哲人風景
「おおっ、ソクラテスが来たぞっ」
「わあいっ、ソクラテスだ!」
「ソクラテス!」
町のみんなが集まってくる。
「そだね、一つ話そうかね」
弟子を連れたソクラテスは道端に腰を下ろし、語り始める。
「世の中で、何でも知ってるって思う人ほど嫌なモノないね。お客さん」
「たしかになぁ」
「鼻持ちならねえ」
「そうかなぁ、何でも知ってるぐらいの奴から、色々教われば役に立つこともあるだろう?」
「本当に知っていれば私も教わりたいんだけどね。例えばうちの奥さん、あたしがちょっと『鍋はどこにありましたか?』って訊いたとするよね」
興味津々で、人々はどんどん集まって来る。
「そしたら、うちの山の神――いやいや、奥様はね、『ちゃんと棚に置いてあるでしょう、この穀潰しのトウヘンボク!』って、優しく教えてくれるんですけどね。実際に棚を見ると、鍋がなかったりするのね」
ソクラテスの声はけして大きくはなかったが、よく響き、人々に伝わった。
「ここで『あれ、お鍋がありませんよ、奥様』なんて事を言ってごらんなさい。普段から鬼みたいな顔した奥様ですけどね、それをもっと恐ろしくしたようなこの世のものとも思えない面構えでなじられる。それは真っ平だからね、黙って探すわけね。それで、かまどの陰に転がっているのを、こっそり見つけて『ありました、ありがとうございます』てな事を言って丸く収まる」
観客には子供も多くいた。
弟子たちも、じっと聞き入っていた。
「奥様は、一生棚に鍋がなかった事を知らずに過ごすワケなのよね。そんなこと、結構あるでしょ」
「なるほどなぁ」
「あるある」
「尻にしかれすぎだぞ!」
「いやいや、本当は、私が好き好んで尻の敷物になっているかも知れない。でもその考えもひょっとしたら、奥様に仕込まれた偽の感情かも知れない。そんな事を付き詰めて行くとね、人は物事をなーんも知らないんだなーとか、思うワケなのよね」
「頼りない話だな」
「ああ、でも一つ知っている」
「なんだい?」
「何を知ってるって?」
「何も知らないんじゃなかったのか?」
「『私は何にも知らない』って事を、知ってるんです」
弟子たちはさっと立ち上がるや。
「ドンドンドン、オチです!」
「ダッダーンダダン、オチでーす!」
「ドンドンドン、オチでーーす!」
「――いつか、師匠みたいに立派な哲学者になるんだ」
付き人のプラトンは、おひねりを拾い集めながら、目をキラキラ輝かせて師を見つめた。
読んでいただき、ありがとうございました。
最新のお笑いネタではないのは、古代ギリシアだからです(苦しい言い訳)。
メソポタミアだったら、世阿弥辺り。
何かしら面白かったと思って頂けましたら、
「いいね」や、下の☆☆☆☆☆の評価など頂けましたら幸いです。
今後ともよろしくお願い致します。