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第2話:「制御なき力と、リアの契約」

朝のドームは、いつもより冷たく感じた。

 ――昨夜、あの女に会ったからかもしれない。

 リア・フォーン。元軍属にして、禁忌に触れた研究者。

 彼女の赤い瞳は、まるでアデルの心の奥底まで見透かしているようだった。

 「君の中のオドは……まるで“ある存在”を彷彿とさせる」

 その言葉が、耳から離れない。

 何を意味していたのか? “ある存在”とは?

 彼女はアデルの名前だけでなく、過去までも知っているような口ぶりだった。

 その真意を問いただそうとしたが――彼女はただ笑った。

 「今は話せない」とだけ言い残し、去っていったのだ。

 その余韻が、今も胸をざわつかせていた。

 リグレア中央戦術学園・演習場第六区。

 今日の訓練は、二人一組での模擬戦形式だった。

 だが、アデルの対戦相手は誰も名乗り出ない。

 「あいつ、また昨日も爆発させたらしいぜ」

 「圧縮失敗どころか、自爆に近いって話じゃねえか」

 「力だけは一丁前。扱えないなら、それは“凶器”だろ」

 耳障りな囁きが背中越しに届く。

 アデルは気にした素振りを見せなかったが、その手はわずかに震えていた。

 「クレイ。俺が相手してやるよ」

 声をかけてきたのは、訓練兵の中でも頭ひとつ抜けた実力を持つ青年――ゼクト・ラファール。

 銀の短髪に切れ長の瞳、無駄のない所作から漂うのは、完成された軍人の気配。

 彼はアデルとは正反対の存在だった。

 訓練では常に高評価。魔術の制御も精密。しかも人格面でも信頼厚く、教官たちの期待も集めていた。

 「お前の力がどれほどのものか、興味はあるからな」

 ゼクトは挑発でも侮蔑でもない、ただの好奇心でそう言った。

 それが逆に、アデルの中の何かを逆撫でした。

 (“扱える力”こそ正義――か)

 「いいさ。負けない」

 アデルは一歩前に出た。

 模擬戦開始の号令が鳴ると同時に、ゼクトは動いた。

 「《重加速:ラグナ=フレア》」

 彼のオドが瞬時に足元へ流れ込み、地面を滑るように接近してくる。

 アデルも反応した。

 「――圧縮開始、《連環螺旋・改》!」

 掌に青白い光が集まり、渦を巻いていく――

 が、次の瞬間――

 「ッ……また、暴走かよ!」

 暴発。

 渦の中心が割れ、衝撃波が周囲を巻き込んだ。

 オド制御の崩壊が連鎖し、アデルの体が吹き飛ぶ。

 衝撃の中、視界が霞む。

 爆風で巻き上げられた砂煙の向こう、ゼクトの姿がゆっくりと現れる。

 「……やはり、お前は“力”に使われている」

 ゼクトはそう言い残し、戦線を離脱した。

 爆発の中心に立つアデルに、教官たちの冷たい視線が降り注ぐ。

 記録された戦闘データには、“危険”の赤い判定。

 その場にいた誰もが、彼の落第を確信していた。

 ――だが、アデルだけは違った。

 (くそ……俺は、あの女に言われた通り、もっと“中核”を見なくちゃいけない)

 昨日、リアが残した言葉が頭をよぎる。

 『君の力は、“魔力炉”に最も近い。だが、それを扱うには理解が必要。オドの本質を。自分自身の“核”を。』

 “魔力炉”――まだ正確な意味はわからない。

 けれど、ただの制御装置ではないのだと直感していた。

 その夜、再びアデルはスラム街へと向かった。

 情報屋の紹介で、得体の知れない女の噂を耳にしたのが数日前。

 「魔術の構造を変える女」「マナとオドの境界を知る者」――そんな噂を追って、たどり着いたのがリアだった。

 だが、彼女がアデルの名を知っていたこと。

 “ある存在”という意味深な発言。

 すべてが偶然とは思えない。

 スラムの暗がりで、アデルは再び彼女と再会する。

 「来ると思ってた。今日の模擬戦、見ていたわ」

 「監視してたのか……?」

 「いいえ。興味があっただけよ。“あれ”が暴走した時、君の中に光ったものがあった」

 「……光?」

 「そう。“衝動”よ。恐れじゃない。制御できないと理解しながら、それでも使おうとした。あれは、凡人には絶対に持ち得ないもの」

 リアは言葉を選びながら、アデルの瞳を覗き込んだ。

 「君が望むなら、私の“研究”に協力してもらう。ただし、それは君に“過去を暴く覚悟”があるなら、の話」

 「過去……?」

 「そう。君が忘れたがっている母のこと。そして、“オド”が暴走したあの夜の真実を」

 アデルの目が見開かれる。

 彼女は、あの記憶にまで辿り着いているのか。

 「選びなさい、アデル。今ならまだ戻れる。でも、一歩踏み込めば、君はもうただの訓練兵じゃいられない」

 静寂が、二人の間を支配する。

 数秒後、アデルは言った。

 「構わない。俺は……力を使いこなしたい。誰にも捨てられないために。そして……あの時、母を救えなかった自分に、決着をつけるために」

 リアはゆっくりと微笑んだ。

 「ようこそ、“真実”の世界へ」

 こうして、アデル・クレイは初めて禁忌の門に足を踏み入れる。

 それは、〈マナの門〉へと至る第一歩だった。


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