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5.


「……と、いうわけですの」

「…………」


 翌日。

 私は談話室にて、お母様とお兄様たちを前にして、冷や汗を流していた。

 半ば尋問のような雰囲気の中、ローエンマイン様についての全てを説明し終えた私に、沈黙が重くのしかかる。

 こんなことになったのは全て、今私の膝で満足そうに丸くなって喉を鳴らしている、ローエンマイン様のせいだった。

 結局、一晩中契約を迫られ、断り続け……そんなことを続けている間に朝になり、私の様子を見に来たお母様に対して、あろうことかローエンマイン様がしゃべったのだ。

「……む? ジュリエッタの母君か。世話になっている」――と。

 当然、お母様は驚き、猫がしゃべったと悲鳴を上げ、それを聞いてお兄様たちがばたばたと駆けつけてくる騒ぎとなり……。

 あれよあれよという間に、朝食を兼ねた軽食が並べられたこの談話室にて、取り調べが始まったのだった。

(もう……どうしてこんな目にー)

 嘆いたところで、ローエンマイン様が神獣であることには変わりない。

 彼を助けると決めたのは私なのだから、責任を取らないといけない、とも思っている。

 でも……。

 ちら、と、正面に座るお母様たちの顔色を窺う。

 お兄様――上のお兄様が深い溜息を吐いたのは、その時だった。


「――ひとまず、事情はわかった」

「アルト兄様……」


 上の兄――長男アルト・ユロメアは、私と同じハニーブロンドに新緑色の瞳の美男子だ。

 頭脳明晰なお父様の部下として、また王城にて政治に関わる出世頭として、社交界でも人気の独身男性。

 そんな完璧人間の長兄に続いて、下の兄――次男ウォルター・ユロメアが、静かに頷いた。


「やはり、リーエは天使のように優しいのだな。さすが俺の妹だ」

「ウォルター兄様……!」

「なんだリーエ。俺は間違ったことは言っていない」


 ウォルター兄様は、新緑色の瞳に、お父様譲りの短い茶髪をツンツンさせている。こちらももちろん、アルト兄様と別タイプの美男子として有名だ。

 ウォルター兄様は、アルト兄様とは正反対で、王宮騎士として勤めている。本来ならばもう、どちらの兄も出勤していないといけない時間だったと思うのだが……。


「そ、そんなことより、兄様がた。もうこんな時間ですし、お二人とも仕事に遅刻されてしまうのでは……」

「リーエが心配することはないよ。こんな一大事なんだから、妹を優先しなくては」

「いえその、それほどのことではないと思うのですが……」

「何を言っているんだい!君の元に神獣殿がいるんだ、これを一大事とせず何が一大事なものか」


 アルト兄様の熱弁に、助けを求めてウォルター兄様へと視線を向けるが――。


「…………」


 やはりというか、ウォルター兄様も静かに頷いているだけだった。

 そう、この兄たちは、私に対して超がつくほど過保護なのだ。

 大切に愛されている――それについてはいつも感謝している。が……度々このように、仕事より何より妹である私を大切にしようと、度が過ぎた愛を発揮してくる。

(私より、仕事を優先して頂きたいのに……!)

 頭を抱えたくて溜まらなくなったころ、ぱちん、と小さく、扇子を畳む音が場に響いた。……それまで、沈黙したままでいたお母様だ。

 ユロメア公爵夫人として、社交界いちの美人とも言われている、お母様。

 私やアルト兄様が譲り受けた、ハニーブロンドの髪と新緑色の瞳を持つ、絶世の美女だ。

(お母様なら、お兄様たちに王宮へ行けと言ってくださるかも……!)

 しん、と場の視線がお母様に集中する中、彼女はつい、と背後に控える侍従へと視線を流した。


「王宮へ通達を。執政部と騎士団へ、アルトとウォルターの休暇申請を出してきなさい」

「かしこまりました」


(違う、そうじゃない……!)

 期待したのと違うお母様の言葉に、私はずる、と長椅子へ崩れ落ちそうになった。

 私とは違いお兄様たちは、その言葉にわっと喜びの声を上げている。


「さすが母上!ありがとうございます」

「感謝します、母上」

「よいのです。リーエの一大事は、我がユロメア家の一大事ですもの」


 しゃらりと美しいお母様の声に、私はがっくりと項垂れた。

 線が細く、真っ白な陶器のような肌に輝く髪を結い上げたお母様は、ゆったりとした仕草で扇子を置くと、満足そうに微笑んだ。


「それにしても……なんと聡明な神獣様でしょう。あの聖女ではなく、我が家のジュリエッタを見初めてくださるなんて。さすが神の遣いですわ」

「当然のことだ。ジュリエッタほど心の美しい娘はそうそういないだろう」

「そうでしょう? 我が娘ながら、本当にできた子で……。わたくしも、例の聖女には何度かお会いしておりますが、あの方の元では、神獣様もお辛い思いをされますでしょうね」

「そなたもそう思うか?」

「ええ」


 出会い頭こそ悲鳴を上げたお母様だったけれど、今や何事もなかったかのようにローエンマイン様と談笑している。

 公爵夫人として社交界を制してきたのは、その美貌によるだけではない――と、言われるだけの威厳と器がある女性だ。

 ……なんて、眠気の残る頭で現実逃避のごとく、そんなことを考えていた私を、突然くるりとローエンマイン様が仰ぎ見てきた。


「なぁ、ジュリエッタ」

「な、何よ……」


 青く澄んだ瞳が、潤みながらこちらを見上げてくる様に、ぎくりと肩を揺らす。

 まだ子猫姿の神獣は、きゅううんと小さく、哀れっぽい鳴き声を上げた。


「俺との契約は、いつ交わしてくれるんだ?」


 またその話か、と、私は弱り切った顔になってしまう。


「……ローエンマイン様。そのお話は、もう何度も……」

「俺のことは『ロロ』で良い、と言っただろう? ああそうだ、お前に一晩中、契約を拒まれて……」


 よよよ、と私の膝で器用に泣き崩れる、ローエンマイン様。


「何度も言ったじゃないか。俺はもう、お前以外の者と契約するつもりはない、と……」

「私も何度も、お答えしてるじゃないですか……。そんなこと言われても困ります、って」

「あら、どうして?」


 一晩中、うんざりするほど繰り返した問答に、お母様が静かに入ってくる。


「どうして、と言われましても……。私は聖女じゃありませんし」

「いいじゃない、聖女でなくとも。神獣様がここまで仰って下さっているのだし」

「ですが……」

「何を躊躇っているのかわからないけど、いいじゃないか! 私はリーエが、……あの聖女ではなく、私のリーエが! 神獣様に選ばれるのは当然だと思うぞ!」

「アルト兄様まで……」


 お母様の言葉に、アルト兄様までもが拳を握り熱弁してくる。沈黙したままのウォルター兄様もが、うんうんと首がもげそうな程力強く頷いていた。


「……失礼ながら、お嬢様! 私も、お嬢様が神獣様に選ばれるのは当然のことかと思います!」

「マーサまでそんなこと言って……!」


 私の背後に控えるマーサまでもが、ローエンマイン様を援護してくる。

(ああもう、この人たち相手じゃまともな話ができないわ……!)

 周りからの期待に満ちた眼差しに、私はついに頭を抱えてしまった。

 皆、神獣と私が契約を交わすということがどういうことか、わかってない。聖女のアリサがいるというのに、ただの、いち貴族令嬢の私が、神獣様と契約を交わしなんてしたら、国中大騒ぎになってしまうだろう。

 なぜ聖女のための神獣が、ただの貴族令嬢と契約したのか、とか。

 なんなら、ユロメア家が勝手に神獣を誘拐しただとか理由をつけられて、王家から断罪される可能性だってあるのに――!


「皆、俺に賛同してくれているぞ、ジュリエッタ。ほら、諦めて俺と契約を――」

「待って下さい、ローエンマイン様! これは、そんな簡単な問題じゃないんです……!せめて、お父様にも相談を……!」


 普段から私のことを甘やかすことしか考えていない彼らではなく、立派に王の補佐官を務めているお父様なら、まだ現実的に考えてくれるのでは、と思った発言だった。

 お父様は普段から王宮に寝泊まりしているから、昨日屋敷に来てくれたときもとんぼ返りだったし、きっとお忙しいだろう。まずは手紙で事情を説明して、都合をつけて屋敷に来てもらおう。

 ……と、自分の考えを発言しようとした、その時。

 ばたばたと突然、部屋の外が騒がしくなったかと思ったら――。


「リーエ!ジュリエッタはどこだ!」

「……お父様?!」


 ばん、と勢いよく開かれた談話室の扉から、王宮にいるはずのお父様が、青い顔で飛び込んできたのだった。





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