51 津野国高の帰還
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(1532 夏 9歳)
津野国高と中平元忠が平伏している。
まぁ、送り出したのは私だが
報告するならば祖父であり当主である房家だろうに。
『長旅ご苦労様でした、いい顔になって帰ってきましたな。いろいろふっきれましたか?』
「恥ずかしながら、自分の小ささを知る旅でありました。
津野の民を庇護していただきありがとうございました。」
『津野の民も希望者は津野に戻すつもりです。以前住んでいた土地は与えられませぬが
これから本人たちが新しく開拓していく土地ならばその限りではないですからな。
津野の足軽たちも頑張っています。敵と戦うのだけでなく河川を整備することもまた
戦いだと、野分や暴れ川との戦いだとわかってくれています。』
「わたしどもはこれから何をすればよいのでしょう?」
『お二人のこれからは当主である御所様にお聞きください。』
「その御所から津野のことは房基様にまかせてあると言われましたので」
あのじじい、また丸投げしやがって・・・
『新しい米作りを覚えていただきます。幡多郡もまだまだですし、
高岡郡を豊かにすることこそ津野殿の仕事でしょう。
中平殿には梼原の地をまかせようと考えていますがいかがですか。』
「津野はもう一条様の土地でございます。房基様は人たらしでございます。
私どもは房基様のお側で房基様のために働きたいのです。」
『・・・文官が足りませぬ。皆、戦ばかりで頭の中まで筋肉です。
小荷駄衆の重要さ、兵糧の調達、管理の大切さを知る人材が欲しい。
千の兵でなく万の兵、十万の兵を動かせる手伝いをしていただけませんか?
いや、いきなりは無理です。それを学び、いっしょに考える役目を目指していただけませんか?』
「「よろしくお願いいたします」」
(よしっ!、現場を知る文官候補ゲットだぜ!)
津野国高の帰還と同じくして
京一条家に頼んでいた養蚕に関わる座の商家からも人がやってきた。
堺に頼んでいた鎧兜の職人や鍛冶師など
武具防具のメンテナンスをしてくれる職人たちもやってきた。
危険で貧しい畿内からまだまだ技術者の流出は止まらないようだ。
『エッセイ「戦国クラス転生」あれこれ』更新しました。
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