魔導枢機・エゼキエル
世界を統べる中心の都、『魔導枢機霊王国・ソドムゴモラ』
その国王は、年若き16歳の少女、魔導王・ホロボサターリャだ。
魔法を肌で感じ取り、大気から無尽蔵の魔力を引き出す神の因子を持っていただけのホロボサターリャは、世界大戦の決戦兵器とされ、名ばかりの王として祭り上げられた。
神の与えし祝福の人型機械兵器・『魔導枢機・エゼキエル』を操縦できる唯一の人間として、その人生を縛られたのだ。
ホロボサターリャは、貧民街で生まれ育った普通の町娘だ。
そんな、小さな羽虫すら殺すのを躊躇する心優しき少女に求められたのは――、蟲の殲滅。
それは、世界大戦の勝者へ人類を導く事だ。
*
滅亡の大罪期
『星屑を齧る暴食』
後の世にそう名付けられる世界規模の大絶滅、その発端は、蟲と呼ばれる進化した昆虫の異常発生だった。
「大森林から飛来した巨万の蟲の軍勢により、東側一帯の街が壊滅」
住民の生存は絶望的、どころの話ではない。
ことごとくの有機物……、家畜、植物、木造住宅、絹や麻などの衣服や紙に至るまで、一つ残らず食い荒らされた。
全長1mほどもある蟲は瞬く間に昆虫生活圏の動植物を喰い散らかし、タヌキを代表とする野生動物の生活圏を侵食、人類の領土すらも脅かし始めた。
そんな、人類存亡危機を察知した魔導枢機霊王国の賢者たちは神へと進言し、助言を願った。
『いいものをあげるよ。これは別世界から召喚した搭乗型の人型機械兵器、魔導枢機・エゼキエル。それと2体の支援機、攻勢眷属・サムエルと防衛眷属・エステルだ』
そうして人類へ、三機の魔導枢機が天与された。
だが、隊長機であるエゼキエルは攻撃力の高さを誇るが故に、膨大なエネルギー供給を必要とする。
その条件を満たせる人物を見つける事こそが、神が与えし試練、生存を勝ち取る為の神託だった。
エゼキエルに搭乗できる人材を求めた賢者は、やがてホロボサターリャに辿り着く。
大気中に存在する魔力を振動として感じ、扱うことができる特殊能力、『世絶の神の因子・魔導皆既』。
それを持つだけの町娘だったホロボサターリャは、国を運営する枢機院によって最前線で戦う決戦兵器『魔導王』として祭り上げられ、戦場を駆ける事となったのだ。
ホロボサターリャはエゼキエルと共に巨万の害蟲を葬りながら、戦争に身を置く己の運命を恨らんだ。
激動の戦いの中で、親を亡くし、妹を亡くし、友を亡くし、……残ったのは、『魔導王』という空虚な肩書きだけ。
それでも、心の中のどこかに残っている優しさが、見知らぬ他人を救うのだ。
*
動いているのは、人間だけではない。
「那由他様、『針王蟲・ホウブンゼン』の出現を確認した。奴が生まれた以上、ほっとけば世界が滅びるぜ」
褐色肌の幼い少女の前で平伏している獣、その名はタヌキ。
ウマミ・タヌキと呼ばれる、この世界で最も手軽に狩れる食用肉の代表例が、豪華な椅子に座る少女に進言を行っているのだ。
「毎度、面倒な事じゃが……、今回は随分と被害が出ているの。何体かの皇種が既にやられておる」
『皇種』
それは、強力な力を持つ生物種族の頂点。
例えば、竜、獅子、狼……、世界に存在するいくつかの種族には、種族を統べる最強の個体が存在する。
そして、この人間にしか見えない褐色少女こそ、”全知”なるタヌキの皇、那由他だ。
「人類の文化を無くすのは口惜しい、ついでに守ってやるじゃの」
「今回の軍勢は多すぎる。拠点も欲しいし、国ごと奪っちまった方が手っ取り早ぇ」
「ふむ、それは面白いかもしれんの。全タヌキ帝王を出撃させ、速やかに魔導枢機霊王国を落とせ。祝勝パーティの準備も忘れてはならんじゃの!」
悠然と立ちあがった子タヌキ……、いや、数千年を生きるタヌキ帝王がニヤリと笑った。
『タヌキ帝王』
それは、皇種・那由他より力を与えられし眷属の称号。
全知たる那由他から下賜された球体型の知識集積媒体『悪食=イーター』を持つ、歴史の記録者だ。
蟲の情報を集め終わったタヌキ帝王達は、幾度となく世界を崩壊させてきた『王蟲兵』の誕生を察知。
このままでは絶滅的な被害になると判断し、的確な防衛手段として、魔法結界がある魔導枢機霊王国を欲した。
そして、那由他は直ぐに侵略の許可を出し――。
タヌキ帝王は世界を守る為に、魔導枢機霊王国へ侵攻を開始する。
*
「よぉ、人間、ちょっと国をよこせや」
『ぇっっ?……こ、こちら管制室っ!!き、緊急事態発生……、なぜかタヌキが空に出現!?』
「んじゃま、ド派手にいくぜ。《大規模タヌキ召喚魔法・落ち逝く都こそ楽園》」
『んな、んな、なんなのこの、大規模な魔法じ……。空から、タヌキがっ、降って来ますぅぅぅッ!?!?』
その日、蟲の襲来を警戒していた管制室は、カツテナイ脅威を認識した。
だが、親しみ深い食用肉が空前絶後の被害をもたらすなど、誰が予想できたであろうか。
タヌキ帝王が発動した召喚魔法により、蟲に変わってタヌキが空を埋め尽くすという理解不能の境地が発生。
訳も分からず呆然する民の目の前で、華麗に空を駆けるタヌキ。
もはやコメディとしか思えない抱腹絶倒な光景は、枢機院が木っ端微塵に吹き飛ばされたことで阿鼻叫喚と化した。
タヌキが放つ大規模殲滅魔法が慌てふためく国軍を容赦なく粉砕してゆく。
その光景を見た誰しもが、『これが世界終焉か……』と絶望し、落涙した。
戦場で研ぎ澄まされ続けた魔導王、ホロボサターリャを除いては。
「敵性生物出現の原因を発見。駆除を開始する」
天空を飛翔する、漆黒の魔導巨人。
全長5m。奥行き5mの神製金属の塊。
宝石と見間違える程の純黒の輝きを発つ装甲、その硬度は想像を絶する強度を誇る。
それは、圧倒的な力の象徴。
黒く輝く円筒状の巨腕、超重量の機体を支える巨脚、厚く装甲を重ねた胴。
神製金属製の重甲冑戦士のごとき姿、それら全てが人類の理解の外側にあるのだ。
神の与えし祝福の人型兵器、魔導枢機・エゼキエル。
そして、それを操縦するホロボサターリャの冷えた瞳が、くっくっくと嗤う不遜なタヌキを捉えた。
「それが神から貰ったっていう魔導枢機だな?カッコイイじゃねえか」
「……。ウマミタヌキ、お前に恨みは無いけど……守らなくちゃ、殺さなくちゃ、無垢な民が死んじゃうんだ。だからッ……!」
ホロボサターリャの傍には誰もいない。
コクピットにはただ一人。
彼女の横に立ち、支え、導いてくれた2人の戦友と眷属機も、既にこの世を去っている。
「邪魔をするなら、死ねぇえぇええええええッ!!」
魔導ブースターを吹き鳴らして突撃するエゼキエルが、巨腕の先にある氷魔法で構築された剣を振り下ろす。
接触した物体を瞬間凍結させるその剣は、空気中の水分と結合し続けることで高い可変性と不滅性を持つ。
そんな、蟲を駆除することに最適化された絶対零度刃は、タヌキに向けるにしては余りにも殺傷能力が高い。
……、だが。
「ひとつ勘違いしてるぞ。俺はただのウマミタヌキじゃねぇ……、『勝利する手段無き・害獣』」
そのタヌキには個体名が存在しない。
数千年の時を生き、幾度となく歴史の展開点に出現したと記録されながらも、明確な名前が付けられていないのだ。
それは何故か。簡単なことだ。
このタヌキは、『歴史に名だたるクソタヌキ』と呼ばれている。
「負けてやる気はサラサラねぇッ!!《来い=神敗途絶・エクスカリバーッ!!》」
「ッ!?」
タヌキが空間から引き抜き咥えた光輝の剣が、エゼキエルの絶対零度刃を叩き割った。
一瞬の交錯の結果付きつけられた、敗北。
だが、その刃とホロボサターリャの殺意は、不滅。
「まさか、神殺し……?」
「おう、こいつは神をも下す勝利と不敗の剣。機械神だろうが何だろうが、ぶった切れるぜ」
『神殺し』と呼ばれる十本の武器が存在する。
それは、世界を滅ぼすと決めた唯一神に対抗する為に建造された、神滅兵器。
その一本たる神敗途絶エクスカリバー、その能力は、『常時確定クリティカル』と『20秒間の絶対防御』だ。
「はぁっ……、はぁっ……。なんなの、このタヌキ……、強い」
「せっかくのカッコイイロボなのに、戦い方がヘタクソ過ぎる。これじゃ、奴を殺すなんざ夢にもならねぇ。取らぬタヌキの皮算用って奴だな!」
「タヌキが言うなぁああああッ!」
戦闘から30分、戦局は膠着状態となっていた。
だが、趨勢は歴然だ。
タヌキ帝王の一撃ごとに絶対零度刃は破壊され、放出されたエネルギーが地上を蹂躙。
一方、ホロボサターリャの攻撃は、たったの一度も成功していない。
タヌキ帝王の悪食=イーターが導き出す未来予測により、攻撃が成立する前に潰されるからだ。
「もういい、分かった。どうせ町に被害が出るのなら」
「お、ようやく本気か?」
「《サモンウエポン=魔王兵装ッ!!」
犬歯をむきに出しにしたホロボサターリャが願ったのは、漆黒の魔王の降臨。
雄叫びによって呼び出されたのは、死した友と眷属機が遺したエゼキエルに真の姿を与える強化武装。
魔王の首冠
魔王の心臓核
魔王の右腕
魔王の左腕
魔王の下肢
魔王の脊椎尾
魔王の靭帯翼
それは、大破した攻勢眷属・サムエルから建造された七つの超兵装。
これらと合体した姿こそ、魔王と呼称するしかない暴虐性を秘めた人類の最終兵器。
「うひょー!随分とカッコ良くなったじゃねぇか!!」
「エゼキエルデモンの攻撃は、周囲への配慮が効かない。当然、貴方に対しても」
「それは俺にも本気出せって言ってんのか?」
「んっ……!」
「いいぜ、見せてやる。《神喰途絶=エクスイーター》」
具現化した悪食=イーターから放たれた光が、タヌキを包み込む。
瞬きの間に飽和したエネルギーは収縮し、やがて人の形へと――。
ホロボサターリャが持つ『魔導皆既』は、空間に存在する魔力を振動として肌で感じ、操作する能力だ。
だからこそ、粟立った全身の皮膚で理解してしまう。
目の前に君臨したその青年は、本当に、勝利する手段のない化け物なのだと。
「いくぜ」
*
激戦の末、魔導枢機霊王国はタヌキの手に落ちた。
エゼキエルデモンを駆るホロボサターリャと人化したタヌキ帝王は、数日間に及ぶ激しい一騎打ちの末、和解。
しかしそれは、和解という事になっているだけ。
タヌキ帝王はホロボサターリャに勝利しており、人間側の尊厳の為に事実が歪曲されたに過ぎないのだ。
だが、そんな人間のプライドなど、彼女達にとって全く興味がない事だった。
「ねぇ、タヌキの好きな食べ物って何?」
「美味けりゃ何でもいいが、甘い果実が特に好きだな」
「じゃあこれ食べる?バナナって言うんだけど」
「バナナ?知識はあるが食ったこと無ねぇな。どれどれ……。うまっ!?何だこれはッ!?」
戦争に明け暮れ、ほぼ毎日一緒に行動していたタヌキ帝王とホロボサターリャは次第に、互いを認め合ってゆく。
タヌキ帝王が気まぐれで人化するのも助力となり、いつしか恋仲とまで囁かれる関係になった。
「ねぇ……、タヌキ。あなたの名前は何?」
「ねぇよ、訳あって捨ててんだ」
「そうなの?じゃあ――」
私が名前を付けても、良い?
そんな言葉をホロボサターリャは口に出せなかった。
親友を名前で呼べないのが嫌だった。
だが、もしも変なことを言って、嫌われてしまったら?
感情が乏しくなっていた彼女は言葉を選びきれず、ぎこちなく笑って誤魔化すしかなかった。
*
やがて戦争は佳境となり、蟲のコロニーを掃討する為に、ホロボサターリャは侵攻を仕掛けた。
統率されていない蟲の波が引き、偶然、コロニーへの活路が開けたが故の緊急侵攻だ。
……だが。
ホロボサターリャが乗る魔導枢機・エゼキエルは、待ち構えていた元凶、『針王蟲・ホウブンゼン』の針撃に貫かれ、あっけなく、墜ちた。
「おい、しっかりしろ!ホロッ!!ホロッ!!」
「転んじゃったよ、へへ。お腹に穴もあいちゃった」
「大したことねぇ怪我だ!!そんなもん、直ぐに俺が治してや――」
コクピットをこじ開けたタヌキ帝王が見たのは、広がる血の海と、ホロボサターリャの上半身。
それだけだ。
そこに下半身は無く、見えている肌が青白くなったホロボサターリャの残骸があるだけ。
タヌキ帝王が持つ真理究明の眼は、一目で彼女は死んでいるのだと理解した。
それでも、ホロボサターリャは喋った。
最後の別れを言う為に、自分の魂という魔力を燃やして、動くはずのない血の溜まった喉を震わせたのだ。
「へ、へへ。私って、何の為に戦ったのかな?いつも……、疑問に思ってたんだ」
「お前は幸せになる為に戦ってたんだ、ホロ」
「そっか、じゃ、少しは叶った……、かな?あなたと一緒に居るの…ね、凄く楽しくて……、幸せだったから……」
「あぁそうだ。だがそれは少しだ。まだ少ししか一緒に過ごしてねえだろ!?少ししか幸せじゃなかったんだろ!?諦めるなッ!!」
「諦めて……ないよ。あなたなら助けてくれる。絶対に助けてくれるって信じてる。だから、約束、して……」
「約束だと?」
「勝って……、きて。蟲に勝ってきてよ。ちょっとだけ休んでいる私の代わりに……、このエゼキエルを託すから、国も全部あげるから、みんなを……、救って」
ホロボサターリャは硬直し始めている顔で、タヌキ帝王へ頬笑んだ。
それはきっと、最期の笑顔。
もう表情が変わることはないからと、ホロボサターリャは笑顔を選んだのだ。
無理に頭を動かしたからか、虚ろな眼球から涙が溢れて落ちてゆく。
タヌキ帝王は優しく頬に手を当てて、何度もそれを拭きながら、決意を口にする。
「分かった。それに蟲にだけじゃねぇぞ。一億年、勝ち続けてやる。俺は誰にも負けねぇんだ。なにせ……勝利する手段無きタヌキだからな」
「すごい……ね。そんなキミに、私が最期にあげられる物、を。これも……、ずっと思ってたんだ。『あなた』や『キミ』って呼ぶの嫌だなって、す、好きだったから……」
「ホロ……、お前」
「名前をあげる、『ソドム』。カッコ良くて、可愛い。国から取った安直な名前だけど……、導いてくれるあなたにピッタリな、名前――」
「ソドム、か。良い名だ。那由他様に進言して、正式に授与して貰うとしよう。だからな、ホロ……」
「――。」
「ホロ?……おい、ホロ?ホロッ!!」
「――。」
「……。あぁ、ホロボサターリャ……」
先の一撃を受けた瞬間に、ホロボサターリャは命を落としていた。
それでもソドムと言葉を交わせたのは、そうしたいという意思と、それを可能にする神の因子があったから。
どれくらいの時間、そうしていただろうか。
血の一滴すらも残さぬようにホロボサターリャを抱き上げたソドムは、静かに自身の権能を呼び出した。
「俺の中で少し眠ってろ、ホロ。≪悪喰=イーター≫」
そんな、奇跡の上に成り立った別れは、本当の別れになる、と。
助けるという約束は果たせないのだと、ソドムは分かっていた。
それでもソドムは、ホロボサターリャの遺骸を悪喰=イーターの中へと取り込んで、優しげな顔で語った。
「那由他様なら……、那由他様ならどうにかしてくれるはずだ。だからお前はそこで見てろ。俺が勝つ、その瞬間を」
それは、自分を奮い立たせるための言い訳。
それは、カツテナキ機神の誕生。
それは――。タヌキ帝王・ソドムの始まり。
「行くぞッ!!《エゼキエルッ!!》」
空高く飛んだ魔導枢機が、蠢き始めたコロニーへ向かい真っすぐに進む。
一切の反撃は起こり得ない。
視界に入った全ての蟲が、ソドムの怒りに焼き殺されるのだから。
*****
「私の針撃が機械を貫いたことにより、脆弱な人間は抵抗力を失い絶滅する。そうなるはずだったのだがね?」
「俺は元々、ホウブンゼンを嫌っている。だが、テメェは歴代ぶっちぎりだ」
ウ”。ウ”ウ”。ウ”ウ”ウ”………。
けたたましい羽音を纏うその蟲は、あらゆる性能が規格外で構成されている。
全長2.5mの人間めいた形状。
黄色と黒の警告色で彩った外骨格は、蟲と呼ぶにはあまりにも煌々しい。
『針王蟲・ 蜂 蚊 蝉』
彼の王こそ、音と空気を支配する蟲虫類の進化の果て。
屈強な蜂の顎、生物の命脈を吸い上げる蚊の針、数十km先に届く蝉の羽音。
それらは、数億匹にも及ぶ蟲の異常繁殖の頂点に立つ証だ。
偶然生まれた蜂の超異常個体だった彼は、本能に従い他の昆虫を食らい、その生態を奪った。
蜂として持っていた生態が強化され、さらに、相性がいい蚊と蝉の能力を獲得。
こうして『ホウブンゼン』は歴史上に何度も生まれ、滅亡の大罪期の原因となる。
王蟲兵は、一秒でも早く駆除するべき、世界にとっての害獣。
それは、下位に存在する昆虫種が『頂点』を目指して進化しようとするから。
蟲の異常繁殖は、昆虫の急激な世代交代によって引き起こされる現象だ。
「人間は美味だが、それだけだ。私がこれ以上の進化を果たすには、同格の王蟲兵を食らう必要があるという。誕生を待つしかなく億劫だと思っていたが……、お前はいいね」
「ダンヴィンゲンを知ってやがるのか。だがよ、テメェにゃ関係ない話だぜ」
「ほう?」
「俺が、何体の、ホウブンゼンをブチ殺したと思う?答えてみろッ!!」
加速するエゼキエルは既に、魔王兵装を装備した戦闘形態となっている。
これは、周囲の環境への配慮というホロボサターリャの優しさが無いが故の、最善手。
ソドムが持つ真理究明の悪食=イーターが導き出した、絶対勝利の戦略だ。
「天撃つ硫黄の火・絶火剣葬!!」
決着は一瞬。
会話中に魔力と魔法を練り上げていたソドムは、最短最速で一撃必殺の剣戟を放つ。
それは、過去に存在した全てのホウブンゼンが回避できない、決死の一刀両断。
タヌキの皇・那由他が持つ神から与えられし権能、『知識』。
過去を参照し、常に最も効果が高い手段を行える情報アドバンテージがあるからこそ、タヌキ帝王は生態系の上澄みに生息している。
……だが。
「……なん、だとッッ!?」
「どうやら、今回の私は出来が良いようだね?」
「ちぃっ!!」
「それは、進化の余地が無い事に他ならないのだが……、お前が素晴らしい『糧』になってくれると、期待しているとも」
振り下ろされたエゼキエルの刃を迎え撃ったのは、ホウブンゼンが放った数百以上も重ねた蝉の羽音。
衝撃波と呼ぶにしては強すぎる、圧縮されすぎた真空の刃。
速度は音速であり、大したことはない。
だが、物質が空気中を移動する以上、入り込めない程に凝縮された空間には、文字通り刃が立たない。
「どうやら、工夫が必要なようだなァ……!!」
一進一退の攻防を経たエゼキエルは、満身創痍となっている。
エゼキエルデモンでは防御力が足りず、致命傷を叩き込む前に攻撃に異常をきたす。
防御用のエゼキエルエジルでは攻撃力が足りず、無駄にエネルギーを消費するのみ。
当然、ホウブンゼンにも損傷はある。
だが、このままでは僅差で押し負けるだろう。
そう判断したソドムは苦笑し、優しげな声を親友へ向けた。
「大見得切って『見てろ』とかほざいた癖にカッコわりぃ。……笑っていいぜ。ホロ」
「急に独り言かね、頭に異常をきたしたか?」
「その代わり、お前の力を貸してくれ。《来い=俺達の、全ての魔天兵装ッ!!》」
それは、実現不可能な空想の理論だった。
二種の眷属機は、エゼキエルの基礎フレームと組み合わさることで合体する。
エゼキエルの体が一つである以上、装備できるのはサムエルかエステルどちらか一つだ。
だからこそ、ソドムはホロボサターリャが言った「全部のせ合体」を真っ向から否定した。
100回行えば99回はエネルギーが暴走・誘爆し、死ぬ。
そこに1%の可能性があると、気が付いてしまったから。
「ホウブンゼン、どうやらテメェの負けだぜ」
「なん……」
「俺達は賭けに勝った。もうその程度の実力じゃ、話になんねぇよ」
魔導枢機・エゼキエルと攻勢眷属サムエル・防衛眷属エステルの三機同時合体。
タヌキ帝王ソドムの激高とホロボサターリャの願いの果てに生まれた、『エゼキエル=全きものの善悪天帝』が、蟲のコロニーごと、ホウブンゼンを両断する。
*****
それから三日後。蟲の大量発生は終息を迎えた。
人類を含む、生きとし生ける命が三分の一となってしまったが、それでも生き残る事が出来たのだ。
「……ホロ。」
そんな中、ソドムは失意に暮れている。
こうなる事は分かっていた。
それでも、皇たる那由他から告げられてしまっては、心のどこかにあった希望は潰えてしまうのだ。
「ホロは、生き返れないのか……」
「死する瞬間に立ち会い、ホロボサターリャの魂を悪喰=イーターに隔離出来たのなら、蘇生できたじゃの。じゃが、魂無き肉体だけではどうにもならん」
「死んですぐ悪喰=イーターで隔離した。周囲の空間ごと、魂の欠片を取りこぼさない様にだ!!」
「そうじゃの。確かに断片は残っておる。人格など微塵もない、魂の塵芥がの」
「ちり、あくた……?」
「本当は分かっておるのじゃの、ソドム。ホロボサターリャが魔力を消費して別れを告げたのだと、気が付いておるはずじゃの」
「なにか手段は……」
「儂に出来るのは塵の様な魂をかき集め、この肉体と共に転生させる事だけじゃ。人格は別物。それに、それをしたとしても、ホロボサターリャは人間ではなくなるじゃの」
「……。」
「それでもいいのなら、してやるじゃの」
肉体の再構築など、那由他には簡単な事だ。
だが、魂の復元は違う。
「魂の操作が許されているのは、世界でただの一匹。不可思議竜だけなのじゃ。すまんの」
そう諭されたソドムは、ホロボサターリャの名を呼んで、空を見た。
世界に還ってしまった存在を想い、上辺だけでも約束を果たすべく、那由他に願う。
「那由他様、俺は――」
**********
数年の時が経ち、タヌキ帝王ソドムの傍らには、タヌキ帝王ムーがいる。
彼女の生い立ちは不明だ。
いつの間にかソドムが連れて歩くようになり、「隠し子だ!」などと、他のタヌキ帝王にからかわれた過去がある程度。
しかし、そんなムーの知識は深く、衰退した人類では遠く及ばず。
特に帝王機については知り尽くしており、他の追随を許さない。
「ムー。森の様子がおかしい。蟲共の残党がいるかもしれねぇ……。行くぞ!」
「任せてよ、ソドムっち!!」
こんにちは、青色の鮫です!
こちらは『バンダナコミック 縦スクロールマンガ原作大賞』に応募するために書いた作品です。
1万文字以下という条件ですので、色々と添削した結果……、
バンダナコミックさん!!
語り切れてない設定がいっぱいあります!!
この作品のタヌキ帝王・ソドムは、僕の別作品「ユニーク英雄伝説」にも登場するキャラクターです。
こちらは剣と魔法がメインの少年と少女の冒険譚であり、今作に登場したタヌキ帝王や皇種、蟲の設定なども詳しく語られています。
※途中のロボ挿絵も僕が描いたものです。
そんな訳で世界観などの設定は決まっており、幾らでもシナリオを書けます。
この話は小説の一巻に相当する部分であり、2巻は転生したホロボサターリャ(ムー)とソドムが国の運営を~~なんて、いかがでしょうか!?
そんな拙作ではありますが、どうぞよろしくお願いします。