288 一条房基と大友宗麟
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(1578 一条房基(56))
大友宗麟(48)は義弟である。戸次鑑連率いる土佐の傭兵軍団の助力もあり、最盛期は豊後・豊前・筑後・筑前を領有した。土佐兵に頼ることが無くなっても、肥後・肥前・日向にも侵攻し、足利幕府からは6カ国の守護だけでなく九州探題を任命されていた。
流れが変わったのは三好長慶が亡くなった本能寺の変の後だ。足利将軍家の権威が失墜した。大友宗麟は6万の兵で肥前の龍造寺隆信を攻めるが敗れる。局地的に敗れただけであったが、得るものなく撤退することになったため、兵を駆り出されていた筑前の麻生氏、立花氏、高橋氏、秋月氏、宗像氏、筑後の蒲池氏などが蜂起し、豊前・筑前が大混乱する。豊前は鎮圧するも、筑前は群雄割拠する状態となり、筑後・肥後の国人衆の多くは龍造寺氏に寝返った。
龍造寺隆信が躍進する中、島津氏は肥後南部に侵攻、相良氏を攻めて龍造寺氏と相対する位置まで北進した。島津氏は九州の東岸にも侵攻し、日向の伊東氏に攻め込む。伊東氏は大友氏を頼って豊後に逃げ延びた。大友氏は伊東氏の領地奪還を名目に日向に兵を出した。こうした中、織田幕府から惣無事令が発布された。他の地域は織田幕府から探題職が任命されたが、九州探題は留保する旨が通達された。大友宗麟と島津義久は停戦命令に従ったが、龍造寺隆信は各地で戦を続けていた。
史実通りに九州三国鼎立状態になったことになるが、いくつか異なる点がある。大友氏に地力がなかった。日明貿易で稼げていないため経済基盤が弱かったからだ。主力であった硫黄は薩摩産と土佐産(小笠原諸島の硫黄島産)がシェアを奪っていたうえに、国内での絹生産が順調で、明からの輸入品の需要が先細りになっていた。明としても土佐で生産されている大鏡・真珠・白砂糖を求めていた。西欧貿易が盛んで、明や朝鮮との交易が中心の博多が大きくなりきれずにいたのだ。それでも毛利氏との抗争がない分、大友氏は北九州で一大勢力になっていた。次に島津氏の勢力拡大が史実よりも早かった。種子島銃の実戦投入が早く、早くから金山などの開発を行ったことにより、軍資金が豊富なことによるものと思われた。3つ目は九州征伐が始まったことだ。本来の本能寺の変は1582年。豊臣秀吉による全国統一の中で既に三つ巴でなくなった九州への島津征伐だったが、今回の九州攻めは龍造寺征伐が主目的になるだろう。
大友宗麟からの度重なる軍事的・経済的援助の依頼を受けて、私は直接豊後入りをした。
「房基公のおっしゃる条件を全て受け入れます」
大友宗麟が頭を下げる。短い期間であったが前準備が功を奏して早期に決着した。大友が飲んだ条件はおおまかに3つ。1つ、織田幕府軍を受け入れ、物資の支援を行う。2つ、大友が領有するのは豊前・豊後・日向北部のみとする。3つ、筑前・筑後・肥後の領有は放棄する。領地がほぼ半分になる大友が得たのは島津との不可侵協定の橋渡し。一条からの10門の大砲の提供。防土芸三国同盟への参加。一条からの多額の借入の帳消し。
『この後、(息子の大友)義統殿には島津との交渉に同道してもらう』
「島津は協議に応じるでしょうか?」
『利がある話だ。事前交渉の手応えは良いらしい。それに大砲も用意してあるからな』
「島津勢が驚く顔が見れないのが残念です。島津との協議がまとまれば、私は隠居して息子に家督を譲ります」
大友氏の重臣達の目の前で大砲のデモンストレーションを行った。遥か遠い距離から標的を破壊しつくしたのだ。戦い方が全く変わっていくことを示し、幕府軍に抵抗するだけ無駄だと説得した。10門の大砲は豊前と豊後の城の防備に譲渡し、大友家の兵が扱えるよう指導することを約束した。一方、豊前・豊後以外の領地は風見鶏のように裏切る国人ばかりであり、制御できないのであれば幕府に押し付け、龍造寺氏との壁とするべきだと説得した。さらに幕府に協力することで九州探題に推挙し、島津氏や龍造寺氏より格上として扱ってもらうよう助力することも約束した。筑前を手放すことで博多の港を失うが、防土芸同盟に加わることで経済活動は活発になることを保証した。また、山師を送って鉱山開発を援助し、石炭を積極的に買い入れる提案を行った。
「島津は多くの鉄砲を持っています。扱いも上手い。大砲は南蛮から購入するかもしれません。こちらと同じように条件を飲むでしょうか?」
『島津では火薬の材料である硝石が作れるようになっているが、十分ではない(256話)。弾も輸入に頼っている。大砲を買いたくても懐は火の車だから、兵に食べさせる食料もない。島津も借金が膨らむ一方なんだよ』
昨年、一昨年と不作が続いている。関東征伐が早く決着したのも兵糧不足が一因だった。関東征伐の兵站維持で今川氏はずいぶんと稼いだらしい。一条も借金を帳消しにしても損にならないほど、大友氏と島津氏を相手にずいぶんと儲けさせてもらった。九州平定が長引いて名古屋遷都に影響が出たり、大友氏や島津氏が暴走して回収できなくなるくらいなら、ここでリセットしたほうが良いと判断したのだ。
織田幕府が成立し、統一へ動き出したため、縁戚である大友氏存続のために動きます。史実では伊東氏は娘婿。
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