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風の終わり  作者: 竹内すくね
一部
10/37

ゴブリン討伐・2



 トーマが街に来てから四日目。ハイゴブリンを倒して突風同盟に入ってから四日目。今日は、ゴブリンの群れから逃げ出した翌日。

 昨日よりも遅くに目が覚めると、部屋を出て行こうとするウェッジと目が合った。彼は黒いマントを羽織っており、得物である弓矢をも持ち出そうとしている。

「えと、おはよう。どこかへ行くの?」

 頷くと、ウェッジは部屋を出て行ってしまった。しかし、トーマは彼と挨拶が出来た事に感動している。無口で、ついでに非力ではあるが、決して悪い人ではないのだと、一つ前進したと少しだけ嬉しくなっていた。

「……ぐ、おお、うるさいぞ、農民」

「今日も悪いね、寝起き」

「おっ、俺に悪いところなど、ない!」

 レオは未だ覚醒していない意識を無理矢理に引っ張り起こして、ベッドの上に立ち上がる。彼の足取りはふらふらとしていて、今にもそこから落ちてしまいそうだった。

「朝からうるさいなあ」

「腹が減った。農民、食堂に行くぞ」

「僕は、良いよ。お腹減ってないし」

「俺は減っている!」

「……もしかして、一人で行くのが怖いの?」

「は、馬鹿な。俺が折角食事に誘ってやったと言うのに。もう良い、貴様は俺の鎧を磨いておけ! 壊したら弁償だからな!」

 何気なく言ったトーマの言葉に、レオは気分を害したようである。

 トーマは頭を掻いて、袋から雑巾を取り出した。



 昨日は散々だった。

 突風同盟と言えば街でも一番大きなギルドだ。そこに入れば儲け話なんか幾らでも転がっているだろうし、金になりそうであったり、使えそうな人間なんてのも嫌と言うほど転がっていると思ったのである。だからこそ、ここに入った。

 が、テストをクリアしていざギルドに入ってみれば、班などとくだらないものには入れられてしまう。そこの班長はあちこちを無理矢理引っ張り回していけ好かない。ウマが合いそうにない、同じ班の人間とは部屋も同じときている。おまけに、そいつらは使えそうになかった。根暗な男は話をするどころか、口を開く事すらない。無駄に体格の良い男は偉そうだが、頭が悪い。そんな奴らに囲まれて嫌々ギナ遺跡に行けば、ゴブリンに囲まれて失神するまで攻撃を喰らってしまう始末である。突風同盟に入ってからは、良い事など一つもない。

「……ちっ」

 寝返りを打ったジュリは髪の毛を掻きながら起き上がる。瞬間、めんどくさい事になりそうだと思った。

「う、え、あ、お、おはよう……ございます」

 頭を下げるのは向かいのベッドで鎧を磨くトーマである。

 ジュリは班員の中でも彼が一番嫌いだった。金の匂いなど一切しない。使えそうなところなんて一つも見当たらない。街で生まれて、街で暮らしてきた彼女にとって、田舎出身のトーマは見下すべき対象なのである。生まれてきて、生きてきて幸せです。なんて顔を常に浮かべている彼を見ているだけでも腹が立ってしまうのだ。

 挨拶を返す事もなく、ジュリはぼんやりとした意識に身を任せて、再びベッドへ横になる。睡魔はどこかへ去ってしまったらしいが、こうしているのは気持ち良い。が、金属を布で擦る音が気になって仕方がなかった。平たく言えば耳障りで、とっとと止めろと思う。

「それ、お前のじゃねぇだろ」

「え? あ、うん。そう、だけど」

 話し掛けられた事が意外だったのか、トーマは戸惑っていた。

「お前、あのデカブツの召し使いなワケ?」

「……違うよ」

 ムッとして答えるトーマに、ジュリの気分はささくれ立った。

「へえ? あー、そう。そういう口利くんだお前?」

「そんなの、どういう口を利いたって良いじゃないか」

「アハハハ! 良くねぇに決まってんじゃん。敬語使えや、敬語」

「……やだ」

 ジュリは段々と腹が立ってくる。使えないし、金にもならない。なのにトーマは歯向かってくる。

「僕は絶対、君に敬語を使わない」

 ふいとそっぽを向くと、トーマは鎧を磨くのに集中し始めた。ジュリはと言うと、無視された事と、生意気な事を言われたので頭に血が上っている。目の前の男をどうやって痛め付けてやろうかと、危険な思考を始めていた。

「あーあーあー言ってくれるじゃねぇかよ。良いの? オレを怒らせたらどうなるか分かってんだろうなぁ、おい」

「ゴブリンにボコボコにされてたくせに」

「……てめ、今、なんつった?」

 トーマはベッドにゴルゲットを置いて、ジュリを強く見据え付ける。

「されてたじゃないか」

 ジュリはベッドから飛び起きた。トーマが瞬きを終える前に彼のベッドに飛び乗って、

「そんで? 次は何を言うつもりだよ?」

 トーマの喉を強く締め上げる。

「いっ、た……!」

 ジュリは力を込めてトーマを無理矢理押し倒し、彼の上で馬乗りになった。

「ヒヒ、いーい声で鳴いてくれるじゃん。オラ、もっぺん言ってみろ。誰がボコボコだって? されてんのはお前だろうが」

「……は、なして、よ……」

「泣いて謝ったら考えてやんよ」

 舌なめずりして、ジュリは口の端をつり上げる。

 トーマは諦めたかのように目を瞑っていたが、体に力を入れてジュリを押し退けた。

「っの、クソ野郎が」

 ジュリは床に着地して、忌々しげにトーマを睨む。彼は苦しそうに咳き込んだ後、喉に手を当てた。

「あんだよその目? ヤんのかオラ、あ? 悔しかったら一発でも入れてみろよ」

 トーマは何も言わず、部屋を出る。残されたジュリはつまらなさそうに舌打ちして、強く壁を蹴った。



 友達が欲しいと、仲間が欲しいと思っていた自分は甘かったらしい。上手くいかない事ばかりが続き、トーマの気分は酷く落ち込んでいる。

 部屋を出たトーマは食堂に行ったが、レオの姿は見当たらなかった。そう言えばと彼は思い出す。いつの間にか、あのわがままな少年と一緒にいるのが当たり前のような気がしていたのだ。

「……はあ」

 喉はまだ、痛い。

 ジュリはかなり怒っていたが、果たして自分が全面的に悪かったのだろうかと、そう問われれば答えには窮してしまう。誰が正しくて誰が悪いのか、トーマにはまるで見当がつかなかった。

 トーマは騒がしい街の中へ出る気にもならず、中庭へと向かっていた。彼は誰もいないベンチを見つけて、そこに腰掛ける。

 目を瞑れば、村での生活を思い出してしまった。何も気にしなくて良かった。毎日がゆっくりと、穏やかに過ぎていく。そんな日々がずっと続くのだと思っていた。が、いつまでもあの生活を懐かしんでいては前に進めない。今、自分はここに、街に暮らしているのだ。そう思い直して、目の端の涙を袖で拭う。

「……泣いていたのか?」

「え?」

 顔を上げると、鋭い目でこちらを射抜いているプリカがいた。彼女はギナ遺跡で見た時と同じ格好をしている。そのせいか、昨日よりも雰囲気が刺々しいものに感じられた。

「……泣いていたのかと聞いている。どうした、あのでかいのと喧嘩でもしたのか?」

「そんなんじゃ、ないです。えと、プリカさんこそ、どうしたんですか?」

「……ふ、話を逸らす気か?」

 プリカはトーマの隣に座り、ダガーを抜く。それをくるくると回して、再び鞘に収めた。

「依頼を終えてきたんでな、その帰りだ」

「依頼……。一人で、ですか?」

「私はいつも一人だ。……あ、勘違いするなよ。一人で充分だからだ、と言う意味だからな」

「え? あ、はい」

「それよりも」と、プリカは呟いてトーマを指差す。

「……次はそっちが答える番だ。気にするな、私は今、時間を持て余している」

 それは言外に、トーマが話をするまでは解放しないという意味が含まれていた。彼はどうするか迷ったが、プリカになら話しても良いだろうと思い、口を開く。



「……なるほどな」

 トーマの話を聞き終わったプリカは呟き、何を言ったものかと困ってしまう。

「どうしたら、良いんでしょうか」

 おまけに意見を求められてしまった。

 レオが気分を悪くしたのも、トーマがジュリと喧嘩したのも、原因は一つである。ガランの依頼したゴブリンの討伐をクリア出来なかったせいだ。彼の話を聞く限り、ガラン班の四名は凶暴化したモンスターに手酷くやられてしまっている。本来ならトーマたち、テストをクリアしたばかりの新人には荷が重い仕事なのだから、仕方がないとも言えた。

「どうして、こうなったんだと思う?」

「分かりません……考えたけど、僕には、その、全然……」

「……駄目だ。もっと考えろ」

 突き放すような言い方をしてしまったが、自分が答えを与えても良い問題ではないのだとプリカは分かっている。それでも、ヒントぐらいは出してやろうと思った。

「ガランから何か言われただろう?」

「明日もよろしくって」

「……違う。違う違う。そう言う事じゃない」

 ガランは、甘い。自分とは違って班員を見捨てるような真似はしない筈である。新人には無謀とも思えるゴブリン討伐を依頼したのも、何か考えがあっての事だろう。

「何か、次に繋がるような事を言ってなかったか?」

「次、に……」

 トーマは目を瞑って、祈るように両手を組んだ。

「あの、関係ない事かもしれませんけど」

「構わない。言ってみろ」

「その、ダンジョンから地上に戻ってきた時、レオが、ガランさんに言ったんです。ゴブリンが凶暴になってる事とか、失敗するって分かってるなら何か教えてくれても良かっただろうって」

 傲慢だが、レオの気持ちは分からないでもない。プリカは続きを促し、トーマは口を開く。

「ガランさん、聞かれなかったからって。それだけ言って、帰っちゃったんです」

「……それだ、トーマ」

「え、っと?」

 やはり、甘い。ガランはヒントになるようなものを提示していたのだ。

「……だから、話だよ。話を聞くんだ」

「話、ですか」

 トーマは上手く理解していない様子だったが、これ以上口を出してはガランに何を言われるか分からない。これはあくまで、ガランがトーマたちに与えた本当のテストなのだから。

「……私に言えるのはここまでだ。後は自分で考えろ」

 縋るような目を向けられたらどうしよう。などと思っていたプリカだったが、トーマは真剣な表情で頷く。

 ――少し残念か。

 プリカは頷いて返し、その場を立ち去った。



 太陽が真上に上り、トーマたちが昼食を食べた後、

「んじゃま、頑張って来い」

 ガラン班は再びギナ遺跡の入り口前に集まっていた。昨日と同じく、ガランの依頼を達成する為に、である。

 しかし、昨日よりも班の雰囲気は悪かった。誰も、誰と目を合わせようともしない。声を掛けようともしない。ただ黙り込み、入り口を睨み付けるだけだ。

 レオを先頭に、ジュリとウェッジが遺跡に潜っていく。トーマは最後まで残っていたが、覚悟を決めて階段を下りた。



 遺跡一階の大広間。

 侵入者に気付いたゴブリンが駆け出した事で、戦闘が始まった。

 向かってくるゴブリンをナイフで切り裂きながらジュリは走る。彼女は類稀なスピードを活かして、誰よりも早く敵陣に突入した。その後ろをレオが続く。

 広間中央ではレオとジュリがゴブリンの集団と戦闘になだれ込み、ウェッジが広間の端にいるゴブリンを撃つ。トーマは何もしない訳にはいかないだろうと思い、彼らを援護する形で走り回り、ゴブリンを撃破していった。

 ゴブリンの数は減っていき、終始ガラン班に有利な状況が続く。

 が、昨日と同じくジュリがゴブリンに囲まれてしまった。彼女は自分の力だけでここを脱しようと思ったのだろう、何も言わず、助けを求める事もせず、四方から飛び掛かるモンスターを睨み付ける。

 ジュリが囲まれていた事にトーマが気付いたが、既に手遅れだった。彼女は腹部に一撃をもらい、またもや失神する。

「助けなきゃっ!」

 トーマが叫ぶが、レオは反応しない。仕方なく、ジュリから離れているところにいたトーマが走る。彼女の救援に向かうが、ゴブリンが立ち塞がって近付けない。

 一方で、ウェッジは動き回るゴブリンに狙いをずらされる。矢を放った瞬間、彼の顔から血の気が引いた。広間の中央にいたレオの背中に当たってしまったのだ。幸い、鎧を貫く事はなかったが、レオは振り返り、ウェッジを強く睨み付ける。

「貴様ぁ! 俺を殺す気か!?」

 ウェッジは首を横に振るが、レオは尚も収まらない。剣を振り上げてゴブリンから背を向ける。

「そこに跪け! その首、叩き落してくれる!」

 レオがウェッジを目掛けて走り出した。背中にはゴブリンがくっ付いたままだが、彼の目には入らない。レオの目には広間を逃げ回るウェッジしか見えていないのである。

「何やってんのさ!」

 トーマはスコップでゴブリンを吹き飛ばしながら叫んだ。このままではジュリだけでなく、自分たちも危険だと言うのに、あの二人は何をやっているのだろうか、と。



 結局、この日もゴブリンの討伐には失敗した。それどころか、ジュリとウェッジが気絶する有様である。

「ええい、重い!」

 レオが背負っていたウェッジを地面に投げ捨てた。

 ちなみに、ウェッジが気絶したのはレオの攻撃を受けたからではなく、走って逃げている最中に、柱に頭をぶつけたからである。

「昨日より駄目ってのはどういう事なのかねえ」

 ガランは頭を掻いて呟いた。トーマは申し訳なさそうに俯く。

「坊主、ウェッジは俺が運ぶ。ジュリは任せたぞ」

「えっと、僕、ですか?」

「レオに任せたら途中でどこかに捨てちまいそうだからな。ほら、今日は帰るぞ。……おい、レオ、とっとと剣をしまえ! しま……しまえってば!」

 トーマは気を失ったジュリを見遣った。今朝の事が頭を過ぎるが、倒れた者を捨て置く訳にはいかない。

「……っ! 何故だ! 何故、上手くいかないのだ!?」

「行くぞ」

 レオは地面に剣を突き刺す。彼に掛けてやる言葉など、トーマは持ち合わせていなかった。ガランなら何か言えるのだろうが、彼が口を開く事はなかった。



 その日の夜、トーマは食堂に一人でいた。彼は夕飯を食べ終わった後、何もする気が起きずにこうして座り続けていたのである。

 そして、思うのだ。自分はここで何をしているのだろうかと。村を出たのは、こんな風に過ごす為ではない。ましてや、ダンジョンに潜ってモンスターを倒す為なんかでは、絶対にない。

 厨房で談笑するコックたちを眺め、トーマは強く嫉妬した。現状に憤った。本当は自分だってあそこに立っていたい。なのに、何をやっているのだろう。

 これ以上ここにいては駄目だと思い、トーマは席を立つ。食堂を出たところで、失敗したと顔をしかめた。

「……何見てやがんだよ?」

 今まさに食堂に入ろうとしていたジュリと出くわしてしまったのである。

「見て、ない」

 何を言えば良いのか分からない。何を言ったところで沸点の低い彼女は怒るだろう。そう思い、トーマは短く答えて歩き出した。

「見てたじゃねぇか」

 しかし、ジュリはトーマの前に回り込む。

「見てないってば」

「お前さ、何調子に乗ってんの? オレには大人しく頭下げとけば良いんだよ」

「……どう、して……」

 言い掛けて、トーマは口を噤んだ。

「あぁん? 言いたい事があんなら言いなよ、溜めてばっかじゃ気持ち良くなれねぇぜ?」

 下卑た笑みを張り付かせて、ジュリはトーマを流し目で見る。彼はこの場にいる事に耐えられなかった。



 部屋に戻ったトーマは毛布に包まり、拳を強く固めた。

 話を聞かないレオ。口を開けば文句と悪口しか言わないジュリ。そもそも口さえ開かないウェッジ。我を通す彼らに遠慮する事なんてない。自分は、料理を作りたい。お金を稼いで村の皆の手助けをしたいんだ。このままでは、いつまで経っても前に進めないじゃないか。そう思い、トーマは強く目を瞑る。その晩、彼は中々眠りに就けなかった。

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