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武御雷と優しかった少女。

『まずいな、あれでは武御雷は詠唱が出来ずになぶり殺されてしまう』


「なに、そんな悠長に言ってるんですか!? タケミカズチくんが死んじゃいますよ!」


遠く離れて見守っていたパトリシアは、馬乗りで殴られ武御雷を見て、慌てて救助方法を思案する。


『声だ。君の本気の覚悟を持った声だけが、この状況を変えられる』


声? あたしの声があったらタケミカズチくんを救える?


どうしてだろう。あたしの声にそんな力ないけど……いやでもっ、一瞬でも武甕雷の助けになるならっ!


「タケミカズチくんっ! 頑張れぇぇ!」


パトリシアの全力の声援が、室内に響き渡る。


その声は、ボロボロの武御雷へ届き。

そして、化け物の発達した耳にも耳鳴りの様に響いてた。


「あぁぁぁぁぁぁ! アタマが割れるぅぅ!」


いきなり耳を抑え、のたうち回る化け物にパトリシアは何が起こったのか理解が追いつかない。


「え、え?」


★ ★ ★


目の前の化け物がのたうち回るのを、おれは呆然と眺めることしか出来なかった。


何が起きた? 殴打で揺れる頭にパトリシアの声が聞こえた気はしたけど。


「うるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさい! この子娘がぁぁぁぁ!」


ダメージが大きすぎて、すぐに立ち上がれないおれから興味を無くし、パトリシアの方へと化け物が一心不乱に駆けていく。


うるさい……? そうか、音か。この化け物はどうやら音に弱いらしい。


わるい、パトリシア。一瞬だけ待ってくれ、このままじゃおれ立ち上がることすら出来そうにないから。


「その腕は大地を揺らす剛力、その脚は千里を駆ける雷鳴、その一振りは万を葬る剣戟!」


詠唱を始めたおれの視界で、化け物がパトリシアにあと一歩のところまで迫るっ!


「お前もあの小僧も、また電流垂れ流して地に這いつくばらせてやるよォォォォ!」


「イヤ、嘘でしょ? あたしの声ってこういう事……」


『言ったろ? 武御雷が成長するためには君の存在が必要だと』


「イヤァァァァァッ!!」


そして、不可解な言葉とともに振り上げられた右腕にパトリシアが絶叫した。


「剣帝顕現! 武御雷」


おれの伏した身体を力と魔力の光が満たし、さっきまで身動きが出来なかった手足で、簡単に立ち上がる。


「身体のダメージの所為で三分も動ける気がしねぇ……けど、歩くのなんて――――


力の込めた足で地面を蹴ると同時に、力を込め隆起した左右の腕で、渾身の手拍子を打ち鳴らす!


「一歩で十分だっ!」


鳴り響いた破裂音は、おれの鼓膜すら破壊して産声を轟かせた。


瞬間、寸での所でパトリシアに届きそうだった化け物の手が止まる。


「アァァァァァァァ! 耳が死ぬぅぅぅぅぅぅぅぅ!」


「キャッ、なにこの音!?」


「パトリシア、伏せろ!!」


「タケミカズチくん!?」


おれはパトリシアに忠告し、背後から接近した化け物の背を、蹴り抜く!


突き刺した脚は、化け物の身体を貫き。吹き出した血は怯えて屈んだパトリシアに飛び散る。


「う、足? ゴボッ!?」


足を突き刺されて驚いている化け物は、血反吐を吐いて立ち尽くす。だが、それでも尚、平気そうに立っている。


『武御雷、その程度では彼は死なないよ?』


「そんなん、言われるまでもねえっ!!」


足を突き刺したまま、手をついて後転。そのまま巨体をひっくり返して頭から叩きつける!


ぐしゃりと、おかしな形になった頭で化け物は逆立ち状態になる。


強引に振り回したことで広がった傷口から、ずるりと足が抜け、静かになった化け物は音を立てて倒れ伏した。


「はあ、はあ、疲れた」


『素晴らしい。勝てるとは思っていたが、二撃で息の根を止めるとはさすがだよ』


「褒めてくれてありがと、嬉しくはないけどな」


肩で息をして、立ち上がり。こっちを向いて立ち尽くしているパトリシアに歩み寄る。


「大丈夫か? 怪我は、なさそうだけど」


「……嫌」


「どうした? 立てないなら手を貸す――」


「嫌っ来ないで!? 近づくな、化け物!!」


おれが腰を抜かして立とうとしないパトリシアに伸ばした手は、彼女の絶叫とともに弾かれた。


「え……どうしたんだよ? おれが分からないのか」


「やめて、本当にお願いします。どうか助けてください……お願い、殺さないで」


混乱して泣きながら懇願してくるパトリシアを眺め、おれは今さら後悔をしていた。


この子の優しさに甘え、こんな事に巻き込んだ結果。彼女は目の前の出来事を受け入れられず、壊れてしまった。


『分かったかい、武御雷。これが人間と君との正しい関係だ』


「正しい関係?」


『自分を容易く殺せる化け物を、簡単に捻り倒した君を恐れないとでも思ったかい? この子は優しさ故に一人ぼっちの君を放っておけなかった』


「ああ」


『だけど、本能で知ってしまったんだよ。君という生物の恐ろしさを』


黒須が突きつけた言葉は、全く意外性など無いはずの事実のはずだった。なのに、どうしてだろう。


そんな当たり前のことに気付いただけで、おれの心は希望の崩れる音がした。

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