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幽冥婚姻譚  作者:
第三幕 白鼠の御宿
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三 黒狐

 二人の足はとある場所で止まった。目的の場所に着いたのだが、どう見ても…………女郎屋である。

 店の前には、鴨を見つけたと言わんばかりにギラリと目を光らせた留女(とめおんな)(客引き)達。留女達のやり口は強引だ。時には背負った荷物を掴んで、時には着物を掴み、引き摺るように店に連れ込むのだ。

 その辺りは妖も人も変わり無いようで、一向に店に入ろうとしない朧に目を着け近づき、逃すまいと袖を掴む。女達の着物が揺れるたびに、香の匂いがつんと鼻に刺した。煙草と化粧の匂いまで混じっているものだから、朧も眉根を寄せて女達を遠ざけようとするが、その程度を気に掛ける女達でもなく。


 女達が重要視しているのは、見てくれよりも朧自身の力なのだろう。たんまりと腹の中に抱え込んだそれまでの供物をばら撒いてくれるやもと擦り寄っているのである。ついでに器量も上物なら尚良し、程度に思っているかもしれない。強引に店に引き込もうとしないのは、己よりも上の存在であると認識しているからなのだろう。

 まあ、傍目に見ても椿にとっては朧の何に群がっていようが面白い話では無いのだろう。据えた腹の底から滲み出たような声で


「此処に雨黎(うれい)さんという方はいらっしゃるのかしら」


 と述べた。その声に流石の朧もひやりと肝を縮こまらせた――――かどうかは判然とせず女を威嚇にも等しい双眸で見下ろすだけだ。まあ、朧には冷やす肝が存在しないのだが……それは置いといて。

 椿が提示した名前で、留女達は朧と椿から距離をとった。事情を察したと言う事だろう。顔からは表情が消えて、不気味な毛色を二人に見せつける。

 

 朧と椿が夜市へと赴いた目的は、黒狐の雨黎という人物に会う為である。夜市を見つける事は容易で、椿が尋ねずとも()()()()()()()()()()()のだ。

 噂では、客を選ぶ女主人との事だが――突然訪ねてきて、更には無遠慮に主人の名前を出す客を警戒することもなく、留女の一人が「こちらへどうぞ」と言って案内を申し出た。先程の客引き姿とは比べ物にならぬ淡白な顔と物言いが何を語りたいかまでは窺い知れない。

 椿と朧はどちらの顔を確認することもなく、女の後に続いた。





 暖簾を潜ったその先――店の中に一歩踏み入れば、またも空気は変わった。甘ったるい香が燻されて、空気はぬるりと纏わりつく。途中、吹き抜けとなった回廊を通る最中、二階には着崩れた色香漂う女達の姿があった。幾つもの顔が欄干の向こう側から覗き込み、口こそ開かぬが好奇な目線だけは送られる。夫婦揃って女郎屋に来訪するなど、珍しい事は確かであろう。が、そういった面白がっていると言うよりは、品定めのような……兎にも角にも、気持ちの良いものではなかった。

  

 回廊から更に回廊を抜け進んだ先にあったのは、一つの座敷の前だった。案内していた留女がしゃがみこんで、「雨黎様、お客です」と障子の向こうへと声を掛ける。「入っといで」と軽く返された声は色を孕んだように艶めかしい。

 女がすうっと障子を開ければ、脇息(きょうそく)にしなだれ掛かった女が煙管を咥えて、部屋中に煙を(くゆ)らせていた。

 

「いらっしゃい、待ってたよ」


 余裕のある口振りで答えた女主人の目は、色気と共に狐独特の妖しさを孕んでいるようだった。




 座敷に通された椿の前には、湯気の立つ蒸饅頭が置かれていた。横には、煎茶。こちらも淹れたばかりで湯気が立つ。一応客人としてもてなされておる様で、湯呑みには鮮やかな絵付けがされた華やかなものが使われていた。

 ただ、女郎屋の主人は未だ脇息に凭れかかった姿勢のまま二人に対面しているのだが、妖の本分を考えれば神格でも無い限りは作法や礼儀なんてものは薄いのやもしれない。


「此処までしてもらって悪いが、今回は夜市を散策しがてら松さんからの伝言があるかを尋ねに来ただけだ」

「初対面だしね、良い印象を与えておかないと」


 「もしかしたら上客になってくれるかもしれないだろう?」と付け足して。ふふっと口元を緩めて笑う仕草のついでに、煙管を口へと運ぶ。

 ゆるりとした、その姿。高級遊女を思わせる鮮やかな菊や牡丹が華々しくが咲き乱れた絵柄の着物。それをわざと着崩し、肩は肌けて、たわわな胸は今にもこぼれ落ちそうである。どうにも神の御使には程遠い姿だ――だが、朧の脳裏にはもう一人神の御使に程遠い人物が浮かんでいた。


「あんたも、松さんと同じ主人に?」


 何気なく朧が発した言葉に、雨黎はしっとりとした口調で「昔ね、」と溢す。

  

「私はただの野狐(やこ)だよ。昔は、位を頂いていた身だけどね。面倒になって辞めちまった。此処で(はぐ)れた(やつ)を飼ってる方が性に合っている女さね」


 そう言って、ふうと息を吐いて何度目とも判らない煙を燻らせた。

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