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1.

ご覧頂きありがとうございます。

投稿不定期となりますが、楽しんでいただけたら嬉しいです。


 晴れ渡る青空の下、咲き誇る花々に囲まれた王室主催のお茶会は、今日も今日とて馬鹿馬鹿しいものだった。

 真っ白なテーブルクロスに、色鮮やかで見た目も綺麗なお菓子たち。王室御用達の高級な紅茶もとても美味しいのに……テーブルに集まった貴族の淑女たちは、お菓子片手に笑い声を立てている【ある少女】の機嫌を取るのに、大忙しだ。

 王国では滅多に見ることのない、艶やかで真っ直ぐな黒髪に、大きく愛らしい、ぱっちりした垂れ目気味の瞳。

 大きく胸元が開いた、大胆なドレスを着て楽しそうにしているのは、先日、この王国に突然現れたという、異世界から来た聖女様だ。


「えええ、そうなんですかぁ? やだあ、マルツァーさんったら!」


 品の欠片もない言葉に、きゃははと上がる笑声――。もう、限界だった。


「……失礼、聖女様」


 音を立てずにカップを置き、少し大きな声で言う。

 するとぴたり、と周囲の会話が止み、視線が私へと集中した。

 にっこりと笑顔を意識して、目を丸くしている聖女様へと声を掛ける。


「これまで、何度も申し上げていることですが……。地位ある女性として、品のない言葉遣いをなさるのは、よくありませんわ。そのように声を上げて笑うなど、貴族の幼い子女でもしませんのよ」


 やんわりと注意をしたつもりだが、彼女は途端に大きな瞳を潤ませて、さっと俯いてしまう。すかさず、彼女の両脇に座っていた令嬢ふたりが、彼女の身を案じ、こちらを睨み付けてきた。


「ユロメア公爵令嬢、どうしてそんなことを仰いますの!」

「そうですわ! アリサ様は、まだこちらの世界に慣れていないだけです! それなのに、毎回そのようにきついお叱りをなさるなんて、あんまりですわ!」


 口々に私を批判するふたりに続いて、他の参加者もひそひそと批難を始める。


「またですの? ジュリエッタ様ったら、聖女様のことを妬んで、あんな意地悪を……」

「仕方ありませんわ。幼馴染みの第二王子殿下を、聖女様に取られてしまって……」


 声を潜めているつもりでも、ばっちりと聞こえている。

 私――ユロメア公爵家令嬢、ジュリエッタは、確かに先日まで、第二王子殿下の婚約者だった。

 しかし今現在、第二王子殿下の婚約者は、私ではなく彼女――異世界から来たという聖女アリサである。

 婚約していたとは言え、私は、ヴォルグ――第二王子、ヴォルシング・アーヴェルトのことを愛していたわけではない。

 王室の決定だと婚約破棄されたところで、私自身は、未練も何もないのだ。

 けれど周囲が自分を見る目は、【王子の婚約者という立場を突然奪われた、可哀想な令嬢】という具合だ。

 私がそんな風に噂されるのも、不名誉なレッテルが貼られるのも、仕方ないということは理解している。

 私の婚約破棄の件に関して、今一番問題なのは――新たな婚約者となった、この聖女の素行だ。

 淑女なんてほど遠い、ただの町娘のような奔放な振る舞いの数々に、周囲は困惑しつつも、咎めることもしないでいる。

 ――彼女が、国を守護し、繁栄に導いてくれるはずの聖女だから。

 このアーヴェルト王国には、過去にも何度か、異世界からの聖女が出現している。

 聖女たちは皆、この小さいが実り豊かな国を厄災から守護し、大いなる繁栄へと導いてくれた。

 ――神が愛し、我らに使わした聖なる乙女。

 聖女が現れれば、王家と神殿、そして王国民総出で、聖女を敬い崇めるべし。

 それが神殿に仕える神官たちの主張だ。

 本当ならば私も、その教えに従い、彼女をちやほやしないといけないのだろうが……。

 しかし私は、どうしても彼女の素行を見て見ぬふりができずにいた。

 彼女がヴォルグと結婚すれば、アーヴェルト王家の一員となる。王家に属する女性の礼儀作法がなっていなければ、アーヴェルト王国や、夫であるヴォルグが侮られる要因となってしまう。

 我が儘で、思い込みの激しいところがあるヴォルグだが――幼少期を多く共に過ごした、幼馴染みだ。

 彼のため、そして王国のためにも――と、聖女へ指摘を繰り返していたのだが……今や、社交界での私は、聖女に意地悪ばかりする【悪役令嬢】になっていた。

 そうして今日も始まった、聖女を持ち上げ、悪役令嬢を批難する空気。

 そこへ涙ながらに声を上げたのは、これまたいつも通り、聖女アリサだった。


「皆さん、やめてください! ジュリエッタさんを悪く言わないで!」


 両手を胸の前で組み、椅子から立ち上がった彼女は、ぐすん、としゃくりあげながら必死に訴えた。


「悪いのは、私なんですう! ジュリエッタさんは、私にそれを教えてくれてるだけなんです! だから、ね?」

「聖女様……!」

「アリサ様! なんてお優しい……!」

「そんなことありませんよお! 皆さん、いつも私に優しくしてくれて……私、ジュリエッタさんにもいつも、感謝しているんです!」

「ああ、アリサ様! なんて健気な……」


 最後まで聞かなくてもわかる。ここからの流れは、いつもと同じだろう。

 ぐすぐすと悲しむアリサを取り囲んで、令嬢たちが必死に慰める。私は捨て置かれるので、この茶番めいたお茶会がお開きになるまで、ぼうっとしていればいいだけ。

(……本当に、なんて馬鹿馬鹿しいの)

 再びカップを持ち上げて、香りの良いお茶を飲むけれど……美味しいなんて、思えない。

 ちらり、と背後に視線を向けると、隅に控える侍女のマーサが、心配そうにこちらを見ていた。

 視線だけで「心配ないわ」と返事をして、最近流行のドレスの話題へと移った淑女たちを視界に入れないよう、すっと生け垣の薔薇に目を向ける。美しく、みずみずしく咲き誇る白い薔薇は、聖女の象徴として愛されている品種のものだ。

 清純さと、神聖さを彷彿とさせる、聖女の薔薇――。

 さっきまでしゃくりあげていたというのに、もうけろっとして笑い声を上げているアリサが、この薔薇のような聖女だなんて……。本当に、世も末だわ。

 公爵令嬢だなんていう立場さえなければ、こんな無意味なお茶会には出席しないのに。

 遠い目をしながら、今はただ、一秒でも早くこの馬鹿げたお茶会が終わってくれることを、神に祈るほかなかった。




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