旅の始まり、復讐の始まり。その三
果てしなく長い通路のような長方形の駅の中に入ると、ガラス張りの天井から陽の光が降りそそぐ幻想的な風景。
そこに先に終わっていたアシュリーが柱に背中を預けて待っていた。
「意外と面倒な検査だったな。待ちものが少なくて助かったぜ」
「そうですね。私もコンタクトを外せと言われなくてよかったです」
スマホを眺めていたアシュリーの今は蒼い瞳がきらりと光る。
「にしても便利なもんだよな。この駅から世界五ヶ所の賢者が住む街に行けるなんてよ」
このシステムがあるだけで賢者を探す手間の移動手段はカットされてると言っても過言ではない。
最近知ったのが惜しい情報ではあるけども。
「そうですね。ですが利用者の多くは彼らのファンや羨望している崇拝者ですので、車内で私達の目的や作戦の話は控えてくださいね」
「車両内全員を敵に回すとか考えたくもないからな。気をつけるよ」
辺りを見渡すと歩く人々の大半はローブの様なものを着ている。
なるほど、これが賢者達の熱烈なフォロワーってわけか。
ざっと見ただけでも、この場の五割くらいの人間はローブ姿だ。
俺達の目的がバレれば車内の半分は敵になると思って良さそうだった。
「おーい。二人ともー」
駅員の持ち物検査を終えたウォロフが、手を振りながら遅れて合流した。
「やっと終わったか」
「うん、なんかくすぐったかったけどすぐ終わった」
「では、行きましょう。私たちの、この世で最も会いたくない人に会うために」
その後、ヴィント行きのチケットを買った俺達は目の前の流れる景色を眺めながら駅構内のベンチに座っていた。
「……えっと、弁当とか買ってくるか? 腹減ったし」
無言の空気に耐えられなくなったので、俺は今日まだなにも食ってないことに気づいて、呟く。
「いえ、私は遠慮しておきます。なにか食べたい気分でもないですし」
今から復讐相手に会いに行くっていうんだから、そりゃそうか。
「なあなあ、オイラたち機関車ってやつに乗るんじゃないのか」
「そうだな」
ウォロフの、さっきも聞いたような疑問に俺は空返事をする。
「じゃあなんでオイラたちこんなとこで座ってんの」
「それは、乗り込むための車両が今から一時間後にしか来ないからじゃないか」
「そっかぁ。オイラはお肉いっぱいのヤツがいいかな」
「流れるように奢り前提で頼んでくんのやめろ。事実でも腹が立つ」
「ご馳走してくれるんですか? なら私は一番高いものでお願いします」
と、こちらも当たり前のようにさらっと注文してくる。
「さっきいらないって言ったよな? しかも明確な悪意だろそれ」
なんだ一番高いやつって、せめて食いたいもん頼めよ。
「ったく、わかったよ。肉ととびきりカロリーが高いやつ買ってきてやるから大人しく待ってろ」
最後に嫌がらせも思いついたので、俺はベンチから立ち上がり店が並んでいる前方の通りへと歩き出す。
目の前を歩く通路を人混みの流れに乗って、弁当が買えそうな店を探す。
「そう言えば、アイツらの好きなもんとか知らねえし和食か洋食か中華どれにすっかな」
まあ、アシュリーは吸血鬼だし洋食で食いやすいサンドウィッチでも買って行くかな。
吸血鬼がおにぎりもぐもぐ食ってたらなんか嫌だし、肉まんを頬張ってるのも違和感しかない。
ウォロフは適当に肉って言ってたな。
俺はそんな事を考えながら、サンドウィッチと弁当の一番肉が多い物を手に取る。それから二人の元へ戻るため通路の真ん中に出た。
「えっと、どっちだったっけか」
道の左右を確認するが、人混みが邪魔で来た道がどちらか判別できない。
「まあ、適当に歩いてれば会えるか。この駅、横に長いだけだしな」
それから当てずっぽうで選んだ道を真っすぐ進んでいく事、数十分。
俺は二択の選択肢を間違え、駅の最奥まで歩いて来てしまった。
目の前の扉には非常口と書かれている。
「逆だったかぁ。まあ、時間が潰せたと思ってよしとするか」
駅内の散歩をしていたおかげで、列車の発車時間までに戻らなくては行けないという理由ができた。
なので、俺は来た道を早歩きで前進して行く。
早歩きで歩くと、道を遮るように通路上に立っている人々が怪しい男でも見るような目つきで俺を盗み見る。
「そんなに急いでる奴が珍しいのか?」
人々の視線を受け流し何度も似たような景色の通路を通り過ぎて、俺はやっと最初に座っていたベンチへと戻ってきた。
「あ、ツルギどこ行ってたんだよ? もうすぐ列車が来るって二人で話してたよ」
「いや~道に迷っちまってな」
「この駅、道なんて前と後ろしかないんですが……」
「だから、それを間違えたって話だろ」
呆れた顔で、サンドウィッチを受け取ったアシュリーが俺を放って歩き出す。
「ツルギも人間なんて匂いで追えばいいのに」
「あのなぁ、人間にそんなことができるわけねえだろ。犬人間」
「だから、オイラは人狼だ!」
「二人とも早く行きますよ。発車までもう時間もないんですから、話は席でしてください」
「はーい」
アシュリーを追って歩き出すウォロフについて行こうと踏み出した一歩は、しかし、そこから俺を前へと進ませることなく地面に縫い付けた。
「剣?」
背後から聞こえたその声に俺は、溜息を一つ吐く。
「なんでこんなとこまで来ちまったんだよ? 紗世」
振り向くと汗だくになって息を切らした紗世が乱れた髪を整えながら立っていた。
「それはこっちのセリフだよ! 剣が急に居なくなっちゃうから、また遠くに行っちゃうのかと思って……」
本当に紗世の行動力にはいつも驚かされてばかりだ。
彼女は俺と違って自動車を追い越す脚力も待っていないのに、どうやってこんな場所まで来たんだろうか。
「いや、書き置きを残しといただろ? 読んでないのか」
「読んだけど、あんなの絶対おかしいもん! 剣が格好つけちゃう時は絶対危ないことする時だもん」
「おい、カッコつけちゃうとか言うな。せめて言うならカッコいい時って言え」
後ろに立っている二人の震える肩を見て、俺は羞恥心と怒りがこみ上げてくる。
この状況でなに笑ってんだ!
「剣さん、私たちは先に行ってますので遅れないようにしてくださいね」
「待ってください!」
気を利かせて立ち去ろうとしたアシュリーとウォロフを、なぜか紗世が引き止める。
俺的にも早く行ってほしいのだが……




