旅の始まり、復讐の始まり。そのニ
空が白んできた街道を歩きながら三人で歩くこと数時間。
前を歩くアシュリーは、一向に足を止める気配がない。
「なあ、ツルギ。賢者って奴のとこには機関車で行くんじゃなかったのか? オイラたちなんでずっと歩いてんの」
話が違うと、隣のウォロフが不満をこぼす。
「いや、だから今その魔導列車が止まる駅までの道を歩いてんだろ。たぶん」
実物を見たことすらないので、俺の返答も曖昧にならざるおえない。
「え〜オイラ疲れたよ〜ツルギおんぶしてよ〜」
「おい、立ち止まんなって。わがまま言ってると置いてくぞ」
俺は無視して歩き出す。しかし、立ち止まったウォロフは、そこから一歩を踏み出そうとしない。
「……ったくよぉ」
ここでウォロフを置いて行くと、ゴルドールを匂いで追跡するのが不可能になる。
出来ればそれは避けたい。
俺は、ウォロフに背を向け仕方なくしゃがみ込んだ。
「ほら、おぶってやるから早く乗れよ」
「え! ホントにおぶってくれるのか!?」
やったー! と、はしゃぎながらウォロフが俺の背中に身体を預けて肩に手を置く。
その時、ずっと黙って前を歩いていたアシュリーが振り返った。
ウォロフをおぶって立ち上がった俺を、視線で皮膚が切れそうな鋭利な赤い瞳で睨みつけてくる。
「おう、どうしたんだよ?」
緊迫した緊張感が伝わって、俺達は二人揃って息を呑む。
「剣さん、さっきからうるさいですよ? 黙ってついて来てください」
「……はい」
主にうるさかったのはウォロフの方だと思うが、俺も喋っていた為、強く否定はできない。
「それからウォロフくん。おんぶなら私がしてあげますよ?」
「あ、大丈夫です。歩きます」
ストンッ、と背中から降りたウォロフが、自分の足で歩き出す。
アシュリーはそれ以上何も言わなかった。
言わなかったけれど、しばらく俺を無言で睨みつけていた。
いや、なんでだよ。
「そういえば気になってたんだけどよ」
俺は世間話程度の話題を探して、口を開く。
「なにがですか?」
「アシュリー、ゴルドールに矢を打った時に隣の男に当たってたよな」
アシュリーはブラックパージの会社の入り口に立っていたゴルドールへ一筋の矢を射った。
しかし、当たる直前で不自然に曲がった矢は、ゴルドールの隣の男の頭に引き寄せられるように突き刺さった。
「言い訳に聞こえるかもしれませんが、あの時私は確実にリーマンの頭を狙って打ちましたよ」
だろうな。
あの状況で敵のお偉いさんなんて殺しても何のメリットもありゃしない。
それに、俺はアシュリーが狙った的を正確に射抜く技術があることを身を持って知っている。
「そこは疑ってねえよ。だからこそ、アレがゴルドールの風の魔法かもしれねえと思ってよ」
「そうですね。念の為にリーマンとの戦闘では矢を射るのは控得た方がいいかもしれませんね。剣さんの頭を打ち抜きたくはありませんから」
「本当にそれだけは勘弁だな」
いくら嫌われていても、それだけはしないと信じたい。
「なあ、その戦いでオイラはなにをすればいいんだ?」
「特に考えてねえけど、主な戦闘はアシュリーと俺がするからウォロフはサポートをしてくれ」
「そうですね。ウォロフくんは応援係ということで」
「えーつまんないじゃん」
ウォロフは不満の声を上げる。
だが、この戦いはアシュリーの復讐であり俺の目的達成への一戦。
ウォロフに戦う理由はない。
だから、この戦いでウォロフが命を賭ける必要なんてない。
賢者の居場所さえ突き止めてくれりゃあ十二分の働きだ。
「まあまあ、俺の戦いをじっくり見るいい機会だと思って我慢しろって」
俺も今回は手加減をしている暇はないだろうから、最初から本気でいくことになりそうだしな。
「二人とも、お喋りはこのくらいにしましょう」
真剣な声音で、前を見ているアシュリーが足を止める。
「あれが、この国で唯一魔導列車が停車する場所──
アシュリーが指差した先。見下ろした坂の下に、汽笛を鳴らして走り出す黒い機関車が姿を現した。
「“賢者の寄り道”です。先に言っておきますが入り口で検問を行ってますので、不審な動きは控えてください」
「ああ、分かってるよ」
「オイラもわかったぞ」
なんとなくレトロな外観の駅の入り口に近づくと、駅員が三つの通路の脇に二人ずつ立って持ち物と身体検査をしていた。
まあ、当たり前か。
賢者が乗ってるかもしれないんだから、変なもん持ち込ませるわけないよな。
同時に俺達の中に取り上げられる武器がなくてよかったと安堵する。
三列の内、一列は女性職員が立っておりどうやら女性専用列のようだった。
「私はあちらなので、くれぐれもおかしなことはしないでくださいよ?」
アシュリーが俺にしか聞こえないように囁く。
「大丈夫だって、俺が見とくから」
ウォロフは人間社会で育っていない為、見守っていないと俺も色々不安だ。
「剣さん」
「心配すんの俺かよ!」
後ろで、ウォロフが他人事のように声を殺して笑っている。
今すぐ小突いてやりたい。だが、場所が場所だけに俺は黙って目の前の列に大人しく並ぶしかない。
「そこの男、止まれ」
身体検査が終わった前の男の背中を見送ると、俺の番がきた。
「鞄などは持っていないな?」
「見りゃわかんだろ。この通り手ぶらだよ」
その場で、回って背中も見せてやる。
「勝手な行動はしなくていい。言われたことだけしなさい」
「はいはい」
「ポケットの中の物も出しなさい」
言われて手を突っ込んだポケットから、タバコと財布とケータイを取り出す。
「……これは危険物なので没収する」
すると、駅員が俺の手からタバコを取り上げた。
「は、おい。そんなもんただの嗜好品だろ」
「そういうルールだ。従わないなら帰って貰うが?」
クッソ、タバコを失うのは痛手だがここで逆らえば悪目立ちする。
「あーわかったわかった、くれてやるよ。で、もう進んでいいのか」
「最後にそのゲートを通ってから中に入れ」
高圧的な駅員にヘキヘキしながらゲートを通ると、ランプが一瞬、青白く点灯して消えた。
これが問題なしって意味なのか?
ゲートを通り過ぎた俺が疑問を抱きながら歩き出すと、なぜかさっきの駅員が最後から追って来た。
もしかして、これって不味いやつだったのか。
俺は不安を抱きつつ振り向く。
「先程は大変失礼致しました。おタバコをお返し致します」
しかし、駅員は人が変わったように丁重な態度で、さっきのタバコを返してくる。
「お、おう。気にしてねえけど、これ持ってって大丈夫なのか?」
「滅相もないです。貴方様のお好きな様にお過ごしくださいませ」
深くお辞儀をした駅員は、俺が駅構内に入るまでそのままの姿勢で立っていた。




