到着、風の町ヴィント。不気味な森に潜む賢者のお宅訪問。
魔導列車が到着を知らせる汽笛を鳴らし、実に七時間ぶりにブレーキをかけてヴィントの駅に停車した。
「さあ、着きましたよ。二人とも早く行きましょう」
「おう、にしても本当に目立たねえなこれ」
俺は乗車中にアシュリーから「これを着ろ」と渡されたローブを纏いながら感心する。
「あ、ホントだ。降りてる他の人間たちもほとんど似たようなカッコしてるね」
キャップの上からローブを被ったウォロフが周りをキョロキョロ見ている。
ウォロフの目立つ服装を隠すのにも、ちょうどいいかもしれないな。
「木も隠すなら森の中と言うでしょう? これだけの賢者の崇拝者が集まるところなら同じ格好の私たちを見つけ出すのも困難というものです」
「完全に溶け込んでるな。むしろ普通に観光しに来た奴らの方が浮いてるくらいだ」
「ええ、ですが欺けるのは見た目だけですので、くれぐれも騒ぎなんて起こさないでくださいね」
列車から降り人並みに沿って歩いていた俺達の前方に、身体検査をしている駅員を目に映してアシュリーが注意をしてくる。
「分かってるって、ここまで来てそんなヘマはやらかさねえよ」
俺にとってもこの戦いの勝利には大きな意味がある。
賢者の目の前に立つまでは慎重に行動しなくては。
「それでは、検査後に合流ということで」
「おう、またあとでな」
「ウォロフもさっきやったように何もせずに大人しくしてくれよ?」
「心配いらないって、さっきだってうまくできたし今度も大丈夫!」
後ろに並んだウォロフに言い聞かせると、なぜか胸を張っていた。
無駄にやる気十分なのが逆に不安になるんだよなぁ。
そうこうしていると、どうやらもう俺の番が来たようだ。
呼ばれた俺は、ポケットの中身を目の前のトレイに置いて、駅員の前で腕を広げる。
無口な駅員が隅々まで入念に確認するが、これ以上は何も出てこない。
何も持っていないのだから当然だ。
そのままゲートを通る。
すると、先程と同じで一瞬青く光っただけで何事もなく通り過ぎていく。
「なにもなかったようですね。安心しました」
「そりゃ異国の地で逮捕されんのなんて御免だよ」
外に出ると、そこは小さな丘の上で、見上げた空はすっかり暗くなっている。
目の前には、月明かりが照らす石造りの壁にオレンジの屋根の建築物と、その横に場違いな風力発電用の真っ白い風車が聳え立っている。
「ここが賢者の住む町ってやつなのか? なんか、未来感と田舎がごっちゃになった様なとこだな」
「ここは賢者の町といっても私たちの町と同じで実際は他の方が代表を務める仮初の町ですよ」
列車から降りた乗客たちの列が町の方に向かうの見ながら、彼らとは対象的に俺達はつまらなそうにその様子を眺めている。
「まあ、そうか。ホイヤ・バキューだっけ? そこに居るんだもんな」
「ええ、ここに居るのは賢者に決められてトップの座に座らされている偽物に過ぎません」
「自分たちが表舞台のトップじゃ悪さもやりにくいだろうからな」
賢者が隠居してんのは注目を避ける為ってのもあるんだろう。
「にしても、なんだってこんな大量の風車が並んでんだろうなぁ。街の景観が台無しだろ」
「これこそが賢者の恩恵なんですよ。この街の電力はもうずっと前からリーマンが回し続けるあの風車で賄っているんです」
「は? この街の風車を一人でか」
「そうです。しかも、市民からお金などは取らずに趣味でやっているみたいです」
なるほど、賢者とて力だけで万人を従えるのは不可能だ。だから、従うことで産まれる恩恵を施してるって訳か。
「二人ともどうしたんだ? こんなところで立ち止まって」
追いついたウォロフが黄昏ている俺達を不思議に思ったらしく不安気に声をかける。
「いや、自分たちの目的の達成に胸躍らせてるだけだ気にすんな。それよりウォロフ、ゴルドールの匂いは感じるか?」
「うん。たぶんアイツもこの列車に乗ってきたのかも。さっきからずっと匂ってくるよ」
「さすがウォロフくん、頑張ってください。頼りにしてますよ」
普段からは考えられない穏やかな声を出す、アシュリーがウォロフの頭を撫でる。
「フン! まかせてくれ! やっとオイラの出番だからな二人にいいとこ見せてやるぞ!」
「そりゃ、楽しみだな」
鼻を鳴らして意気揚々と歩き出すウォロフを追って、俺達は目の前にできた人の波に背を向けて歩き出した。
アシュリーの言っていた通り木が不自然に歪曲して生えた不気味な森に入って、しばらく歩いて行く。
奥に進むにつれ、深い霧に辺りが覆われ始めた。
「ちっこれじゃ前が見えねえ。どうする? いったん戻るか」
「いや、匂いならまだ辿れる。進もう!」
霧をかき分けて進むウォロフを、ギリギリ視界に捉えて追いかける。
歩いても歩いても、辿り着かない白い景色の中を歩き続けて、数十分。
もう似たような木を見るのも百を超えた頃、出口は唐突にやって来た。
白の世界から脱した俺達を待っていたのは、森と霧に囲まれた開けた場所。
そこにあるのは、異様な存在感を発揮している地下に向かうために扉だった。
「うん、どうやらアイツの匂いはこの下から匂ってきてるみたい」
正直、よく探さないと見つけられないとは言え少し怪しい気もする。
こんな森の地面に鉄扉って、隠す気あるのかないのか、わかんねえ。
まあ、でも、
「だったら、行くしかねえな」
「はい、例え罠だとしてもこの下にリーマンが居るのなら私も行きます」
俺が床扉の取っ手を引いて中に入ると、真っすぐ眼下の闇へと階段が続いていた。
最下段の前の扉を蹴飛ばし、中に入る。
その瞬間、照明で照らされた半円形の部屋の中央から拍手が聞こえた。
「素晴らしい! 本当に素晴らしいです! まさかここまで辿り着くなんて!」
音の方に目を向けると、そこにはなぜかバニーガールが立っていた。
頭にウサギ耳を生やし、光を反射する布面積の少ない服を二つの膨らみが苦しそうに押し出す。
さらに、見た目だけで質感の良さそうな透き通る白い足には網が食い込んでいる。
「やっぱ、罠だったようだな」
「なんですか、痴女ですかあなたは? 未成年の前でそんな格好をするのはやめてください」
「アシュリーさん、オイラ前が見えないんだけど!?」
訳の分からない敵の歓迎に、慌ててアシュリーがウォロフの視界を手で隠す。
「あらぁ、この方が喜んで頂けるかと思って着替えたのだけれど……何かご不満だったかしらぁ?」
喜んで頂けるってことは、この女自分の武器の威力をしっかり理解してやってんのか。
恐ろしい奴だな、ごくり。
「わりぃなご婦人、俺達急いでるんだ。だから邪魔はしないでくれるとありがたい」
「フフッ、面白い人。賢者の秘書を任されているこの私がここを通してあげるとお思い?」
音を立てないすり足で接近した賢者の秘書は、俺の首に手を回して耳元に顔を近づけた。
「もうっ、剣さん退いてください! ここは私がや──
「おい、邪魔だってのが聞こえなかったのか?
このアマ……!」
アシュリーの声を背中で聞きながら、俺は至近距離に立っていた秘書を、腕を曲げたまま繰り出した裏拳で吹き飛ばす……!
かろうじて壁に激突はしていないが、殴られた秘書は部屋の隅で気を失ったのか起きる気配はない
「え、どうして?」
「ん? 何がだよ」
視界を解放されたウォロフと俺は前に進もうとするが、アシュリーだけは何か言いた気に俺を見て声の出ない口を震わせている。
「剣さん、どうして女性が殴れるんです!?」
「え、ツルギって女は殴れなかったのか?」
「いや、拳が当たるんだから、そりゃ殴れるだろ」
「あなたは女性には手をあげない。いつだってあわよくばと考えているいい格好しいのすけこましでしょう!?」
酷過ぎる言われようだった。
女に手をあげないってのは、昔から紗世に『女の子には優しく』って言われていたから癖になっていたことだが。
いい格好しいとすけこましには身に覚えがなさ過ぎて、普通に傷つきそうだ。ぐすっ。
「俺が女を殴りたくない主義なのは認めるが、今のは男女以前に敵だろ? あの秘書は話し合いの余地も無さそうだったし、なら殴るしかねえよ」
まあ死なないように、手加減はしたが。
俺としては賢者への道を邪魔された以上、戦うほかなかったと思う。
「なるほど。私は剣さんを勘違いしていました。あなたっていつでも自分の欲しいものが最優先なんですね」
溜息を吐いたアシュリーは苦笑しながらやっと歩き出した。
その時、自分が一番欲しい結果の為に闘うのって、そんなにおかしな事なのか?




