王としての器
「一旦、休憩しよう」
その言葉にシドーへ剣を下ろし、疲労からか床に倒れ込んだ。
魔王城の訓練室。
魔王の攻撃力にも耐えられるその部屋で、ビリーとシドーは剣の特訓をしている。
全盛期の勇者時代にはまだまだ及ばないが、
時折、その片鱗を見せる程度には力を戻していた。
(流石に飲み込みが早い、人類トップの戦闘力だった事はある)
「スキルメモリー」という考え方がある。
ブランクで衰えたり忘れたりしたスキルは、本人が忘れていても無意識で覚えている。
しばらく馬に乗って無くても、馬には乗れるのはスキルメモリーの効果だ。
過去のトレーニング内容を再現し、要所を押さえる事で
数年間かけて鍛えたスキルを、数ヶ月で取り戻すことが出来る。
過去の苦労は、今を裏切らないのだ。
(だが、事はそう単純じゃない)
とビリーは思う。
一度失ったスキルの回復がどれだけ大変かは、ビリーが痛感している。
頂点から転げ落ちた人間がもう一度頂点に上り詰めるのは、何よりも精神的な苦痛を伴う。
失った時間、誇りが重しとなり、登ろうとする足を絡め取るのだ。
これから登る道がどれほど厳しいかを知っており、
失った栄光がもう戻らないことを知っている。
未来と過去の間に挟まれ身動きが取れなくなるのだ。
(だが、シドーにはソレがない)
彼は愚直に今だけを見ている。
何故、それが出来るのだろうか。
「俺は頭が悪いからな」
シドーはこともなげに言う。
「先のことは分からんし、昨日の事は忘れる、
前を向いて今日を生きるだけの頭しか無い
……なぁに周りが助けてくれるから心配してないさ」
そう言って大笑いするシドーをビリーは羨ましく思った。
「アンタみたいに、生きていれば世界中の不幸は半分になるだろうな」
「それは困るな……世界が崩壊しちまう、なにせ、」
「違わねぇ」
と言って二人して笑う。
「アンタは復讐と無縁そうだな……良いことだ」
本人の口から、自らが追放された経緯を聞いている。
並の人間なら魔王の力を手に入れた途端に怒りに任せて人類を滅ぼしにかかるだろう。
だが、シドーは一向にその気配を見せない。
「復讐か」
シドーは少し真面目な表情をする。
「俺にはわからんよ……わかりたくもないね、面倒が増えるだけだ」
「面倒ね……」
確かにそうかもしれない。
復讐を遂げても得るものは何もない。
満足した、という結果だけだ。
世の中は何も変わらない。
だが、理屈では理解できても、本能がそれを許してくれないのだ。
「セーラの復讐を止められるのはアンタだけだろうな」
いっさいの疑いや迷いがなく、心を縛られない男。
相手が殺しに来ても、愛せる男。
王としての器を持つ男。
「当然だ」
シドーは立ち上がり、剣を構える。
「俺は魔王だからな」