瓦礫の演説@人間サイド
「皆さんは何をしておられるのでしょうか?」
王は瓦礫を前に蹲っている人々に問いかけた。
答えは無い。
皆、虚ろな表情をしている。
外傷は殆ど無い。軽症だ。
だが、命の危機に直面している。
絶望が躙り寄り、生命力を容赦無く奪っているのだ。
泣いている者はまだ良い方で、
泣く気力も泣く、死者を模倣するかの様に気配が虚ろだ。
護衛の兵士が一歩たじろぐ。
掛ける言葉が見つからない。
見つかるわけがない。
彼らは死人だ。
全てを失い、心が死につつ有る者に掛ける言葉があるのだろうか?
「皆さん、何をしているのでしょうか?」
王が再び問いかける。
皆が沈黙する中、その言葉は低く、静かに響き渡った。
「見て分からねぇのか?」
1人男が苛立ちまじりに立ち上がる。
瓦礫を指差し、王に怒気をぶつける。
「あの下に、俺の家族が眠ってるんだ、放っておいてくれ」
「駄目です」
「何だと?」
男は完全に頭に血が昇った様子だ。
側近が王を庇う為に前に出ようとするが、王は後ろ手でそれを制した。
「貴方は命を無駄にしている。貴方は死んだ家族の分まで生きねばなりません」
「てめぇっ」
男は王に殴りかかり、拳を振り上げるが、
王は泰然と右頬を差し出す。
殴り飛ばす事で気が晴れるなら、それはそれで構わない、という風に。
男はハッとする。
自分は何をやっているのだ。
こんな事をしていて何になる?
もっと、他にやるべき事が有るんじゃないのか?
男は拳を解く。
同事に、自分が何かから開放された気がした。
「全ては私の責任です」
王は淡々と語る。
「都は安全な筈でした。魔王軍との戦いは終わった筈でした。
そして、どちらも間違っていました。結果として私は嘘をついた事になります。」
護衛の兵士が振り向くと周囲に人が集まり始めていた。
赤子を抱いた母親もいれば、頭に包帯を巻いた男もいる。
杖を失い息子に肩を支えられる老人など。
年齢も性別もバラバラだが。
共通する思いは一つ。
王の言葉を聞く為だ。
「私に、もう一度機会を与えていただきたい。
そして出来ることなら、同志として共に戦っていただきたいのです。」
「この世界は生きるに値するでしょうか?
昨日の事を思えば、答えを出すのは簡単です。
ですが、本当にそれで良いのでしょうか。
本当は違う答えをのぞんでいるのではないでしょうか?」
「我々は多くを失いました。
絶望に身を委ねることは簡単です。
俯いて時間を過ごせば、自分の心を守れます。
死に身を投げることもいいでしょう、すぐ楽になれます。
だが、それは本当に正しい行いでしょうか?
私は違うと言いたい!」
「だから、今日はお願いが有ります。
今日、一日だけ一緒に頑張りましょう。」
「この世界は生きる価値も無いかも知れません。
ですが、今日一日は私に命を預けて下さい。
私は皆さんに死んでほしくないのです。
ですから、今日一日だけでいい。私に力を貸して頂きたい!」
王の演説が終わると、集まっていた人々が歓声を上げた。
竜公女セーラによるアカンナ王都の空襲。
後に王都大空襲と呼ばれる一連の出来事は、多くの破壊をもたらしたが、
同事に奇跡ももたらした。
団結の力。
空襲が無ければ決して出会わなかっただろう人々。
出会いと協力の力。
人々は自分たちでも驚く位の力を発揮し、
信じられない程の早さで復興を始めた。
やがて、復興が終わり、元通りとなる。
だが、それは終わりを意味しなかった。
王都は復興の勢いそのままに、発展を続けた。
折れた骨が折れる前より強靭になるように。
焼かれた森が、灰を糧により大きな森へと育っていくように。