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風の終わり  作者: 竹内すくね
一部
11/37

ゴブリン討伐・3



「ギイイイイイッ!」

 終わりが見えない。ゴブリンの数は昨日とまるで変わっていないように思えた。倒しても倒しても、どこからでも湧いてくる。

 ギナ遺跡の広間を縦横無尽に駆け回るゴブリンに、ガラン班は苦戦を強いられていた。前回、前々回の失敗を恐れたのか、ジュリは無理に突っ込もうとはしない。レオですらモンスターの密集しているところは避けているらしかった。ウェッジはと言えば、矢を無駄に消費するのを嫌って中々動かないでいた。

 しかし、それが良くなかったのである。

 戦闘が始まった直後からモンスターの勢いに押されてしまっていた。致命的なミスこそないが、じりじりと体力を削られていく。手が出せない。打つ手がない。

 結局、焦れたレオとジュリがモンスターの群れに突っ込んだ。ウェッジは彼らの動きに触発されて矢を放つ。

 そうして時間が経っていく内、ジュリがゴブリンに囲まれていた。

「うっぜぇんだよ!」

 ジュリはナイフを取り落としてしまい、ゴブリンを蹴りだけで対処していく。レオは中央のモンスターに切り掛かり、無茶苦茶に剣を振り回していた。……何も変わらない。昨日、一昨日と同じ結果がすぐ傍に迫っている。

 泥臭い乱戦の模様を呈する大広間に、

「いい加減にしなよっ!」

 ゴブリンすら黙らせる大声が轟いた。先までモンスターの奇声や、レオたちの声でうるさかった広間がしんと静まり返る。

 黙らせたのはトーマだ。彼は肩で息をして、スコップで床を殴り付ける。

「ぎ、ギィ……?」

「僕はっ、こんな事してる場合じゃないんだ!」

「の、農民……? 貴様、何を……」

 いつもはトーマに対して強気なレオも、彼の剣幕にたじろいでいた。ジュリは動きの止まったゴブリンの間をすり抜けて、今よりは安全な場所へと避難する。

「は、おいおい、トチ狂っちまったってか?」

「君のせいなんだから!」

「……な、あぁ?」

 静かになった広間では、ジュリの呟きも良く通った。トーマは彼女をスコップで示し、声を荒らげる。

「それから、君も! 君もだよっ!」

 トーマはウェッジとレオにも視線を向けた。

「どうして話を聞いてくれないんだよ! どうして勝手な事ばっかりするんだよ! もっと人の事を考えてくれても良いじゃないかっ!?」

 ゴブリンたちはトーマの出した大声に怯え、広間からこそこそと逃げ出していく。だが、モンスターを追う者はいない。彼の悲痛な叫びによって、ここに縫い付けられたかのように動けなかった。

「自分の事ばっかり考えてさ! そんなんじゃ無理だよ、ずっとこのままだ! 僕は嫌だっ、もう嫌なんだ!」

 トーマ以外の三人は何も言えない。何を言って良いのか、何を言えばこの場が収まるのか、彼の気が静まるのか分からないのである。

「だから」と呟き、トーマは頭を下げた。

「ごめんなさい。僕も、自分の事しか考えてなかった。だから、ごめん」

 勝手に喚き散らして、独りで盛り上がって。

 そんな事、トーマは自分でも分かっていた。しかし、堪え切れなかったのである。もやもやとした気持ちを抱えたままでは何も出来ないと思ったのだ。

「…………すまなかった」

 だが、ウェッジは答える。彼はトーマに頭を下げて、それから周りを見た。

「ふ、まさか農民にこんな事を言われてしまうとはな」

 レオは穏やかな笑みを浮かべる。一種、諦めたかのような、儚げなそれにも見えたが。

「この俺に向かって吠えたのだ。どうやら覚悟は出来ているらしい。農民、面を上げよ」

 トーマはゆっくりと顔を上げていく。瞬間、彼の目が驚愕の色に染まった。見開いた瞳が、幻を捉えたのだと錯覚する。

 レオが、自分に向かって頭を下げていた。

 出会った時からわがままで、誰に対しても尊大で、他者を見くびり見下し続けていた彼が、頭を下げている。トーマは自分の目が信じられなくて、何度も瞬きを繰り返した。

「この状況を脱したいと思っているのは、農民、貴様だけではない」

 レオは頭を上げて、全てを吹っ切ったかのような、爽やかな笑みを見せる。

「……君は……」

「何も言うな農民。……ゴブリンを見るのもそろそろ飽いた。なあ、農民。何か策があるのだろう?」

 策なんか、ない。これっぽっちも考えていない。それでも、トーマにはやりたい事がある。プリカに教えられたから、と言うのもあったが、これから長い時間を共にする仲間になれるかもしれないのだ。だから――。

「僕は、皆と話がしたいんだ」

「話、か?」

 レオが低く唸り、腕を組む。

「しかし、何を話すと言うのだ」

「何でも良いんだ。今は、何でも、どんな事でも話したい」

 トーマはじっとレオを見つめた。彼の視線に負けたのか、レオはぽりぽりと頭を掻く。

「何を話して良いか分からぬのなら、どれくらい時間が掛かるかも分からぬだろう。生憎と、俺の舌は乾いていてな。話をすると言うのなら、茶が欲しい」

「…………同感だ」

 ウェッジが頷き、マントを翻した。

「良し、一度寮に戻ろう」

 トーマたち三人は出口を目指して歩き出す。が、

「……オイ、オイ、オイオイオイ。ざっけんなよ。オレはまだ話すとも、戻るとも言ってねぇんだぜ」

 ジュリは獰猛な笑みを彼らに向けていた。

「一緒にお茶でも飲んで仲良しこよしってか? 冗談きついっつーの」

「ではそこで大人しくしていろ」

「あぁ!?」

 トーマはふうと溜め息を一つ。

「……嘘でも良いんだ」

 彼は悲しそうに俯き、それからジュリを見つめた。

「嘘でも良いから、心の中で僕を馬鹿にしたままでも良いから、だから、話だけでもして欲しいんだ。そうしなきゃ、ずっとこんな事をしなきゃならないと思うんだ」

 トーマも、レオも。ここにいる四人ともが程度の差はあれど、頑固で、捻くれていて、子供なのである。それでも、彼らにはここで同じ事を繰り返す理由はない。前に向かって、先に進まなければならない理由がある。

「話するだけでゴブリンを気持ち良くぶっ殺せるってんなら、してやっても良い」



 ガランは地上に戻ってきた四人を見て、へらへらと笑った。

「よう、どうだったよ?」

「一度、戻ります」

 トーマはそれだけ言うと、ガランに背を向けて歩き出してしまう。

 どうやら、彼らは何かに気付いたらしい。ガランはそうかとだけ返して、その場に座り込んだ。

 ガランは、トーマたちがゴブリンの討伐に成功するとは思っていない。成功しなくとも良いと思っていた。彼の目的は別にある。

「……ま、頑張ってくれや」



 自己紹介をするのはこれで二度目なのだが、トーマには今回が初めてに思える。寮の部屋、それぞれのベッドに陣取った四人はお互いの顔を見回した。

「名乗り合ったところで、本題に入ろうではないか。いや、それとも問題と言うべきか」

 レオが言っているのはゴブリンについて、だろう。彼らは頷き、それから、困ったように唸った。

「……『僕はシアン村のトーマです』ってか。んで、どうすんだよ。何を話したら良いってんだよ?」

「どうして僕の真似すんのさ。……ゴブリンに勝つ方法は思いつかないよ。けど、どうして負けたのかは思いつく」

 トーマはまず、ジュリに視線を送る。彼女は反射的に睨んで返した。

「君は、一人で前に出過ぎだよ。すっごく速いけど、二回も囲まれて気絶してる」

「てめぇらがオレの援護しねぇからだよ。そこのデカブツや根暗がしっかりしてりゃあ良いじゃん」

「知るか。何故俺が貴様を助けねばならないのだ」

 レオは鼻で笑った。彼の態度が気に入らないジュリは思わず、ベッドの上で立ち上がる。

「大体よぅ、そこの根暗だってひでぇじゃん。こそこそ逃げ回って、ろくな援護もしやがらねぇ。虫かっつーのてめぇはよ」

 指を差されたウェッジは何も言わず、弓をそっと撫でた。

「む、確かにそうだ。貴様、腕は良いらしいがそれでは弓を持つ意味がなかろうに」

「…………少し前、バリスタにいた」

 聞き慣れない単語に、トーマは首を傾げた。

「ああ、お前あのギルドにいたのか。へえ? 読めたぜ。んで、何かやらかして追い出されたってとこだろ?」

 ジュリは愉快そうに笑う。

「おい、バリスタとはどういうギルドなのだ」

「…………後方支援ギルドだ。アーチャーや回復、補助魔法を使える者が多く所属している」

 ウェッジがレオに答えた。口数の少ない彼がすらすらと、淀みなく説明をした事から、ジュリは自分の読みが大きく外れてはいないのだと判断する。

「…………彼女の言う通り、俺はバリスタを追い出された」

「ほう、何故だ?」

 ウェッジは言い辛そうにして、目を強く瞑った。

「その、言いたくなかったら……」

「…………いや、問題ない。……ある依頼でトバの森に潜った時、俺は味方を射った。幸い、命に別状はなかった。間違いであったのは確かだ。そう思う。しかし、俺の矢が味方に当たったのもまた事実」

「それで」と、レオは意地悪く口の端をつり上げる。

「まさか、そのせいで消極的な矢を放っていたのではないだろうな。貴様、俺にも当てただろうが」

 レオは自分の背中を擦り、ウェッジを睨み付けた。

「…………すまない」

「ふん、半端な真似は止めておけ。良いか射手、矢など、どこにいても当たる時は当たるものだ。それを避けようと逃げていては何も勤まらん。狙え、射手。貴様ほどの腕があれば援護するのも容易い筈だ。俺を助けようとして放った矢になら、俺は当たっても文句を言わん」

「…………レオ・バーンハイト」

 レオは満足そうに頷いた。

「貴様らも文句はないな?」

「僕を狙った矢じゃないなら、文句と言うか、僕は諦めるよ。だって、しょうがないもん」

「オレは言うからな。つーか文句だけじゃすまさねぇ。ま、どっかの誰かと違って、んなもんに当たる訳ねぇけど?」

 と言いつつ、ジュリは明らかにレオを見て笑っていた。

「貴様ぁ! 何を笑っているか!?」

「うっせぇなあ、お前の声聞いてるとイライラしてくんだよ」

「切るっ」

「切っちゃ駄目だよ!」

 飛び出しそうになったレオをトーマが押さえる。それを見てジュリはまた、品のない風に笑うのだ。

 お互いの事を分かり、親睦を深めるという名目の話し合いは、遅くまでこのようなペースで進んでいったのである。



 陽はとうに暮れ、月明かりが長い影を四つ、浮かび上がらせた。

 彼らが戻るのをずっと待っていたガランは、片手を軽く上げる。

「早かったじゃねえか。俺はてっきり、明日の朝までこのままだと思ってたよ」

「へえ? ずっとここで待っとくつもりだったのかよ。大した犬っぷりだな、オイ」

「班長だからな。……さて、どうやら自信がある様子だと見えるが。やるのか?」

 レオが鞘から剣を抜いて答える。

「無論だ。今日、俺たちが全てのゴブリンを退治してみせよう。貴様はここで吉報を待っていれば良い」

 ガランは、昨日までの表情とは違う四人を見て納得した。彼らには自信がある。たった四人でここのゴブリンどころか、全てのモンスターを倒すのも可能だ。そう言わんばかりの雰囲気に飲まれた。久しく感じていなかった、有り余る若い熱に自分まで浮かされている。

「やり過ぎるなよ」

 歯を見せて笑み、ガランは四人を送り出した。



「こっち見なぁ! ゴブリンよう!」

 広間の中央、そこに集まるゴブリンへ向かってジュリが駆け出した。彼女は右手のナイフを振り上げ、飛び掛かってきたモンスターの喉を裂く。ダメージを受けて、空中で動きが止まったゴブリンを回し蹴りで床に叩きつけた。

 ジュリに群がるゴブリンたち四匹が、彼女へ同時に襲い掛かる。

「アハハハっ!」

 哄笑を上げてジュリが身を低くした。同時に、無防備なゴブリンたちの腹を、円を描くように切り裂いている。彼女はそこから脱し、大きく後ろに跳ねた。

 囲みを抜けたジュリを追うのは三匹のゴブリン。だが、

「させんっ」

 その全てが剣の錆となる。

 レオがジュリの作った隙を埋める形で前に出た。彼は、奇声を上げてこちらに敵意を向け続けるゴブリンを見て、満足気に頷く。

「戦いとはこうでなくてはな。少し煩わしいが、気持ちの良い勝利とやらを得るには仕方あるまい」

「馬鹿っ、来てるってば!」

 レオは飛び掛かるゴブリンを殴り飛ばす。

「馬鹿ではない。しっかり見えているわ。俺を誰だと思っている。俺はレオ・バーンハイト! 全ての頂点に立ち、有象無象を高みから見下ろす男だぞ」

「オイ、あいつを射て」

 ウェッジが首を横に振り、すぐに弓を構えた。レオの背に回り込んだゴブリンの頭を狙って、矢を放つ。

「む? はっは、良くやった射手。褒めてつかわすぞ」

 ゴブリンの断末魔を背に、レオは笑った。それから、広間の中央に切り込んでいく。彼が剣を振るう度、モンスターが、ぎいいと鳴いて倒れていった。

「危ないと思ったら戻ってきてよ!」

 レオは片手を上げて答える。トーマは一つ息を吐き、こちらに迫ってくるゴブリンを強く見据えた。

「ウェッジはレオの援護を。僕とジュリで近付いてくるのを、やる」

「…………了解だ」

 頷き、ウェッジは弓をしならせる。

「あいよ」と、ジュリはけだるそうに答えてナイフを投げた。彼女は間を開けずに、間を縮める。ゴブリンの目に刺さった得物を引き抜いて、手近なモンスターの喉を裂いた。

 トーマは、ウェッジが矢を放ち、再びつがえたのを確認してからジュリのもとに向かう。彼は立ちふさがる小さなモンスターをスコップで吹き飛ばした。

「皆っ、危なくなったら声を出してよ! 僕が行くからっ」

「てめぇの助けは、いらねぇ」

 頭と腹を確かめるように蹴り、くるりと回って踵を落とす。逆手に構えたナイフはゴブリンの体液で濡れていた。ジュリはトーマの背中にぶつかり、布を渡すように告げる。

「自分のを使いなよ」

「汚くなるからヤだ」

「……洗って返してよ」

 差し出された手拭いで刃を綺麗にすると、ジュリは意地悪そうな笑みを見せた。

「しっかり洗っといたぜ。ゴブリンの血で、だけどな」

 トーマは床を走るゴブリンをスコップの先端で突き刺す。振っても中々取れなかったので、遠心力を使い、モンスターの群れを狙って放った。仲間の死骸に混乱するゴブリンたちに風が吹く。一陣の風が通り抜けた後、そこにはナイフを鞘に収めるジュリしか立っていなかった。

 ここまでは上手くいっている。

 トーマは他の三人を見遣り、深く息を吐いた。

 ゴブリンを倒す為の方法は思いつかない。だが、どうして負けたのかは分かっていた。突出したジュリが退かないまま、誰も助けにいけないまま彼女が戦闘不能に陥る。ウェッジは役に立たない矢を放ち、レオは中央で剣を振るい続けていた。自分はと言えば何も出来ないでおろおろとしている。

 ならば、止めれば良い。

 陣形を考え、作戦を考え、そうしないように動けば良い。討伐出来るかどうかは分からないが、今までと同じように撤退はしないで済む。

 トーマたちが考えたのは単純だが、皆で話し合う事で連帯感のようなものが生まれ始めていた。上手くいくんじゃないか、次に繋がる何かを得られるのではないか。少なくとも、トーマはそう思っている。

 ジュリを先頭に、彼女がそのスピードでゴブリンを掻き回す。危ないと判断したら下がる。

 レオは基本的にジュリの援護を。

 ウェッジが一番後ろで、レオたちの死角の敵を狙う。

 トーマが真ん中で全員の援護と、必要になれば指示を飛ばす。

 それだけで、まるで違っていた。

「レオっ!」

 が、レオが少しずつ中央から後退していく。プライドの高い彼は何も言わないが、疲れているらしかった。どうやら作戦を次の段階に移さなければならないらしい。トーマはそう判断して、ウェッジに視線を送る。

 ジュリはウェッジと一緒に出入り口へ繋がる通路へ。トーマはレオを後退させる為にゴブリンの注意を引き付けていた。

「勘違いするなよ農民っ、俺はまだ疲れていないからな!」

「……はいはい」

 今までで最も上手くいっている。こちらに目立った怪我をした者もおらず、ゴブリンの数は順調に減っていた。

 三人が狭い通路に入り、その前方にトーマが立つ。彼はスコップを床に突き刺して、ゴブリンたちを睨んだ。

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