らのやってきた事は無駄にならねえ、後の奴らは楽になるし、何よりもな、お前ら自身が楽になった筈だ」

「……僕たちが?」

「そうだ」と頷き、ガランは口の端をつり上げる。トーマには彼の言いたい事が分からなかったが、とにかく、生きて戻ってこれた事に今一度安心した。

 まだ眠り続けるレオたちを見回した後、トーマはぽりぽりと頭を掻く。喉が渇いた。空腹も覚えている。戦っている時は感じていなかったものが、緊張から解放された事によって次々に溢れてきていた。

「上手くいくと思ってたか?」

 問い掛けられて、トーマは迷う。やがて、時間を掛けて、ガランの顔色を窺うように頷いた。遺跡での戦闘は実際に上手くやれていた気がしたのである。

「ああ、俺もだ。絶対上手くいくと思ってた。事実、お前らは上手くやったぜ」

「え、でも、僕たちは……」

「これで、明日からは自由の身だ。良かったな」

 相好を崩すガランだが、トーマにはまだ良く分かっていない。

「心配するな、俺が依頼したのはゴブリンの討伐だけじゃねえ。全部は言わないが、ガラン班は無事、何事もなく依頼を達成した」

「……ええと、じゃあ、もうモンスターと戦わなくても?」

「ま、班単位で依頼が来たら仕方ねえけど。それまでは好きにやってくれや」

 頭がきちんと回らない。明日から料理人になる為に、村の皆の為に働ける。トーマは口をぱくぱくと動かしていたが、その事実を認識して、拳を握り込んだ。

「今言ったの、そいつらにも伝えといてくれ。俺は帰って寝る」

「…………え、と。じゃあ僕一人で?」

 トーマは躊躇いがちに、眠ったままの三人を指差す。

「起きるまでそこにいてやれ。もしくは、三人背負って帰れ」

「そんなあ……」

「はっはっは、んじゃな。お疲れさん」

 ガランが背を向ける。彼の後ろ姿を何とはなしに見上げて、

「ガランさん」

 トーマが口を開いた。

「何だか、馬車の時と街に着いてからとで、雰囲気が違いますね。優しくなったと言うか」

「あー……そりゃあ、な」と、言いにくそうに髪の毛を掻き毟り、ガランは振り向かずに告げる。

「気分が悪かったんだ。俺も馬車には弱い。あの揺れは反則、拷問だ。つーか乗り物が駄目なんだよ。あん時お前が吐いてたら、俺も釣られて吐いてたぞ」



 ガランが言っていたもう一つの依頼とはなんだろう。トーマは空になった水筒を恨めしい目付きで見ながら考える。

「……このギルドで一番甘い人、か」

 プリカが語ったガランの人となりが事実なら。自分が思った彼の性格、性質が間違っていなかったら。きっと、答えは一つだ。トーマはガランの歩き去っていった道を目で追い掛ける。

「……う、ぐう、ごぶりん風情が俺にぃ……」

 相変わらず、寝ていてもうるさいレオに苦笑して、トーマは立ち上がった。

 ――きっと。

 きっと、ガランはこう言いたかったのだろう。本当は優しいのに、不器用な彼はこういった形で伝えようとしたのだ。『仲良くしろよ、お前ら』と。

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