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幽冥婚姻譚  作者:
第二幕 山桜の水鏡
22/43

十 呑む狐

 夢幻(ゆめまぼろし)の時間は終わった。

 息吹を取り戻した山は、薄紅色が消え去ると新緑ばかりの姿へと変貌した。枯野でこそなくなったが、その若葉ばかりの山肌は少々頼りない姿である。 

 

 山の主たる精霊が途絶えた山は暫くは土地に影響を与え、作物は上手く育たないだろう。だがいずれ、力を取り戻した土地が新たな玉繭を創りて、化生(けしょう)を生む。

 さすれば、栄える土地となるか――そればかりは、生まれた山の主が決める事。

 何せ、人が神と呼ぶ精霊や妖(そんざい)など、気まぐれでしかないのだから――――






 



「いやあ、今回は助かった」


 町に戻り、白い獣――狐から人間の姿へと戻った松柏は、大層満足げに酒房にて酒とつまみをかっくらった。

 ほっそりとした目だけが狐のようという印象はあっても、人間そのものの姿に誰も違和感など感じないだろう。白いと感じた身姿は今はなく、髪色は黒と平凡に戻っていた。


 変化する様をまじまじと見たばかりでなんとも面妖ではあったが、かくいう朧も実態は不可思議な靄のようなもの。そう考えると、椿にとって目の前の人物が何者であれ大した問題でもないといった様子でお茶を啜る。


「これからも偶に手伝ってや」

「断る」


 朧は間髪入れず、付け入る隙など毛頭ないと言わんばかりにギロリと目を光らせた。ほんのつい先ほど椿が危険に身を投じたという事実と、朧が松柏を心底から信用出来ないという部分が大きいというのもあるだろう。けれども、その程度で松柏も身を引くことはなかった。

 朧を気にしていないというよりは、そういった手合いに慣れているといったところか。


「今回みたいな大きな仕事ばっかやないし、昔みたいに上前を跳ねる真似はせんぞ。それに、坊主達かて(かね)は必要やろ」

(かね)はある」

「そりゃ取り込んだもんやろ。あんま使わんほうが良い」


 松柏の狐目が、瞼の隙間から意味ありげに椿を見やる。


「それ、どういう意味ですか?」

「椿ちゃん、こいつがぽんぽん当たり前に出しとる(きん)が不可思議やと思わんかったか?」


 今までの旅路は全て朧が賄っている。突然懐から金を取り出しては換金する。出所は、椿も何となく今までの供物程度だろうと考えてはいた。ただ、便利なものだとしか考えなかっただけに、松柏の言葉には引っ掛かりを覚えて、朧に一度向けた視線は再び松柏へと戻る。


 松柏はお猪口の中に残っていた酒を喉へと流し込む。引っ掛かりを覚えた椿の様子を面白がって丸呑みしているように喉を唸らせて、ごくりごくりと飲む姿は狐を忘れたようでもある。徳利から二杯目をお猪口へと注ぎ足すと、ようやく回った酒で口が動き始めた。


「単純に言って、供物は力や。金だろうが、人間だろうがや。けどな、取り出せば力は減る。取り込めば、また力になる」


 そういって、松柏は二杯目もあっと言う間に喉へと流しこんだ。

 松柏の言葉はさも常識を語るように迷いもない。椿は隣に座る朧に視線を向けるも、視線は返すが何も言わない。

 沈黙は否定も出来ないという事だ。松柏の言葉が真実である証拠だった。

 であれば、椿の決断は早かった。


「松柏さん、お仕事があったらお受けします」

「椿、」

「お金が要るのは事実でしょ?」


 椿はそっと手を朧のそれに重ねる。”同調”が必ずしも有効とは限らない。朧が受け入れて初めて、椿の力は朧の思考へと浸透する。されど今は、椿の意見に反意を示し、力は無効だ。

 それを判っていても椿は朧の手を握った。能力だけが全てでは無い。

 

「夫婦って支えあうものよ。私の両親はそうだった。いつも幸せそうで……勿論、喧嘩もしていたけどね」

「そうやで。それにこのままやと日陰で隠れて生きていくことになるで」


 茶々を入れる松柏をじとっと一瞥するも、朧は手の甲に重なっていた椿の手を、恥ずかしげもなく手中に収める。諦めの嘆息を吐き出して、ぶっきらぼうに「わかった」と呟いた。

 朧の様子に松柏は更にニヤつく。残っていた徳利の中身をお猪口に注ぎ切ると、一気に飲み干す。酒の味を覚えた狐は何とも楽しげに、「ぷはあ」と満足げに吐き出す姿は人間染みている。

 事が思い通りに運んで満足なのか、ここのお代は払うと言って懐から取り出した銅銭を卓の上に並べた。


「まあ、逆に俺に何か頼みたい事あったら夜市(よいち)に来るんやな。黒狐(こくこ)雨黎(うれい)って名前の女に言伝頼めば良い」

 

 そう言った松柏はあっさりと別れを告げて店を出て行った。

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