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22.


 白い紳士――改め、白い夜会服のレイに連れられて、庭園の隅にあるベンチへと場所を移した。


「さあ、座って」

「ありがとう」


 丁寧なエスコートでベンチに腰掛けると、大きく溜め息が漏れた。今更になって震え出しそうになる膝に、力を込める。

 小さく身震いした肩に、ふわりと、レイの上着が掛けられた。


「驚いたよね。無理もない」


(確かに、突然殺されかけるなんて驚いたけど……)


 有り難く上着の前をかき合わせながら、じろりとレイへ視線を向ける。


「それより私は、貴方がここにいることが気になってるんだけど。今夜は随分と立派な恰好ね?」

「う……」

「訳ありの神官様なのかと思っていたけど……王子殿下の誕生日パーティーに参加できるなんて、何者なのかしら?」

「いやあ……その、なんていうか。僕は……貴族の出身でさ。今夜は、どうしても出なくちゃいけなくなって……」

「へぇ。そうだったのね。それで?私が襲われているところを見掛けて、助けに入ってくれたとか?」

「そ、そうそう!庭園を歩いてたら、たまたま見掛けて」


 なんとも苦しい言い訳に聞こえるが、彼にも事情があるのかもしれない。

 こんな仮面で顔まで隠して……。

 手に持ったままだった滑らかなそれを指の腹で撫でて、ふうと息を吐き出した。


「……わかったわ。そういうことにしておいてあげる」

「ありがとうジュリエッタ嬢」


 あからさまにほっとしたレイの顔を見て、苦笑してしまった。


「さっきは、助けてくれてありがとう。貴方とあの……さっきの人が来てくれなかったら、危なかったわ」

「本当にね。僕が見つけなかったら、どうなっていたことか……。どうしてひとりで庭園になんていたんだい?神獣殿は?」

「それは……」


 寄り添うロロとアリサの姿を思い出して、今度は私の方が言い淀む番だった。俯くと、レイが目元を険しくする。


「あの神獣殿が、そう簡単に君の傍を離れることなんてないと思うけど。……もしかして、聖女が何かしてきた?」

「……ロロと、一曲踊りたいと言われて。ロロが了承したのよ」


 ぽつぽつと説明するうちに、言葉には、もやもやとした気持ちが滲んでしまう。


「皆の前で泣かれてしまって。ロロは、私が悪く言われないようにって、仕方なく離れたの。ロロは悪くないのよ。私は……行かないで、欲しかったけど」


(ああ、私恰好悪い)


 口を噤んで、膝の上で握りしめた拳へ視線を落とした。

 ひとりでふらふらと庭園を歩いて、危うく殺されそうになった挙げ句、レイに助けられて。

 かと思えば、自分の無力さを愚痴ったりして。本当に、恰好悪い。


「ごめんなさい、こんな話をして。ひとりきりで居たのも、考えなしだったわ。すぐにホールにもど――」

「――ジュリエッタ嬢」


 立ち上がり掛けた私の手を、レイが掴んだ。


「君が謝る必要なんてないよ。話したいことがあるならいつでも聞く。弱音でもなんでも、喜んで聞くから」

「レイ……」

「さあ、ホールに戻るんだろう?なら、僕がエスコートするよ」


 何でもないことのように言うと、レイはベンチから立ち上がる。


「レイが?貴方、目立ちたくなくて、こんな仮面を被っていたんじゃないの?私と歩いていたら、目立ってしまうかも……」


 ロロとアリサの一件を知らなかったことといい、こんな仮面をしていることといい。恐らくレイは、人目を避けていたのだろう。

 ならば、私のように悪目立ちする人と一緒に歩くのは、彼にとってあまり良くないのでは……。


「そうかもしれないね。でも、いいんだ。僕が君を送りたい」


 私の手から仮面を拾い上げ、レイは、にやっと悪戯っぽく笑んだ。


「さあお手をどうぞ、ユロメア公爵令嬢殿。今宵このひととき、この僕にエスコートをさせてください」




 レイに手を取られ会場へと戻ると、入り口で焦った様子のウォルターと顔を合わせた。


「リーエ……!よかった、無事だったのか」

「ウォルター兄様?どうなさったの、その汗」

「お前を探していた。姿が見えなくなったから……」


 どうやら、私がウォルター兄様を見つけられなかったのと同じように、兄様も私を見失って焦っていたらしい。


「会場は、神獣殿とあの聖女ばかり注目されているし、お前はいないしで、アルトも心配していたんだぞ」

「ごめんなさい、何も言わずに出て行って。私も兄様を探したんだけど、見つけられなくて……庭に降りていたの」


 ウォルターが更に何かを言い掛けるが、すっと1歩、レイが前に進み出た。


「あまり怒らないであげてください、悪いのは、彼女ではありませんから」

「……リーエ、こちらは?」


 ウォルターは、警戒心をむき出しにしてじろりとレイを睨む。レイは、自分に向けられた視線も涼しく受け流し、優雅に笑んでいた。


「失礼。名乗るほどのものではありません。妹君の友人です」

「そ、そうなの!私の友人よ!」

「先ほど、妹君は暗殺者に狙われました。……彼女は立場もある人間ですから、どうぞ気を付けてあげてください」

「な……暗殺者だと?!」


 その一言に取り乱したウォルターに、がっちりと両肩を掴まれる。


「大丈夫なのか?!怪我は!一体誰が……!」

「兄様落ち着いて!私は大丈夫よ、助けてもらったから……」

「犯人はこちらで確保しました。わかったことはすべて、後ほどユロメア公爵様へ報告します」


 レイの丁寧な言葉に姿勢を正すと、ウォルターは騎士の礼をとった。


「大切な妹を守っていただいて、感謝する」

「いえいえ。僕にとっても彼女は、大切な友人ですから」


 するりと腕を解くと、レイは私の手を取り、甲に挨拶のキスを落とした。


「兄君とも会えたし、もう安全だろう。僕はここで失礼するね。また会えるのを楽しみにしてる」

「あ……っ、ありがとう!また!」


 ひらりと手を振ったレイは、颯爽と白いマントを翻し、招待客の中に紛れていってしまった。



 ジュリエッタと別れ、招待客の少ない廊下まで来ると、どこからともなく神殿騎士が現れた。


「指示通り、遺体は処理させたっス」

「どこの者だった?」

「ローブの下、バリバリ王城騎士の制服でしたよ。似合わない、花の香りのハンカチなんて胸元にいれてました。恐らく、聖女の指示だと思うっス」


 いつも通りの、のんびり朗らかな口調に苦々しさを滲ませる部下。レイはそうか、と静かに息を吐き出した。


「今回は間に合ったからよかったが……。あの女、また狙うだろうな」

「間違いなくそうだと思うッス。あんなに優しいジュリエッタ様を狙うだなんて、俺、許せそうにありません」

「同感だ」


 廊下の先から近づいてくる人の声に、レイとパーシーは近くにあったバルコニーへと滑り込んだ。

 手すりに肘をつき、輝く夜空を見上げていると、そわそわとパーシーが背後を気にしている。


「どうした?」

「どうしたって……ジュリエッタ様ッスよ。あの聖女がいる会場に戻ったんスよね?」

「ああ」

「レイ様は気にならないんスか?!他の馬鹿貴族たちはジュリエッタ様のこと悪く言うし、あの聖女は神獣様を捕まえて好き勝手してるし……。ジュリエッタ様が傷つきます!」


 パーシーが心からジュリエッタを心配していることはとても伝わってきたのだが……堪えきれずレイは、ふっと小さく吹き出してしまう。

 それを見たパーシーは、じろり、と己が主人を睨み付けた。


「俺は真剣に心配してるんスよ!何笑ってるんですか!」

「大丈夫。ジュリエッタ嬢なら、心配はいらないよ」

「なんでそんなこと、言い切れるんですか!」

「だって……」


 彼女は、そんなことで傷つき泣き崩れるような、か弱い令嬢ではないから。

 そう胸の内だけで答えて、レイはくすりと小さく笑みを零した。パーシーが何を考えているのか教えろ、と騒ぐが、何となく、秘密にしておくことにする。


「――君はもうすでに、悪女と噂されているんだろう?だったら、それを利用してしまえばいい。彼女が聖女であることを武器にするなら、君は神獣使いであることと、悪女であることを武器にすればいいんじゃないかな?」


 庭園を出る前、そう提案した自分に、彼女は大きく目を見開いて、ぱっと花が咲くように、艶やかな笑顔になった。


 彼女なら、きっと大丈夫。

 美しく着飾ったジュリエッタの姿を思い返し、いつも素直な彼女の、悪女ぶる様も是非見てみたい、なんて思ってしまう自分がいる。

 再びこみ上げてくる愉快な感情に、口元が緩むレイだった。



 

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