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唯一のイレギュラー。

この結社の全構成員が持っているローブ。まあ、おれは持ってないんだけど。


とにかく、おれはそれを纏いフードを目深にかぶって検査室を出る。


腹をすかせた構成員たちは食堂へと流れ込んだ後、廊下は無人で人影はない。


初歩的な変装だが、普段このローブをおれが着ていることはあり得ない。だから、バレたとしてもその頃には目的は達成された後だろう。


「よし、そんじゃご対面といこうか」


おれは、ローブを羽織ったその姿で監視カメラの視線上を堂々と歩いて、一つまたひとつと通り過ぎていく。


目的の最奥の病室の前に到着して、室内の患者のネームプレートに目を向けると白紙になっていた。


「これ、誰もいないとかだったらへこむなぁ」


コンコン。


とりあえず、二回ほどのノックで中の人物に訪問を知らせる。


……


返事がない。やっぱり七不思議なんて根も葉もないガセだったのか? 


まあ、いいや。なんにもなくても確認だけして帰るか。


ガラガラ


扉を開き、室内に足を踏み入れる。部屋の中は薄暗く殺風景で、とても誰かが居るような様子はない。


だが、居た。ベットの上、上体だけ起こした女が荒い呼吸でおれを眺め、硬直している。


「いるなら、返事してくれよ」


「ごめんね。ここに来るのは点滴を換えに来る人だけだから、返事は必要ないかと思って」


近くでよく見ると、女はやせ細り不健康そうな身体をしている。


「それで、あなたはどうしてここに?」


「うわさで聞いたんだ。ここには十五年間一度も出ることなく療養してる奴がいるって」


「そう、それはよかった。もしよかったらこっちに来てお話しない? あなたが忙しくなければだけれど」


女はそれを聞いて、ほっと一息つく。そしてベットの横に置かれたパイプ椅子に視線を投げる。


「ああ、いいよ。おれもちょうど暇してたところだから」


おれみたいな奴じゃなかったのは残念だけど、時間を持て余してるし少しくらい寂しそうなこの人の話し相手になってあげるか。


「ありがとう。私の王子様」


「は?」


え、この人今なんて言った? 王子様?


いやいや、初対面の相手に何言ってんだ。この人もまた、おかしな奴なのかな。


「おれは武御雷たけみかずちだよ。ここでは、みんなそう呼んでる」


「ふふっ、知ってるわ。結社で子供なんて、一人しか居ないもの」


不本意な自己紹介をからかいながら笑う顔を、おれは半眼になって見つめた。


「だったら、最初からそう呼んでくれよ。なんだよ王子様って」


おれは、そんなガラじゃないっての。


「あらあら、怒らせちゃったかしら? 私は、さやっていうの。よろしくね、王子様」


いや、やめないのかよ。


「もう好きに呼んでくれ、どうせ黒須がつけたテキトーな呼び名だし」


「そうさせてもらうわ」


そう言うと、さやは満足気に笑う。


「それで? 話すって言っても何を話すのさ」


すると、さやは突然真剣な顔つきで考え始めた。


どうやら、さっきの言葉はお題は考えずに言ったらしい。


「……毎日、楽しい? 嫌なことはない?」


やっと、口を開いたさやがふった話題は無難すぎて広げようがない手遅れなタイプのヤツだった。


「無いなら無理に、喋らなくてもいいのに……」


講習の人も医師もいっつもこのタイプの話題振ってくるんだよな。


「ごめんなさい。お喋りって久しぶりで少し緊張しているのかも、今のは忘れて」


でもま、なんでだろ。この人とは少しくらい面倒な会話してもいいかなって思った。初対面なのに、そう思った。


「ないよ」


「えっ?」


「楽しいことはない。嫌なことなら毎日黒須がくれるけどね」


「そう、なのね……ごめんなさい。当たり前のことを聞いちゃったわね」


「あはは、気にしないで。もう慣れたから……」


どうせ、このまま一人で戦うだけの人生だし。良いことなんてあってないようなもんだ。


と、うつ向いていた視線をさやへと向けると、うるんだ瞳を向けられた。


「駄目よ、自分が嫌だと思うことに慣れたなんて言っちゃ駄目っ!」


「びっくりしたぁ。どうしたんだよ、急に」


「お願い……約束して。辛いことを当たり前にしないで、戦えないならその時は逃げ出してもいいの」


瞳に涙を浮かべたさやの手が、そっと頬に触れる。


「わ、わかったから、落ち着きなよ。一体どうしたっていうんだよ?」


「えっと、ごめんなさい。そういうの放って置けなくて……私の悪いところが出ちゃったみたい、本当に申し訳ないわ」


申し訳なさそうなさやの顔を見ていると、胸の奥が軋むような感覚に襲われた。


なんだこれ。この人の表情が変わるたびにおれの中に知らない感情が生まれていく。


これも、アツいってヤツなのか。いや、それよりはほんのりあたたかいような感覚だ。


「いやいいって、気にしてないから」


「そう? 優しいのね。さすが、王子様」


「いや、おれが王子様にされたのついさっきなんだけど」


まるで、長年やってきたみたいに言わないでくれ。


いや、そんなことより。優しい? こんな触れるもの近づくものすべて傷つけるおれが?


「こんなおばさんの話に付き合ってくれるなんて、本当に優しい子」


「やめてくれ、おれは優しくなんてないよ。守ろうとしたものも守れなかったどうしようもない奴だよ」


「……後悔しているのね、それもまたあなたが優しい証よ」


「え?」


守れなかったのに、優しい? そんなことってあるんだ。失敗しても、終わりじゃないんだ。


「悔いるということは、次はもっとうまくできる。もっと優しくなれる」


さやはおれの両肩に手を置いて、言い聞かせるように言葉を絞り出す。


「だから、守ろうとした気持ちまで否定しないで」


その言葉は、きっとこの世の真実なんかじゃない。


けど、今のおれにとってどんな言葉より美しい言葉だと思たんだ。


それだけで、昨日の絶望は少し軽くなっていた気がした。


なんでか、胸があったかいや。

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