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18.

「おい……聞いたか?あの噂」

「神獣使い様の話でしょう?聞いた聞いた」

「私も聞いたわ!目の見えない孤児を哀れんで、神獣に命じて癒やしたってやつでしょ?ちゃんと目が見えるようになったって!」

「孤児にまで慈悲をかけるなんて、なんてお優しいんでしょう!」


(馬鹿馬鹿しい!!!)

王宮の廊下の隅で、集まった使用人達がぺちゃくちゃと『また』あの話をしている。

(部屋の外を歩くだけで、みんなしてあの話ばっかり……!ほんと、ばっかじゃないの?!)

苛立ちが抑えられないまま、足早に廊下を通り過ぎた私は、思い切り自室の扉を閉めてやった。

ばん!!と扉が大きな音を立てる。行儀が悪いのはわかっているが、今は何より、いらいらして仕方がなかった。

(どうせ聖女の私に、もの申してくるような人もいないし――)


「……いや、ひとりいたわね」


先ほどの噂話にもなっていた、ある令嬢のことを思い出して、さらに気分が悪くなる。

(……ジュリエッタ、あの女……!)

そうだ、あの女ならば、また私の礼儀がなっていないだのなんだのと、もの申してくるだろう。

――私のモノになるはずだった神獣をつかって、孤児の目を治した?

だからなんだって言うのよ!

怒りにまかせて、テーブルの上に積み上げられていた、マナーだのなんだのの本を勢いよく払いのける。

思ったより飛んだ本が壁際に飾られていた花瓶に当たって、ガシャン!と耳障りな音を立てた。

すかさず、トントンとノックの音が聞こえる。


「聖女様!大きな音が致しましたが、何かございましたか?」


いつも部屋の外にいる、護衛の声だ。


「ごめんなさい!ちょっと手が滑ってしまって……大丈夫だから放って置いて」

「左様でございますか……」


優しい声で応えれば、それきり護衛騎士は黙ったようだ。

が、あんな音を立ててしまったし、きっとすぐ、侍女がやってきて部屋を片付けるだろう。

あんな花瓶くらい、すぐに新しいものに変わる。

だって私は、聖女だから。

(そうよ。私が、私こそが聖女。物語の主人公なのに――)

どっかりと窓際の椅子に腰掛けて、ぎりりと奥歯を噛み締める。

あの女――ジュリエッタが神獣使いとして、孤児を癒やしたという話が広まって以降。

毎日のように神官たちがやってきて、私に孤児院や病院の慰問をしろ、と言ってくるようになった。

『貴女様こそが聖女なのです!神獣使いに遅れをとるわけには参りません』

『神獣使いに先を越される前にも――』

(なんなのよ。みんな揃って神獣使い、神獣使いって。あの女のことばっかりじゃない)

そんな毎日に、婚約者のヴォルグはパーティだかなんだかの準備で忙しいから、会えないとか言い出すし。

彼といちゃいちゃも出来ない、神官たちはうるさいし、外出ばかり強要されて、城にいれば礼儀作法の授業だのなんだのって――。

(みんなして何考えてるのよ!聖女なのよ!もっと大切に、ちやほやしてくれなくちゃ面白くないじゃない!)

上質な肘掛けの生地に、ぎりぎりと爪を立てる。


「あの女、絶対に許さないわ……」


口に出した途端、ずきりと一瞬の頭痛を感じた。

(何かしら?……ストレスばかりで疲れたのかも)

片付けにとやってきた侍女に、早々に風呂に入ると告げて、準備をさせる。


「体調が悪いの……。心細いから、ヴォルグ様にお会いしたいのだけど」


うるりと目を潤ませ、か弱い少女を演じれば、今夜にでもヴォルグが会いに来るだろう。

労ってくれる侍女たちの態度にほんの少し苛立ちが収まるような気がした。






「というわけで、本日からこの子も一緒に、お嬢様の身の回りのお世話をさせて頂きます」


マーサの言葉に、彼女の横で緊張している少女が、ぺこんと勢いよく頭を下げた。


「ナナリーです!まだまだ未熟ですが、どうぞよろしくお願いします!」

「ええ!歓迎するわ、よろしくお願いね」

「はい……!」


小さな身体にユロメア公爵家の使用人服を着た彼女は、目をきらきらさせて頷いた。

――ロロがナナリーの目を治してすぐ。

正体不明の神聖力とその光に、神殿中が大騒ぎになった。

パーシーに連れられ裏口から脱出した私たちは、すぐに屋敷へと帰ってきたわけなのだけど……。案の定というか、最近は落ち着いてきていた屋敷を取り囲む野次馬の群れが、速攻で復活したのだ。

再び外出困難となった私は、気軽にローエングリン神殿に行くことができなくなってしまった。

再びの屋敷籠城を強いられた私の元に、パーシーに連れられたナナリーがやってきたのは、あの日から3日後のこと。

私から事の次第を聞いたお母様とお父様が、ナナリーを是非私の侍女に!と、神殿に掛け合っていたらしい。

あっという間に1週間の研修期間を終えて、ナナリーは晴れて、私専属の侍女となったのだった。


「神獣様……その、私の夢を叶えてくださって、本当にありがとうございます!」


ナナリーが、私の隣に座るロロへと頭を下げる。

ロロは優しい眼差しで頷くと、テーブルに置かれたマカロンをつまんで、彼女の手のひらへと落とした。


「俺の大切な主人に、一人でも多くの味方をと思っただけだ。これから、リーエのために誠心誠意尽くしてくれ」

「はい……!」


ナナリーは、マカロンを宝物のように胸元に抱き締めて、きらきらと笑った。

彼女がマーサに指導されながらお茶の席の色々をこなすのを、紅茶を傾けながらぼんやりと見つめる。


「どうした?浮かない顔だな」


そんな私の様子に目ざとく気が付いたのは、ロロだった。……本当に、私のことをよく見ている。

ほんの少し肩をすくめて、私は「なんでもないわ」とケーキにフォークを添えた。

……本当は、なんでもない、こともないのだけど。わざわざ口に出すようなことではないかなと思ったのだ。

今は特に。

ちらりと視線を向けたのは、先ほどと変わらずナナリーの所だ。

そう。私は、ナナリーについて少しだけ、もやりとした悩みを抱えていた。

彼女が、ロロの神聖力によって視力を取り戻したこと。そして、彼女が望んだとおり、ユロメア家の侍女になれたこと。……これらはきっと、彼女にとってはこれ以上ない幸福なのだろう。

治ることはない、と諦めていたはずの視力が戻る。

噂が広まって、国中の騒ぎになるのは当然のことだ。

誰だって、その奇跡に縋りたくなるだろう。

世の中には、ナナリー以外にも、そういった『奇跡』を望む人々が沢山居る……のだろうと、察することは出来る。

私がほんの少しだけ、モヤモヤしてしまうのはきっと……そこにあるのだろう。


「――いくら聖女だろうと、神獣だろうと。助けを求める世界中すべての人間を救済するのは、不可能だ」


まるで私の思考を読んだかのように、ロロが突然呟いた。はっと顔を上げた私が見た彼は、とても穏やかな表情だった。


「それを可能に出来る能力を、自分が持っているとしても、その能力を世のため人のために使わなければならない義務なんてものは、存在しない。……リーエ、お前だって、あの神官から聞いただろう?第2の神獣使い、その末路がどんなものだったか」

「……ええ」


ロロからの問いかけに、私は苦い思いでそっと、視線を逸らした。


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