48 冬支度
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(1531 冬 9歳)
津野からの農民と足軽の大量受け入れで
中村周辺は空前の建設ラッシュに沸いていた。
炊事洗濯のための水利さえよければ日当たりの悪い
山裾の北斜面など耕作が不向きな土地に長屋を立てていく。
食事は共同炊事で炊き出しのようにしたセルフ式だ。
面識のないものが隣同士になることも多く
5人組のような組織をつくりお互いに支え合わせる。
冬を迎える前にすることは山積みだ。
長時間燃える燃料として炭団をつくらせた。
これは炭や竹炭のかけらや粉末を海藻などをつなぎとして
固めて乾燥させたもの。訳アリ品の再生利用品のようなものだ。
粗悪品ではあるが当座をしのげば売り物になるレベルの物を作らせるつもりだ。
これを使う木枠の火鉢も作るし、炭こたつも作らせた。
一酸化炭素中毒の注意は徹底させる。
火消し用に長屋の両端には水桶を積み上げたし、
各部屋には火消し用に砂を詰め込んだ桶も設置させた。
人口密集エリアは火の用心。当番制で見回りも徹底させる。
津野からの農民を受け入れたので非力な人手が増えた。
ハゼノキを使ったロウソクの生産が始まっており、
これを使った提灯の製作も進行させる。製品としてはまだ
実用の一歩手前くらいだったが商品化を急いだ。
手先が器用なものを選んで傘つくりにも着手。
ノウハウを積み重ねていく。大量の紙と竹が必要になる。
紙の原料となるミツマタやコウゾを増やすためにも植林活動を
進めていく必要がある。この時代、木は取り放題で
植林する感覚が乏しいのだ。建築用の木材の植林まで
手を広げられないが、近隣の山々には柿や栗、柑橘類など
山で自生しているものを移したり、接ぎ木したりで
果樹エリアをつくっていきたい。
今は商品化するためにも紙やロウソクの原料が優先だ。
板の間に寝るのが普通であった時代で
ほとんどが藁や着ていた服を体にかけて寝ていた。
布もたくさん必要になってくる。
青苧や麻を使った布づくりに力を入れ始めていたが
蚕を使った養蚕はノウハウがない。京本家か堺から
指導してもらえる技術者を探してもらっている段階だ。
とりあえず山の中で桑の木を探して保護育成してもらっている。
綿花は大内から送ってもらった種や苗の中にあったので
試験的に栽培中。紡績関連には優先的に力を入れていきたい。
衣食住の「衣」が弱すぎるのだ。土佐は比較的温暖だけれど
本州はずいぶんと寒いらしい。
衣料品はどれも高級品なのだ。座との競合に気をつければ
逆にそこに商機があるとみているんだが、
産業革命前は繊維業は人手がいる産業なんだよな。
とにかく戦なんてやってる場合じゃない。
戦なんて人と物資の浪費以外のなにものでもないのだ。
津野平定するのは何年か早すぎたと後悔する冬になった。
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