23 周防からのたより
感想、誤字報告いつもありがとうございます。
(1527 夏 4歳)
夏を前に土佐清水から中村へ帰ってきた。
整然と苗が育っている青々とした田んぼが増えてきた。
こちらでの新しい米作りも順調に広がっているようだ。
祖父や父への報告を終え、
母と2人で源氏物語の読み聞きする日々が戻ってきた。
そろそろ字を書く修行でも始めようかと考えていた頃
周防大内家からの返礼の使者の一群がやってきた。
弟恒持は無事周防に着き、大内義隆の養嗣子となり、
足利義晴から偏諱を賜って大内晴持と名が変わった。
美男子で利発そうな様子に向こうでも
たいそう可愛がられているそうだ。
正式に後継になったことで大内家から
大量の引き出物が届いた。祖父はウハウハだ。
当主の大内義興は
百人一首の札や手動扇風機にとても驚き、
絶賛しているそうだ。
今回、細工物を扱う職人もついてきていて
できうるならば、と、手動扇風機の製作の伝授を願ってきた。
銀を積んできたこともあり、受けることを勧めた。
現物は既にあちこちに出荷されており、
分解して複製品を作ることは難しいことではないからだ。
筋を通してくるだけ大内家は度量があるといえる。
こちらも懐の深さをみせられる、と祖父を納得させた。
この件を受ければ、逆にこちらの願いを断りづらくなる。
こちらからは周防大内家が日明貿易で使っている
大型船を作る船大工を呼び寄せて、
こちらで造船の指導をしてもらえないか願ってもらうことにする。
無理ならば、こちらから修行に何人か送って受け入れてもらおう。
土佐一条家も明との貿易は行っているが
正式な勘合を持たない私貿易レベルだし、扱う船も大きくなく、
主要ルートからははずれていることもあって、それほど利益が出ていない。
それでも自前で大型船を揃え、船乗りを訓練しておくことには意味がある。
今のうちから琉球や種子島など南方の航路をつないでおきたいからだ。
弟大内晴持の母である梅の方からは個人的にお礼の手紙があった。
まずは感謝と弟の元気な様子が書かれてあった。
そして、自分のできることならば何でも遠慮なく願って欲しい、と。
ここで頼みごとをするのは悪手だ。
梅の方が、私に直接手紙を書いたことは大内家に知られているはず。
使者に内緒でたくせるわけはない。
では何故、夫ではなく血のつながりのない4歳児宛に手紙を送ってきたのか?。
梅の方が弟といっしょに大内家に帰れたこと
手動扇風機の開発に関わったこと
4歳にして将棋や囲碁で大人に勝つ腕前があること
全てが伝わっているとみてよい。
そんな4歳児が何を望んでくるのか?
梅の方ではなく、大内家が家として返事に注目しているのかもしれない。
相手は巨大な戦国大名なのだ。
全ては弟のためであり、望むことは何もない。
どうかいつまでも弟の味方として見守って欲しい。そう返事するのが善手。
ただそれでは先方の疑念は晴れないだろう。最善手は・・・
『周防には公家や文化人も多く身を寄せていると聞いております。
土左物語を書いた紀貫之の書物があれば
書き写す為に人を送らせて欲しいです。』
字を書く練習をはじめたばかりでまだ直接返事は書けない。
もちろん当主である祖父や父の検閲も入るだろう。
商売人でも武家でもなく、公家らしい願いをしてみることにする。
何より京で散逸しつつある文献を保護する意義は大きい。
でも、これはあくまで建前。
実際は大内家の状況を探るための人を周防に置きたい。
書き写したものをこちらに送るついでに報告書も送らせる。
書き写すためとして、人、紙、筆、墨を送るついでに指示も出せる。
そのための一手。
周防大内家への返事を書くことをお願いした際に
周防大内家へ行く途中で、豊後大友家にも立ち寄っていただくよう
お願いした。
豊後大友家との婚約が決まっているので姫への手紙を届けてもらう。
豊後大友家にも大内家より1年遅れにはなるが、手動扇風機を贈る。
綺麗な絵が描かれた百人一首の札も贈る。
弟に贈ったのは文字の習熟用だったが
こちらは装飾をほどこした高級品としての札だ。
手紙については、母監修のもと
お会いできるのを楽しみにしていることを公家っぽい言い回しで書いた。
まずは文通からのおつきあいだ(相手は2歳か3歳だけど)。
面白いと思った方、ブックマーク、ポイントをお願いします




