59 花火開発
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(1533 秋 11歳)
3歳で覚醒し8年。やっと火薬の自家精製にこぎつけた。
肥料生産として糞尿の収集・集積を表向きな理由として
始めてから5年ほどでやっと硝石が作れるようになったのだ。
安定生産のための手法を確立させるために更に数年。
原料の一つである硫黄は大友との取引が中心。
硝石は日明貿易が盛んな大内と堺との取引で入手している。
硝石を購入しているのは自家生産を秘匿するためと
自家生産している硝石と比較するためだった。
火縄銃の製作は銃器の知識がないので着手していない。
なお、種子島はまだ伝来していない。
史実通りなら1543年のはずだ。
火薬そのものや、その調合方法、
ロケット花火のように槍先に爆発物をつけた形状の火槍、
炮烙玉といわれている手投げ弾などは既に伝来している。
そこで打ち上げ花火のように筒に火薬と花火玉を入れる方式の
迫撃砲の開発を行っている。
これらは既に中国では300年ほど前から使われているものだ。
火槍のような物は応仁の乱の頃は使われたことがあったらしい。
威力と効果が限定的で使われなくなったらしい。
寺社勧進(誘致)で宮大工だけでなく鋳物師も中村には来ている。
鐘を作る技術者に青銅製の筒を作らせて
まず花火の打ち上げを目指すことにした。
事故が怖いので筒は地中に埋めて耐久性を確かめつつ改良させた。
婚儀の夜に盛大な花火を打ち上げるために試射を繰り返させた。
試射は忍者衆たちの里で行っている。
甲賀忍者は元々薬にも詳しい集団で
火薬の調合を早い段階で習熟していった。
ゆくゆくは世界的な花火師集団になるかもしれない。
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