83 傀儡師(くぐつし)
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(1535 春 12歳)
昨年、摂津(兵庫県)にあった西宮神社が戦火で焼失した。
土佐にも分社としての西宮神社がいくつかあり、
戦火を逃れて土佐に下向してくるものもいた。
西宮神社はえびす神を祭る”えべっさん”。
えびす神は海や漁業の神であり、前世では商売の神でもある。
西宮神社には百太夫神も祀られており、これは傀儡師の神。
神社に抱えられていた傀儡師集団も流れてきた。
彼らは人形芝居の一座で、神社の札を売りながら信仰を広めていた芸能集団である。
猿楽や人形浄瑠璃や歌舞伎の源流のひとつでもあるのだろう。
土佐の浦戸城の近くにあった西宮神社の分社に専用舞台を作らせて
人形芝居を行う「戎座」の常設小屋とした。
周囲には避難してきた傀儡師の家を集めた。
民の遊興のひとつとして強い庇護を与え、
土佐国内では移動を自由とし、各神社で奉納舞もさせた。
なお傀儡女と呼ばれた女性は遊女の一種であったようだ。
遊女として働かせるつもりはないので
区別するためにも、別のエリアに色街も作った。
中村にも芸事をする集団の集落の近くに色街を作ったように
浦戸には船員や旅人の宿泊施設が並ぶエリアに色街を作ったのだった。
最低限の生活基盤があれば安心して旅回りができる。
土佐に戻れば芸事を修練する場もあれば、
残していく女や子どもが生活する環境が用意されているわけだ。
噂を聞きつけてほとんどの傀儡師が土佐に集まってきた。
この傀儡師集団の移動の荷運びや警護をさせる人員として
忍者衆を数名つけた上で、全国行脚させる一座をつくらせた。
西宮神社の再建と勧進を行うための一座だ。
土佐で修練し、複数の集団が各地を巡る組織を構築したのだ。
もちろん、情報収集や情報拡散が目的のひとつである。
取りまとめる長には全てを飲み込んだ上で諜報活動に協力させることとした。
そのかわり摂津の西宮神社の再建には京の本家を中心に寄進させ、
いくつもの公家にも名を連ねさせた。
再建活動については土佐一条は裏に徹した。
一昨年は堺や奈良にある興福寺まで戦火が及んでいた。
その多くが一向一揆と法華一揆の衝突によるものだった。
堺や興福寺への修復の支援が一段落したかと思っていたら
京の西にある摂津にも広がってきていたわけだ。
宗教対立には首をつっこみたくはないが
神社には多くの文化財が集積されている。なるべく支援しておきたい。
西宮神社
十日えびすや福男レースなどで有名
境内に祀られる百太夫神は傀儡師の神
えびす様は海・漁業の神であり、商売の神
史実では完全に再建されたのは1610年頃であった。
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