~エピローグ~
★ ★ ★
ベットの上で目覚めると、口を開けて寝ていたのかすごく喉が渇いていた。
俺は、半開きの目を擦り、水を飲むために階段を下りて一階に向かう。
「うぃ〜みずみず」
一階の台所で、コップいっぱいに水を汲んで喉を潤すため一気に飲み干す。
冷たい感覚が喉を通って腹へと流れていく頃には俺の目もしっかりと覚めていた。
見慣れた風景に和みながら、もう一杯汲んで飲み干した。
って、ここ俺の家じゃねえ!? いや、俺の家だけど。
正確には今居るのは灯京の家ではなく、紗世の実家である呪幸村の家である。
覚めたからこそ頭が混乱してきた俺の耳に、庭の方から布団を叩く音が聞こえる。
「あ~そういや、昔は毎朝こんな感じだったな」
眠っていた俺一人では状況を理解するのは難しい。
なので、先日まで一緒に灯京の家に居た紗世に状況を聞いた方が早そうだった。
縁側に通じる襖を開けると、柵の向こうで揺れる木々のさざめき聞こえた。
俺の草履は流石にもうここには置いてないので、裸足で庭に降りて歩く。
「あ、もう起きたんだ」
物干し竿にかかっている布団を叩いていた紗世が俺に気付いて、長い髪から淡い香り漂わせて振り返る。
「ふぁぁ、お義母さんたちはもう仕事に行ったのか?」
「そうだね。また悪夢にうなされてる子に呪いをかけに行ったって」
「そっか。昔から毎日やってるのに大変だな」
「そんなことないよ。あの人たちは好きでやってるんだから、剣だっていやなんて思わないでしょ?」
「俺はお遣い行かされたり、力がいる時ちょっと手伝ってただけだからな」
「ちがいます~。自分が倒れちゃうくらい無理して闘ったこと、いやなんて思わないんでしょ? って言ったの」
紗世は唇を尖らせて不満そうに語尾を強める。
「なんか言い方にトゲがねえか?」
今回は戦うことを知っていたからお咎めなしかと思ったが、それとこれとは別らしい。
「そりゃあ、あんな約束しておいて満身創痍で帰って来たら文句の一つも言いたくなるよね。わたし、なんか変なこと言ってる?」
「いえ、全くその通りです。ごめんなさい」
とりあえず起きて早々怒られるのは嫌すぎるので、言われるがまま頭を下げる。
「それで、わたしじゃ運べないからウォロフくんがここまで運んでくれたんだよ? しっかりしてよぉ」
なるほど。それで俺の服には犬の毛がついてんのか、ノミはいないといいけど。
「いや、反省してるって。ただちょっと油断しただけで……」
「え、それってふざけちゃったてこと? また調子に乗って格好つけちゃったってこと」
あ、やべ。”油断”は余計だったな。
「あーそういえば、そのウォロフとアシュリーはどうしたんだ? 二人とも灯京に帰ったのか」
紗世のお小言が飛んでくる前に会話を華麗に変える。無理矢理とも言う。
「ううん。アシュリーちゃんが言うにはしばらくは目立たない方がいいから実家に帰って大人しくしておくって言ってたよ」
そりゃそうだよな。なんせ俺達二人はあの賢者を殺した実行犯だ。
ゴルドールの計画が明るみ出るまでは人の多い町になんて行かない方がいいだろう。
毎度の事ながらこっからは盾石のオッサンに任せて、俺もしばらくは呪幸村でのんびりしておくとしよう。
「それで? そんな大騒ぎになっちゃう剣が戦ってるものって一体なんなのかな。一緒に帰ったら教えてくれるって言ったよね」
紗世は満面の笑みで俺に問いかける。
この顔をした時は次ごまかしたら許さないの意でもあるので、俺は観念して全てを話すことになる。
「まあ、約束は破りたくないしな……」
だけど、これを話すとこれからの闘いに紗世も無関係ではいられなくなる。
それでも守り抜く為、覚悟ともに深呼吸をする。
「俺は賢者を全員倒すつもりだよ。紗世との誓いを守るために」
「え、賢者ってお母さんが昔言ってた関わらない方がいい人たちでしょ? どうして剣がそんな人たちと闘わないといけないの!?」
正確には紗世は関わらない方がいいってことだけどな。
「知ってるだろ。俺をこんな身体にしたのは奴らだ」
「でも、それは十年前のあの日で終わったことでしょ」
「いや、どうやらあいつを討った日賢者たちにもそれは知られていたらしい。それに奴らはこの星の権利をかけて戦争を始めるつもりらしい。そんな世界で紗世は笑って暮らせるか?」
「やっぱり、わたしのためなんだね」
それを聞いて、紗世の顔が不安や申し訳なさで曇る。
ああ、やっぱり言いたくなかった。紗世にこんな顔させるくらいなら。
「そんな顔すんなって、俺がやりたいからやるだけだよ」
「……うん。よし、わたしも決めた! わたしもう一回お母さんから呪いを習ってみる」
紗世は俯いていた顔を上げると、意外すぎる決意表明をする。
「え、お前あんなに嫌がってたのに……」
昔、可与さんが呪いを教えようとした時は、紗世は泣いて嫌がった。
そんな自分とっても誰かにとっても危ないかもしれないもの、習いたくないと。
「だって、わたしが剣に並ぶにはそれくらいしかないもん! だからやる!」
その瞳には、決意が燃えている。
「頼むから、無理だけはすんなよ?」
「大丈夫大丈夫! わたしが勝手にやりたいだけだから」
親指を突き立てた紗世の満面の笑みに、思わず噴き出す。
「ぷっなんだよそれ。全然根拠になってねえじゃん」
「え、そうなの?」
「ククク、あー腹いてえ」
「ちょっと、剣笑いすぎ!」
顔を真っ赤にした紗世が起こった後も、俺は笑うのをやめることが出来なかった。
「ははっ、天気いいな」
ひとしきり笑った後、俺は見上げた空の雲一つない真っ青な晴天に目を奪われる。
「まるで、あの日みたいだね」
また洗濯物を干し始めた紗世が、顔だけで振り返って微笑む。
「ん?」
「ほら、剣が森から出てきて、わたしが傷の手当てをしてあげたでしょ」
「そうだっけか。もう昔すぎて覚えてねえな」
まあ、覚えてるけど。というか忘れる訳がない。
あの日、俺は紗世に救われたんだから。
その恩は今でもまだ返せているなんて思えたことは一度もない。
「うわぁ、剣はじめて会った時のこと忘れたの……? 噓でしょ……」
紗世が見たことがないほど暗い表情になり目から光が消えていく。
「え? ああ、嘘だよ! 覚えてるって! だからその不穏な喋り方をやめてくれ!」
「ふふ、びっくりした? 冗談だよー」
ニマニマと笑う紗世の顔に少しばかり腹が立つ。
「お前、さてはさっき笑われたの根に持ってただろ……」
「なんのことかな~?」
「よ~し、そっちがその気なら久しぶりにとことんくすぐってやろうじゃねえか」
俺の構えた手を見て、紗世は慌てて説得を試みる。
「え、待って待って。それはなしだよ? そんなの卑怯者のすることだよ」
「そいつは聞けねえ相談だなぁ。紗世、覚悟しろ!」
追いかけても追いかけても、ずっと終わらないかけっこをしながら俺たちは二人して昔と変わらない笑顔で、紗世の息が上がるまで走った。
紗世への恩はまだ返せてはいない。でも、返しきる日なんて来なくていい。
俺はこれからもずっと。紗世の為に生きていくと決めているんだから。




