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戦国クラス転生  作者: 月本 一
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292 農学書と暦

感想、誤字報告いつもありがとうございます。

次回更新は03/15(日)

(1579 一条房基(57))

 春に行われた行幸の後も名古屋で対応に追われた。各地の大名や公家が視察に訪れ、割り当てられた屋敷の確認と引越し準備を行っていた。手紙のやり取りで繋がっていたこともあり、彼らとの面会の予約で名古屋から離れられなくなっていた。


 各屋敷の多くは母屋と離れが出来ている程度で、庭などは未完成。最初に管理助手を斡旋する。食材の取引先、汲み取り(し尿処理)や屑屋など廃品回収業者の連絡先、交番や消防番など街の仕組みの案内などの説明係も兼ねている。管理助手は元々は入居前の屋敷に住み込んでおり、屋敷内の清掃や臨時宿泊所の運営に携わっていた。庭先を家庭菜園化して臨時収入を得ている者もいた。ほとんどが引退した忍者衆の夫婦であった。忍者衆としての務めは無く、諜報活動は出入りの商人や庭師が行う仕組みの構築中であった。


 幕府から再三の上洛要請を受けて、京に入ったのは秋になっての事で、待ち構えていたのは転生者集団であった。ひとしきり挨拶を交わした後、用件を切り出してきたのは将軍織田信長であった。


「医学校だけでなく農学校も名古屋に設立して欲しい。西国同盟で栽培を始めている甘藷(かんしょ)(さつまいも)と馬鈴薯(ばれいしょ)(じゃがいも)を東日本にも広めたい」

 大友と島津の説得には監視役の竹中半兵衛と織田長益も同道していた。名古屋では空き地や郊外を開墾して住民の食糧確保を行っていた。水田を作りにくい街中は芋類を作付けしていたのだ。入居予定者が決まっていない区画や延焼対策の空き地も開墾していた。


『・・・・広大な土地を用意してもらいたい。農地は皇室の御料地、御料牧場とするのがよいでしょう。農学校は2年制。どうせ最初の内は譜代の家臣達が優先されるでしょうから、運営費と学費は公費で賄ってください』

 内情は解っていた。織田家・一色家の重臣達の多くが国持大名になっていた。地縁血縁のない関東や九州に領地を得ている。これから先は東北も再編される。住民を慰撫して上手く統治するためにも食糧事情の改善は急務だろう。


「芋だけでなく、米作りも含めた指南書を作って欲しい。教育をしている時間も惜しい。指導者を各地に派遣できないだろうか?」


『無茶を言う。知識だけでは無理がある。南国のやり方がそのまま北で通用するはずもない。失敗から学び、考える力は書物だけでは育たない。教え、育てる事を疎かにできるものではない』

 怒りを込めて強く言い切った。


「検地や刀狩りへの抵抗が多い。具体的に改革の利点がわかる書物を公開したいと考えている。朝廷にもお伺いを立てた。理解できなくてもよいから、農学校に人を送る気にさせる形となるものが欲しい。[疱瘡対処覚書]と[衛生基本之理]も最初は地方では理解できず、実践できない書物だったはずだ(113話)。改訂を繰り返し、学生を受け入れて少しずつ広まっていったのではないか?」

 [疱瘡対処覚書]は天然痘対策、[衛生基本之理]は石鹸作りの本。40年近く前の話だ。戦を助長しかねない農学書の公開は避けてきたが、日本が統一された今がその時なのかもしれない。


『・・・・農学書を作りましょう。時間を少しください。名古屋の農学校もすぐに取り掛かりますが、それまでは随時、土佐の農学校に幕府の推薦枠で学生を受け入れましょう。・・・・農学校とは別に塩田と紙づくりの実地見学講座も受け入れます。農業と違って1年単位ではなく数週間単位で効率化が図れます。どちらも場所を選ぶ産業ですが、場所を選ぶが故に領地運営に効果が出やすいと思います』


「塩と紙ですか」


『今はまだ大量生産ができないし、人手が必要な産業ですが、生活必需品なので大名が実績を積み上げるには良いでしょう。農学書は来年中には大まかな概要版を取りまとめたいですね。・・・・詳細版を出す前に改暦に取り組んでいただきたい』


「改暦?」


『暦法を変えるのです。農業と暦は深く係わり合います。今は地方によって暦が違っています。帝の践祚にあわせて暦の統一を検討してはどうでしょう?』


「そういえば西欧ではユリウス暦がグレゴリオ暦に切り替わる頃ですね(1582年)」

 誰かが声を上げた。


『大論争になるでしょうが、1年を365日にするには良い機会です。誰かグレゴリオ暦に詳しい人はいますか?』

 数人が手を挙げた。


『理由をつけてグレゴリオ暦に合わせましょう。西暦ではなく皇暦を使えばよいと思います』


「皇暦?」


『西暦に660年を足します。西暦はキリスト生誕を、皇暦は神武天皇即位を元年として数えるやり方です』

 農学書は大学校の教材があるから編纂はしやすいだろうが、改暦は別問題だ。仕事を増やしてしまった。高智大学校では天文学と数学を学ぶ者は多い。公家の学生も多い。論争は激しくなるだろうが、実現の可能性は高いだろう。

 グレゴリオ暦は最初は数カ国だけで使われました。カトリックでないプロテスタントでは導入が遅れ、イギリスは1752年からです。ロシア正教会は今でもユリウス暦を使っています。


 グレゴリオ暦になった1582年は信長も朝廷と改暦について話し合いを行っていました。本能寺の変が起きたこともあり、日本でも暦が大混乱した年でもありました。


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