絶望と希望のシーソーゲーム。
「じゃっ、おれはそろそろ行くよ」
おれは、パイプ椅子から勢いをつけて立ち上がる。
思ったより話しこんでしまったけれど、そろそろ戻らなければ。
「そうね、今日は久しぶりにお話が出来て楽しかったわ。ありがとう王子様」
あ、もうこれからその呼び方でいくんだな。別にいいけど。
「う、うん。多分また来るから、その時はちゃんとしたお話聞かせてくれよ?」
「え、ええ。もちろんよ! いつでも来てくれて構わない、私はこの部屋から出られないから」
「あ、そっか。じゃあ、またね」
「ええ、また」
ベッドの上に座って手を振るさやに、おれも軽く手を振り返して背を向け、ローブのフードを被りなおして外に出た。
部屋から外に広がる廊下には結社の構成員たちが昼飯からまばらに戻ってきている。
そんな穴だらけの人混みの間を、横切る瞬間を狙ってローブを脱ぎ払い自室に向かう。
「あ……そういえば」
おれは、忘れていた。さやに触れられた時、いつものおれなら近づく手を避けていたはずだ。
なのに、なぜだろう? 全くそんなこと気にならないほど自然な手つきだった。まるで、さやには元々おれに触れる権利を神から与えられているみたいに。
「まあ、不思議な人だったけど、悪い奴じゃないみたいだったからな」
その後は、自室に戻って医師の言う通り絶対安静、ベットの上から動かず残りの時間を惰眠に捧げた。
翌日、おれは朝食を済ませて座学の部屋に入り席に着く。
「おはようございます、武御雷」
「おはよう」
「今日もいい朝ですね」
「そうかな? まあ、寝起きは悪くなかったから始まりとしてはいい方かも」
というか、太陽ってヤツを写真や映像でしか見たことないから、朝という時間が来ただけで良いと言う感覚が理解できない。
「おや、あなたが僕の話題に答えてくれるなんて、何か良い事でもあったのですか?」
「失礼な言い方だなあ」
「さて、それでは今日からは前の講習でお話した魔法使いの魔法陣と詠唱の次の章、魔法陣の遠隔発動と魔道具の運用についてお教えしていきます」
「はーい、よろしくね」
ふーん。魔法って唱えて発動するだけじゃなくて、応用すれば違う戦い方とかできるんだ。
ま、おれの魔法陣は背中に刻まれてるから別の使い方とかできないけど。
ホワイトボードをマジックが滑る音と、男の声だけを聞きながらおれは想像する。
自分がもし、魔法を使えるならどんなものだろう、と。
『武御雷、昨日のメンテナンスのあと自室に戻るの遅かったみたいだけれど、何をしていたんだい?』
座学を終え、魔法体を維持しているおれに黒須が問いかけた。
ありゃありゃ、もうバレてんのか。
でもま、おれは一人しか居ないんだから自室に戻る姿がカメラに映らなかったら、不審に思われるのは当然か。
「ああ、ちょっと気になったことがあったから寄り道してたんだよ」
バレたんなら、しょうがない。別に隠す必要もないしおれは悪びれることもなく自分の悪事を晒す。
『君には侵入が許されたエリア内しか歩くなと言っているというのに、勝手は困るなあ』
「分かってるって、だから医療エリアの奥に行っただけだよ」
おれは医療エリアはメンテの時だけは、侵入を許されている。
その際、どこからどこまでと細かい距離を言われたことはないのだ。
『……何故だい? なぜ、その部屋に君は向かおうと思った?』
しかし、おれの屁理屈を読み取ったのか。黒須の怒りは思ったより本気のようだった。
「どうした黒須? そんな固い顔して、トイレなら勝手に行っていいよ。おれはここから動かないから」
『武御雷、わたしの質問に答えるんだ。どうして“そこ”に向かって彼女に会ったのか』
こりゃまた、火炙りにでもされんのかなあ。
全身火傷は訓練休めるけど、喉まで焼けると食事流動食しか食べれないし、激痛が伴うから嫌なんだよなあ。
「ただの暇つぶしだよ。メンテが早く終わったから行っただけ」
『そうか、それはよかったね』
だけど、おれの答えを聞いた黒須は、性格の悪い笑みを戻して満足気に笑う。
長いこと会話しているけれど、コイツが何を考えているのかは本当に分からない。
「おれも聞きたいんだけど、さやって何者なんだ? なんで常人と変わらないあの人が十五年もここで療養なんてされてんだよ?」
おれみたいな並外れた能力を持ってるなら、まだしも。
黒須が使えなくなった人を、十五年も親切に治療してあげるなんて、石に花咲くよりあり得ない行為だ。
『……彼女は、この結社に多大なる功績を残した功労者なんだ。だから、人生を全うする日まで延命措置をしてあげてるんだよ』
「身体、弱そうだもんな」
おれの脳内に、痩せ細って青白い顔で笑うさやの顔が浮かぶ。
それだけで、なぜか心当たりのない嫌な気持ちに襲われる。
『ハハッ、そうだね。君とは対照的にね』
何がおかしいのか。黒須は突然、笑いを堪え出す。
『そうだ! 突然だけど、頑張ってる君に最高のプレゼントを思いついたよ』
ニヤニヤとムカつく笑顔で言うその言葉には、これ以上ないほど怪しさが漂っていた。




