最強の男の最悪な目覚め。その七
吹き飛ばされた先で舞い上がった砂煙に乗じて身を隠した吸血鬼を逃さないため。
俺はその場に膝を曲げてしゃがみ込む。
ちなみに、これは今からタバコでも吸おうかと腰を下ろした訳ではない。
あー余計なこと考えたら少し吸いたくなってきちまった。
折り曲げた脚に力を溜めると、履いているジーパンからミシミシと嫌な音がした。
一般的な耐久性のジーパンで数十キロの距離を数時間に渡って駆け回ったの問題だろう。
このジーパンとの別れは近そうだな。
余計な思考の寄り道もほどほどに、俺は曲げていた両足で一気に地を蹴った。
反動で地面に亀裂が入り、俺の身体は真上を覆っていたアーケードなど容易く突き破って、空気の抵抗を受けながら遥か上空へと到達する。
見下ろした灯京の街並みは、街灯の光や建物から漏れる明かりで比較的明るい。
その中で真下にある商店街だけが不自然に暗くなっている。
強くなった事で、気づかれないよう慎重に吸血することをやめて、商店街中の人々を襲ったのが仇となっていた。
こんな不自然に静かな場所があったら、俺に見つかるのも時間の問題だ。
そう考えると、強くなった事で逆に捕獲されやすくなっちまってるんだから皮肉なもんだよな。
皮肉まじりに笑っていると、空高く上がりきり、勢いを失った俺の身体が急激に凍りつく。
「いや、寒っ!」
調子に乗って薄着で跳びあがったので、温度の低下に服装が追い付いていないことを忘れていた。
暖かくなってきたとはいえ、春の上空の夜風はまだまだ寒いんだな。
極寒から逃れるように、今度は勢いをつけて真下に急降下する。
上空から地が迫る感覚に全身の毛が逆立ち。気分までも高揚していく。
凄まじい勢いをつけて落下し、迫りくる地面に両足を揃えた姿勢で矢のごとく激突。
ドォォォォン!!
周囲に轟音を響かせて着地した俺の足元から、先ほどの亀裂がさらに深く破れて広がる。
亀裂の波は止めどない勢いで周囲に駆け抜け、アーケード内の建物を次々倒壊させていく。
ちなみに着地の勢いで、ジーパンの命もひっそりと幕を閉じていた。
今日まで、ありがとう。
定価一九○○円の相棒への感傷に浸りながら、俺は目の前の瓦礫の山に目を向ける。
「お、居たな」
全ての店が店仕舞いを終えた頃。建物の壁に生じる影に隠れていた吸血鬼が間抜けヅラで姿を現す。
「くそ、なんだその戦い方は!? 近隣の住民の迷惑やこの場に逃げ遅れた人間が居たらとは考えんのか!」
怒られた。
ここの人達を襲った凶悪な化け物にめちゃくちゃキレられた。
「いや、大丈夫だよ。俺がここに着いた時には呼吸音は聞こえてなかったからな」
だからこそ、このアーケードの中の異変に気づけたんだし。
「それでも建物をめちゃくちゃにする必要はなかったと思うが?」
「そうだな、テメエがコソコソ隠れたりしなけりゃぶっ壊さずに済んでたよ」
何が言いたいのか分からない吸血鬼の質問に、俺は懇切丁寧に答えてやる。
俺のこういう所を周りの奴らにも、もっと評価されたいもんだ。扱いが酷すぎるんだよな。
もしかするとそれが正しく評価された結果なのかもしれないけれど。
「申し訳ないとは思わんのか?」
ああ、俺が良心の呵責でも起こすのを期待してんのか。それはご苦労なこったな。
「さっきから言ってる意味がわかんねえけどよ。ここに俺が来たのはお前をとっ捕まえりゃ報酬が貰えるって言われたから来ただけだよ」
俺はこの力を使って正義の味方だとか悪の親玉だとかに成るほど、大層なポリシーなんて持ち合わせていない。
ただ今は人探しをするため、日銭稼ぐために。
化け物や雇い主の意にそぐわなぬ人間を倒しながら生活をしているだけだ。
時にはそいつらの日常だって踏みじっているだろう。
だから目の前で困っている奴が居たら、俺に助けられそうなくらいのことなら寝覚めも悪いし助けることもある。
俺の力の使い道なんてそんな程度。手の届かない人まで救おうなんて思うもんじゃねえ。
そんなことやってたら、いつか自分の本当に守りたい者にも手が届かなくなっちまう。
「ふっはははははは! それを聞いて安心したぞ」
目の前の吸血鬼が突然、天を仰いで高笑いする。
「生け捕りって聞いて安心したのか?」
痛いことはまだ少しするかもしれないんだが。
「そうではない、私の方が多く報酬を出してやると言うのだ。それなら貴様はこの私を今回に限り見逃してくれるのではないか?」
「……確かに悪くないかもな。それなら俺は美味いもんが食えるし、お前は恋人と平和に暮らせるだろう」
「ふーん。お前にもその程度の知能があって助かるよ」
「ところで、ずっと気になっていたんだけど、お前のあの彼女は何処に行ったんだ? もしかして、もう別れたのか?」
「いや、彼女ならここにいるぞ」
赤く光る瞳に狂気を宿して、吸血鬼は自分の肉体を示す。
どうやら、吸血鬼同士でも吸血することはあるらしい。
「おい、なんで食っちまったんだよ? 彼女、えらい美人だったじゃねえか」
この吸血鬼の彼女は、数時間前に悪漢達から助けた際。一目見ただけで人生で二度目の一目惚れというやつをしそうになる程のいい女だった。
「それは、貴様の存在を知ったからだ」
「あの時、抱き合ってたやつを誤解したのか。あれは彼女がお前の為にやった事だろ」
「そんなことじゃない、貴様の存在自体が問題だ」
「俺の存在?」
「私たち吸血鬼より優れた能力を持った貴様の様な生物は、この世に居てはならないんだよ!」
「は?」
激昂する吸血鬼が一人で盛り上がっているが、全く話についていける気がしない。
「だから、彼女の血を食らったんだ! 貴様を倒せる力を手に入れる為にな! 吸血鬼は吸血鬼の血を吸った場合、大きく強化される生き物なんだよ劣等種がっ!」
「そんな……そんな事で、恋人を殺しちまったのか?」
それ聞いて、俺はワナワナと震える拳を握り締める。
「そんなことだと!? 我々にとってはそれこそが最重要事項だ! だから彼女も快く私の一部になってくれたのだ!」
「もっと一緒に居たいとか思わなかったのかよ? 一切後悔もしてねえのか?」
「当たり前だ。それに彼女なら今も俺と一緒に生きている」
ああ、コイツは駄目だ。
力に固執するあまり最初に見た時とは別人のように変わり果てている。
強さの為に、強くなる理由である自分の最愛の存在を喰っちまう奴なんてのは、もう手遅れだ。
「無駄話はもうよいだろう。そろそろ答えを聞かせてくれないか?」
わりいな、盾石のオッサン。
今回の約束、守れそうにないかもしれねえわ。
「わかった。お前を生け捕りにする気はなくなったよ」
「君が馬鹿じゃなくて助かるよ。それでは私はこれで」
吸血鬼は左手を胸に当て右手を腰の後ろに回し、恭しくお辞儀をする。
「勘違いしてんじゃねえよ。お前はここで死んでいけ……!」
目の前の愚かな吸血鬼を睨みつけ、俺は親指を突き出したハンドサインをひっくり返して死刑宣告を言い渡す。




