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旅の始まりと、復讐の始まり。

家に帰り、こっそり玄関を開けて部屋へと入って寝ている紗世(さよ)の横に忍足で近づき座る。


紗世は楽しい夢でも見ているのか、むにゃむにゃと不思議な鳴き声を出して幸せそうな顔で眠っている。


「まったく、気の抜けた顔しやがって」


寝顔を眺めて、頬に手を添える。


「紗世、行ってくるよ。やっとここまで辿り着くことが出来たから」


あと少しだ。あと少しでこの光景が俺たちの当たり前にできるんだ。


それだけ言い残し、立ち上がろうとした俺の手を紗世の両手が優しく包み込む。


「へへへ、剣の手あったかいね……」


一瞬起こしてしまったのかと、ドキッとする。


しかし、紗世はまたすぐにむにゃむにゃと言い出して寝息を立てはじめた。


「びっくりさせんなよな……」


握られた手からゆっくりと抜け出し、書き置きをリビングの机に残して玄関に向かう。


俺は靴を履いている途中で忘れ物に気がついて、またこっそりと眠り姫の枕元へと戻る。


先ほど振りに眺めた紗世の前髪をかきあげ、遮るものがなくなったおでこにそっと口づけをする。


「行ってきます」


俺は帰る場所に一時の別れを告げて、自宅を後にしてアシュリーのマンションへと向かう。




「遅いですよ、剣さん」


屋上で腕を組んで待っていたアシュリーが、待ち合わせのたびに言っている決め台詞を言う。


「おう、悪いな。ちょっと休憩しようと思ったらゆっくりしすぎちまった」


「も~大丈夫なのか? 賢者ってスゴイ奴らなんだろ、そんなんで勝てるのかよ」


「大丈夫だって、お前たちが居るんだしなんとかなんだろ」


一対一の当初の予定から比べれば、だいぶ心強い。


「人任せはどうかと思いますが、確かにこれほどの戦力があればいくら賢者でも、やり方次第で勝率はあるでしょうね」


「そういう事で、お前らついに賢者討伐に出発だっ!」


俺は意気揚々と少し歩き、その場で振り返った。そして、大事な事をアシュリーに確認する。


「で、俺達はこっからどこ向かえばいいんだ?」


紙で見た場所らしき地名は、ど田舎でほとんど村から出ず暮らしていた俺にはまったく馴染みがなかった。


「はあ、そんな事だと思いましたよ」


「ツルギも知らなかったんだ、アホじゃん」


ストレートな悪口じゃねえかよ、それ。


「二人ともいいですか。ゴルドール・リーマンはルーマニアの賢者です」


「ああ、さすがにそれは知ってるぞ」


この前、聞いたばっかだしな。


「へーそうなんだ」


ウォロフは、それすらも知らないらしかった。


「そして、このルーマニアの実権をリーマンが譲り受けてできた町が、あの書類にも書かれていたヴィントという名の町です」


「そっか、じゃあそこに行けばいいんだね!」


「いや、賢者は自然や生き物が多い場所を好むから、そこには居ねえだろ」


「剣さん、良く知ってますね。そうです、賢者は魔素を生み出すものが多い場所に住んでいると噂されています」


そうでなければ、賢者はほとんど身体に蓄積された魔力でしか魔法が撃てない。


よって、都市化が進んだ場所に身を置くとは思えない。というのが一般的な考えだ。


まあ、世界が平和になったことで賢者達を嫌いな奴らも少ないわけではない。


迎撃態勢を考慮するなら妥当な見解だ。


「でも、あの紙にはそんな場所の名前はなかっただろ? だから俺も困ってんだよ」


「……いや、ホイヤ・バキュー・フォレストと書いてあるじゃないですか」


「それ何なんだ? 場所なのか、それとも人か?」


俺は、そんな聞きなれない横文字の正体を訊ねる。


ウォロフに至っては、疑問を持った顔で何も言わずにアシュリーが答えるのを待っていた。


「ルーマニアで有名な不気味な森ですよ。その森は不自然にねじれた木が生え、怪現象が起きるということで絶対に近づくなと言われています」


「へーそんなお誂え向きな場所があったのか。そりゃあ楽しみだな」


有名な不気味な森か……いかにも、魔法使いや化け物が現れそうじゃないか。


「楽しみと言うのは?」


「俺達に気づいた森の主人がどんなおもてなしをしてくるのかと思ってよ」


「はあ、現地に着いてからはフザけないでくださいね」


ため息を吐いたアシュリーが釘を刺してくる。


「けど、ルーマニアってことは飛行機に乗るってことだろ? それが撃ち落とされたりしてな!」


けらけらと冗談を言って笑う俺を冷たい目のアシュリーが一瞥する。


「飛行機では行きません。あんな吸血鬼までご用意していたリーマンが、そんな筒抜けな移動手段にサプライズを用意していないとは思えないですし」


「おいおい、俺はいいけど自力で行くってなるとそれなりに時間も掛かるぞ?」


全力疾走すれば翌日には着けるだろうか。


「バカですか? 誰が九千キロも泳いだ走ったりするんですか。私たちをあなたみたいなびっくり人間と一緒にしないでください」


「九千キロ!? オイラもさすがにその距離を休みなしで走るのは無理だぞ……」


「うるせえなあ。なら、どうやって行くんだよ」


「ここは日本からルーマニアへの道を繋ぐ唯一の交通機関、魔導列車で行きましょう」


魔導列車とは、賢者が世界を救った後に作られた、賢者が統治する国々を繋ぐ物のようで。


別名、世界列車とも呼ばれているらしい。


「いや、自分のとこに来るって分かってる列車なんかに乗ったら、それこそゴルドールにバレちまうだろ」


「それは大丈夫だと思いますよ」


「なんでだよ?」


アシュリーは顔色ひとつ変えずに答える。


「魔導列車には一般客も乗っていますし、賢者も使う事があるので乗客の機密性は高いはずです」


「でもさ、賢者にその乗り物内で会っちゃったら、そのまま戦うことになっちゃわないか?」


そんなウォロフの疑問を今度は俺が否定する。


「戦いになる可能性は低いと思うぞ。それって全賢者の総意で作られたんだろ?」


「まあ、そうでしょうね。賢者の居る国々を回るので」


「いくら偉くても一人の賢者がその列車で暴れたら、そいつは他の賢者達を敵に回すことになる」


そうなれば一気に手のひら返しをくらい世界の敵になる。


「だから、車両内では流石に攻撃はしてこねえと思うぜ」


俺が言い終わると一瞬の沈黙が生まれる。

どうやら、お互いこれ以上の質問はなさそうだった。


「では……魔導列車で向かうということで。二人ともいいですね?」


「オイラはよくわかんないから、ツルギの強さが見れるならそれでいいよ」


「俺もアシュリーとウォロフが安全そうならなんでもいいぞ」


「では、行きましょうか」


俺達の返事を聞いたアシュリーは、表情を引き締めてマンションのエレベーターに向かって歩き出した。

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