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戦国クラス転生  作者: 月本 一
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65 風林火山

感想、誤字報告いつもありがとうございます。

(1533 冬 11歳)

婚儀を終えて客人がそれぞれの土地に帰っていった。


婚礼を終えるとすぐに本山氏の朝倉城に進軍した。

中村からは騎馬を中心とした馬廻衆が移動。

小荷駄衆と足軽衆とは海路で

大平氏の外港であった宇佐港に物資とともに上陸。

大平氏の蓮池城、吉良氏の吉良城をそれぞれ改築し、

足軽衆を各500名が既に配備済みだった。

冬場で水量が少ない仁淀川の川底をさらって

堤を整備させていた。その足軽衆たちと合流。


旗印は「風林火山」とした。

本来の風林火山は4文字表記ではない。

元の「疾如風、徐如林、侵掠如火、不動如山」を略した。

私が転生者であると他の転生者向けのアピールでもある。

包囲する前に使者を出し、降伏しないならば

女子供を事前に逃がすように勧告しておく。

本山氏の本来の所領はもっと北にあり、

朝倉城は土佐中央部に進出するために新たに築かれた城なのだ。

撤退して本領に引いてもらう余地を残す。

ここで一気に潰すつもりはない。

お互いに緒戦で損耗は避けたいだろう。


籠城した朝倉城を2000の兵で包囲した。

後方には後詰として1000の直属の小荷駄衆が控えている。

古式ゆかしく戦前のやり取りが行われるのを見ていた。

私にとってこれが初陣であり、この時代の戦の様式は

知らないので、付き従ってきた家臣団に丸投げした。


先日面談して戦場に出たがっていた家臣たちは

前線には配置せず、後方で見物させていた。

これから先の戦の一端を見学してもらうためだ。


日中は互いに被害らしい被害もなく日が暮れる。

ここから先は詭道。不正行為を押し通す。

夜間に迫撃砲で花火玉を打ち込む。

命中精度も威力もそれほどではない、

当たったところが延焼する程度の攻撃だ。

花火を目くらましにし、門や防壁に取りつき

火薬を詰めた樽を爆発させて破壊する。

携帯用ランプであるロウソクを使った「がんどう」が役に立った。


翌朝、破壊した複数個所から突入し、本丸を囲む。

本丸には火槍を打ち込み破壊し、

入口は全て爆破する。そして撤収。

麓まで兵を引き降伏勧告の使者を送った。


夜討ち、朝駆けで朝倉城は2日で落ちた。

武装解除し、炊き出しを行い食事を済ませた敵兵に

握り飯と竹水筒だけを渡して本領に帰るように命じて送り出した。

恐怖をたたきこんだので今後は足手まといにしかなるまい。


敷地藤安を城代に残し、小荷駄衆には城の修復を始めさせた。

朝倉城は近代的な城に大改築させるつもりだ。

敷地藤安は父房冬の側室の父であり、信頼も厚い。

この一帯に転封し、治めてもらうつもりでいる。

土佐最大の穀倉地帯であるが人手が足りておらず手つかずの土地も多い。


若干の兵を残し、長宗我部氏の主城である岡豊城へ進軍させる。

朝倉城が短期間で落城してしまったので岡豊城もと欲張った。

他の小さな氏族の城は無視して岡豊城を目指す。

ほとんどが山城や砦規模で、戦の時にしか使えないものも多い。

攻めづらいが住みづらいのだ。討って出てきても

軍の規模と装備が違うので十分対処できると判断した。

臣従を願ってくる氏族もいたが後回しだ。


長宗我部軍は岡豊城の麓、国分川の前に布陣していた。

こちらも対岸に陣をしいて対峙する。ほぼ同数2000対2000くらいか。

前線中央以外はろくな武器も防具ももっていない。

左右の兵の槍は穂先がなかったり、竹槍だったりだ。


翌朝、野戦前のお約束としてエールの交換みたいなやり取りが始まる。

そして互いに弓を射ち合う。通常、ここから足軽が渡河して

激突するわけだが静観したまま動かさない。

その日一日は何もさせずに風読みだけさせて終わる。

後方では小荷駄衆に近くの丘から木を切り出させて

渡河用の筏や盾の準備をさせ、川の手前では警戒しながら浅瀬を探らせる。


陣をしいて2日目の朝、暗いうちから陣太鼓にあわせて火矢を飛ばす。

どこかを燃やすためというよりも対岸の照明がわりだ。

筏をわたしながら渡河を始める。前日の数倍の矢をはなちながら

敵弓兵を牽制し、足軽の支援を行う。


ほぼ渡河を終えた時点で全軍前進。

急ぐことなくゆっくりと近づき投槍器の射程に入ったところで

大量の竹槍が飛ぶ。更に近づいたところで投石紐による攻撃で

相手を削る。相手の戦意をくじいたところでいっせいに

駆け足で川まで戻らせる。背を見せて逃げるようにみえる相手を

追わずに待機できるほど訓練されてはいないようで、

わけもわからず反射的に全力で追手をかけてくる。

堤の上から馬がいるあたりを狙って花火を水平発射させる。

厳密に水平ではなくゆるい放物線を描いて着弾。

殺傷力はないが、音に慣れていない馬は大暴れだ。

馬に乗れるだけの兵は指揮官クラス。指揮をさせないのが目的だ。

相手の戦列が広くなったところへ騎馬隊が突撃。

足軽衆も反転して左右から襲いかかる。


陣太鼓の合図の通り、手足のように兵が動く。

数種類の合図用の旗の数と色の組み合わせで

複数の陣太鼓が同じ合図を打つ。

進軍の停止や退却は鐘の音を使った。

押す時は低い太鼓の音、引く時は高い鐘の音を徹底的に覚えさせていた。

1つの生き物のように動く集団に、見学に同行させた家臣団は

うなるだけで言葉もなかった。


この時代、騎馬兵は突撃するのではなく、移動後、馬から下りて戦う。

馬は従者が後方へ下がらせる。馬は数が少なく、高価だからだ。

だが私の馬廻衆は集団で突撃する。数百キロの塊が突き抜けていくのだ。

徒歩の兵は逃げ惑うしかない。騎馬が縦横無尽に戦場を荒らしまくる。

騎馬兵は駆け回るだけで武器は持たせなかった。

相手側に槍衾(やりぶすま)の隊形をとれる部隊はいなかった。


足軽衆には槍も刀も持たせず、小盾と棍棒を持たせ必ず2~4人で接敵させた。

槍は隊形が維持されてこその武器であり、突くのではなく、叩くための武器だ。

戦場を駆け回る装備ではない。

敵の首などいらない、戦果としての鼻や耳も評価しない。

武器を叩きおり、手足を破壊することに専念させた。

このあたり甘いと言われるだろうが、なるべくなら命を減らしたくない。

手や足がなくても生きてさえいてくれれば働く方法は考えてやれるのだ。


相手が軍隊としての形がなくなったところで

弓が防げる距離まで全体を下がらせて小休止させる。

複数人一組で警戒しながら、戦場から装備を回収し、

遺体を並べ目印の竿を立て、負傷者は回収して拘束する。

戦闘そのものは一刻もかかっていなかった。

戦の早い段階で本陣近くに花火玉が何発か着弾し、

本陣が岡豊城へ下がってしまったのだ。

総大将が引いてしまっては前線は維持できるものではなかった。

負傷者の中から身分の高そうな武士を何名か治療し、

降伏の使者として岡豊城に送り出した。


陣をはり、戦場を片づける。

前日風読みをしていた記録を元にして風上から山に火をかけた。

岡豊城のある山は高く、迫撃砲では攻めづらかった。

山頂まで燃えることはないだろうし、逃げ道は無数にある。

全体を包囲できるほどの兵はいない。

城攻めをすることになるのならばある程度焼き払ったほうが

攻めやすいと考えた。相手へのプレッシャーにもなる。

動物の糞を乾燥させたものや、鉱石粉末や硫黄などを使って

色とりどりな煙を発生させる。中には有毒なガスが発生する

ものもあるので、風向きには十分に注意を払わせる。

できれば早めに降伏してもらいたいものだ。

面白いと思った方、

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― 新着の感想 ―
[一言] 何故か騎兵は馬から降りて戦うという珍説がこの十年くらい流行っています。が軍馬という非常に高価な乗り物(現代でいうと高価な自動車に相当)乗り捨てでもしたのか従者に預けたのか自分で手綱を持って戦…
[良い点] 初陣で技と質を見せつけられるとか、敵味方含めてひっくり返っただろうなあw 一般兵からは「若様すげえええ!」でいいけど、上からみたらどれほど異端なんだろ… そして一番驚くのは情報を探ってる…
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