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戦国クラス転生  作者: 月本 一
37/284

37 三条西実隆

感想、誤字報告いつもありがとうございます。


連載開始から1ヶ月経ちました。

いつもアクセスありがとうございます。

これは本日2本目の投稿です。活動報告も更新しました。

(1531 1月 8歳)

数名の供と一緒に京へ急ぐ。

先行していた父母には京で無事合流できた。

京は想定以上に荒廃していた。

まずは一条本家に訪問し、挨拶をする。

本家当主である叔父房通は父房冬の11歳下の弟でまだ21歳。

官位ではすでに父より上、昨年息子が生まれていた。

叔父房通は土佐中村にいたこともあって、

父とは昔の話を懐かしそうに話していた。

ここ数年、土佐一条からの経済支援は右肩上がりで

とても感謝されていたし、京でも最上級の待遇だった。

菩提寺である東福寺への寄進を無心されていた。

あわせて奈良興福寺への寄進も行うことになった。


父房冬は宮中に挨拶にあがったが、

私は宮中にあがることなく叔父房通に連れられて

一条家の傘下である公家や他の摂関家への挨拶まわりですんだ。


母の父である伏見宮邦高親王は出家しており、

母の兄である伏見宮貞敦親王に拝謁し、伏見家にて

祖父と伯父に会うことができた。

こちらも土佐一条からの経済支援が厚く、屋敷は修繕中だった。

母は祖父が出家している寺社への寄進も無心されていた。

一条本家では特産品や扇風機などの開発の元凶であることは

バレていたので、なるべく秘匿するようお願いしていたが、

母方の家ではおとなしい童子のフリをしておいた。


父は旧知の家々や寺社を巡り、弟大内晴持のいる周防へ

瀬戸内ルートで旅立った。周防経由で中村へ戻る予定だ。

何故か、叔父房通もいっしょのルートで土佐へ下向することになった。

どうやら祖父房家に直接いろいろと話がしたいらしい。


母は私といっしょに太平洋ルートで一足早く中村へ戻ることに。

出発する前に三条西実隆卿を訪問することに。

三条西実隆卿は当代随一の文化人といえる人物である。


土佐中村にいたころから祖父や父を通じて手紙を送っており、

挟返碁や小将棋の新しい遊び方としての本将棋ルールの解説などを

書いて送っていた間柄であった。

小将棋は前世の本将棋と違って、取った駒の再使用ができない

ルールで、王将の前にもう1つ駒がある形の将棋。

本将棋のルールに変えることで、戦略の幅が格段にあがり、

とても奥深い勝負になると大絶賛してくれていた。

ただ挟返碁にドはまりしたようで京にきたら対戦したいと

言ってくれていた。


「よく来てくれた。」

確かすでに70を超えた歳のはずだが、

好々爺とした元気な老人が出迎えてくれた。

薬学にも精通しており、健康にも気を付けているのだろう。


『初めまして、一条房冬の子、房基でございます。

 この度はお会いできて恐悦至極にござ・・』

「堅苦しい挨拶はなくてよい。わしを曾祖父と思い、

気楽に話せばよい。早速だが挟返碁を一局打とうではないか。」


ニコニコと招き入れると自前で作らせたのだろうか、

とても洗練された挟返碁の道具を出してきた。


『これは素敵な碁盤ですね。さすが実隆様。

 置き碁は2つでよろしいですか?』


「置き碁?」


『実隆様が黒手番として、隅に黒を置いた状態で始めることです。

 実力差によって、1つから4つまで隅に黒を置きます。』


「手合割のことか、その方のほうが実力が上とは限らぬ。

 最初は平手で打とう、わしが勝てば、その方こそ置き碁をしてよいぞ。」


負けん気全開で怒り出したので、仕方なく最初は平手で始めた。

結果は・・・完封(全面に石が置かれる前に打つ手がなくなった状態)。


「・・・・何故じゃ、何故負けた・・・」


『隅を取ることにこだわり過ぎたのです。

 これにも定石があり、戦略があります。

 覚えるのに一刻、極めるのに一生、それが挟返碁です。

 土佐では挟返碁が盛んです。将棋や囲碁と同じで

 切磋琢磨する対戦相手がいてこそ強くなれるのです。』


「なるほど今日はいろいろと教えて欲しいぞ。」


『こちらこそ、いろいろとお願いがあって参りました。』


「まずはわしに定石を教えてくれ。それからだ!」


かわいらしい爺さんだ。だがここで時間をかけるわけにもいかない。


『たぶんこうなるだろうと思って、秘伝書を作ってきました。』


そう言って、冊子を取り出すと急いで奪い取って

貪るように読み始めた。


「なになに、兎定石、虎定石、牛定石、鼠定石、とな。

 ふむふむ、おもしろいのう、おもしろいのう。」


『実隆様、お願いがございます。』


「これは失礼した。年を取るとせっかちになってしまう。

 申し訳ない。その方にはいろいろお世話になっておる。

 わしにできることなら何でもこたえてやろう。」


『ありがとうございます。土佐中村には曾祖父である一条兼良

 の書物がいくらか残っております。京の一条本家は戦災で

 多くの書物が焼失しております。実隆様の元に写本がいくつか

 残っているようであれば人を送りますので

 写させていただけないでしょうか?、できれば

 実隆様の書かれた書物も写させていただきたいのです。

 今の京ではいつ戦火にあうかもしれません。

 土佐に写しを残し後世まで伝えたいのです。』


「兼良公には私も教えていただいたこともある。

 公家だけでなく、将軍や武家の方々にも教えていらした方だ。

 書かれた本も素晴らしいものばかりで、いくつかは写しがある。

 御恩に報いるためにも喜んで協力させてもらおう。

 わが家には紀貫之の土左日記の写しもある。これも写しを作ろう。

 協力してくれそうな家にも紹介状を書こう。

 だが、これではその方への礼にはならぬ、何か欲しいものはないか。」


『堺の商家に茶の湯に光る才をもつものがいました(利休のこと)

できますれば、実隆様のお弟子様のどなたかに

 紹介していただけないでしょうか?。』


「堺の商家か・・・武野紹鴎という弟子がちょうどよかろう。

 先方の名はなんという?」


『ととやの田中与兵衛の息子、与四郎と申します。

 後ほど、屋号と名前を書きつけてお渡しいたします。

 よろしくお願いします。』


「わかった。これもまた自分のためでなく他人のための願いだ。

 欲がないのう。」


『では不躾ながら、小将棋の駒に字を書いていただけないでしょうか?』


「うれしいことをいうてくれるのう。喜んで書かせてもらおう。

 そういえば、本将棋というのは面白い発想じゃった。

 何より、相手を殺さず生かして使うというのがよい。

 こちらも挟返碁同様、一手指南してくれぬか。」


そういうと今度は将棋をすることになった。

将棋の駒は最高級のものを魚屋(ととや)に用意させて

出来上がったら土佐中村に送ってもらうことにする。

駒の大きさにあわせて将棋盤も作らせよう。

きっと後の重要文化財になるだろう。

三条西実隆:1537没、当代一流の文化人、一条兼良(初代土佐一条教房の父)

とともに和歌や古典に精通、実隆公記など著書多数

三条西家にあったという土左日記(土佐日記のこと)の写しは失伝された書。


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