32 芸事と色街と
感想、誤字報告いつもありがとうございます。
(1529 夏 7歳)
土佐一条家内でそれなりのポジションというか
存在価値を認められ、所領も持ち、部下を持てたので
しばらくは個人的な地力を蓄える方向へシフトすることにする。
住んでいる御所から
馬廻衆や小荷駄衆が拠点にしている牧場や
足軽衆が住む長屋団地には頻繁には足が運べない。
普段は御所にて書道、華道、香道、和歌、雅楽楽器、蹴鞠
といった習い事の日々。一番力を入れているのは書。
文字が読みづらい、書きづらいのだけれど
幼いうちに書いて、書いて、書いて、馴染ませていくしかない。
勉強の一環として、蔵書を開き、内容を周囲に確認しながら
書き写す作業を繰り返している。
また祖父や父を通して各地へ手紙を書かせてもらう。
本家当主の叔父房通、弟の養父の大内義隆やその姉である梅の方、
養父になる予定の大友義鑑、祖父房家の勧めで三条西実隆様など
あちらこちらに文通相手をつくっている。
転生者のほとんどが本州に生を受けるので
最初は手紙でコンタクトを取ることになると思っているから
ネットワークづくりは大切だ。
蹴鞠はなかなか難しい。
見た目以上にハードで、体幹を鍛える必要がありそうだ。
楽器は体も手も小さいけれど、小さな横笛をつくってもらい
習い事の合間に「君が代」を吹きながら譜面をおこしている。
これも機会があれば他の転生者に気づいてもらう一つになるだろう。
避難民の中には芸能に携わっていた者も多くいた。
移住するのではなく、いつかは京へ帰りたいと願っている者たち。
鼓や太鼓、笛や琵琶などの楽器製作ができないものか模索中。
芸能の研鑽に必要だろうと祖父に願って
能舞台のある建物の建設を始めた。
この時代はまだ能とは言わず、猿楽と言われていた。
生産するでもなく武力をもつでもない人々は肩身の狭い時代だ。
これから豊かになっていくなかで
文化的な生活に芸能の要素はかかせないものだし、
途切れさせずに後世に残すためにも保護に力をそそぎたい。
既に中村で生活を始めた避難民をたよりにして少しずつ増えている。
こちらに来たものが呼び寄せたりもしているようだ。
流民が増えていることもあって、芸能の避難民を保護している
近くに色街の整備をすすめている。
7歳の子供の考えることではないが
流民の中には女や子どもだっているのだ。
荒くれものの暴発防止が第一義であるが、
売買されたり、口減らしされたり、戦で父や夫を亡くしたりで
生活が困窮している者を拾い上げる意味もある。
無断立ち入り禁止のエリアとし、出入りには検問を設ける。
警備詰め所も併設し、吉原遊郭のような場所をつくるつもりだ。
のめりこまないように2日続けて通うことは禁止した。
15歳以下は下働きとし、
保健衛生の教育を徹底し、礼儀作法、芸の稽古もする。
笛・琵琶・鼓など教育してくれる人材は豊富だ。
年季があけた女性は自由の身とするが、
料理洗濯などの花嫁修業の教育もするし、
手作業などで生計が立てられるように技能支援もする。
農家や足軽衆との集団見合いなどができるかどうか思案中。
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