76 ●転生者三好長慶
感想、誤字報告いつもありがとうございます。
(1533 ●転生者三好長慶視点)
(時は少しさかのぼり、房基と同じ1522生まれの三好長慶の話)
気がついたらクラス全員で戦国時代に転生することになった。
クラス上位の成績だと自負していたが次々と有力武将が選択されていき、
焦り始めた頃に誰かが足利義輝を選んだ。
そうか、その選択肢は盲点だった。
歴史を知っていることでの挽回余地が大きい人物は誰だろう?
このままだと桶狭間は発生しない。
織田家にクラスメイトが偏り始めていた。
棄権者も増えた頃、やっと順番が巡ってきた。
空白地であった東北の伊達政宗は生年が1550年以降で選択できなかった。
さすがに入試に関係ない戦国武将の生年までは覚えていない。
桶狭間が1560年。本能寺で織田信長が50歳手前で死んでいたなら。
本能寺の変が1582年だから織田信長の生年は1532年前後と推測できる。
その程度の知識しかない。
ふと桶狭間前の近畿地方の勢力図を思い出す。
その時点で最も権勢を誇っていたのは三好長慶だった。
それが決め手となり三好長慶に決めた。
覚醒したのは大永2年それが西暦何年かはわからなかった。
会話できるようになって
1467年にあった応仁の乱から55年後だというので
自分の生年が1522年だとわかったのは10歳になる頃だった。
覚醒して困ったのは前世で学校で学んだ知識が役に立たないことだ。
国語、数学、歴史、物理、化学、英語、幼子では生かしようがない。
日の出とともに起き、日が沈むと寝る、
時計もない、勉強したくてもロウソクさえないのだ。
まずは字を覚えることから始めた。
紙は高級品で書物となると数えるほどしかない。
手紙を片っ端から読み取り、地面を木の枝でなぞる。
指を使って簡単な四則演算を披露すると神童だともてはやされる。
四国の山奥では学ばせることがないと判断されて
早々に堺に連れ出された。
5歳になり、木切れを振り回し始めると剣術の指南をしてくれた。
木刀だと重過ぎるし、危険なので竹刀を作ってもらった。
前世の知識が役に立たないのならば体ひとつで生きて行くしかない。
近くに他の転生者はいないはず。
今の将軍は足利義晴で私より10歳ほど上で
転生者である足利義輝はまだ生まれてもいない。
一番近くて千利休だろうが、生年など知らないし、
本名も知らない。豊臣秀吉に殺されたくらいだから
まだ生まれていないかもしれないし、頭角を表すのはまだまだ先だろう。
体と剣術を鍛えているうちに違和感を覚えた。
傷が直るのが早いのだ。それにとても力が強い。
5歳児が大人を持ち上げられるのだ。
食糧事情は決してよくはないが筋肉がしっかりついてきた。
転生前の質疑応答で「精神的肉体的に強化した」と言っていた。
もしかしたら病気や怪我に強いのかもしれない。
転生させたのにあっさり死なせたくはないだろう。
体の違和感を感じてみたら記憶についての違和感にも思い至った。
3歳で覚醒したとはいえ、体だけでなく脳も未発達なはずなのに
前世の記憶がとても鮮明なのだ。教科書の隅々まで思い出せる。
転生後も慣れない崩し字をどんどん吸収していた。
人の名前と顔もよく覚えている。
前世でこの能力を持っていたら試験は楽勝だったろう。
肉体でなく精神の強化はあまり実感しないが
タフになっているのかもしれない。
衛生状況は最悪なのだがすっかり慣れてしまった。
トイレットペーパーがなくても用をたせるようになったのだから。
10歳(1532)の時、父元長が一向一揆で殺されて家督相続してしまう。
堺から阿波に戻ったが
11歳(1533)の時、叔父康長が奔走し、
一向一揆と細川晴元との和睦が成立。
当主である私が斡旋したことになり、正式に元服して
千熊丸から孫次郎利長と名乗ることになった。
淡路島を越えて、摂津越水城を奪還。父元長が拠点としていた城で
阿波から畿内に進む上で重要な拠点だった。
12歳だというのに戦いの日々が始まった。細川晴元と戦い、
父の仇である三好政長とも戦うが、相手は遥かに強大で
いろいろと足りなさ過ぎた。
叔父康長があちこちに根回しをして、細川晴元の元で
捲土重来を期することなる。戦国時代は混沌とし過ぎている。
俺の明日はどっちだ!
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