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不吉な予感、赤く汚れた室内と賢者の残り香。


建設途中で鉄骨などがむき出しになっている最上階"だった"場所に、アシュリーとウォロフも剣を追って到着する。


「え、このビルまだ完成してないのか? 工事の途中じゃん」


ヨハンと剣の戦闘を知らないウォロフが周囲を見回す。


「いえ、これは剣さんが元々最上階だった社長室を切り落としてしまったので、ただいま修繕中なんですよ」


「マジか、ツルギってビル輪切りにできるんだ……ホントに人間なの?」


「その気持ちは分かりますよ。私もあの人の仕事での活躍を聞くたびに人間かどうか疑っています、本人はそのつもりのようですが」


自分たちより余程危険なおじさんは二人は納得いかなそうに語りあう。


「では、剣さんもそろそろ潜入していると思いますし私たちも行きましょうか」


と、肩を叩こうとしたアシュリーの手をウォロフがするりとかわした。


「うん、そうだな。早くしないと入る前にツルギが屋上まで来ちゃうかもしれないし」


「ウォロフくん、どうして少し距離を取って話しているんですか?」


「いや、なんか身の危険を感じるから……」


「はあ、中に入ったら戦闘員ではなくても銀の弾丸を装填した銃くらいは持っているかもしれませんので、守りにくいのでもう少しこっちに来てください」


アシュリーが肩に手を置こうと一歩近づいた瞬間。前を歩くウォロフが至近距離で振り向く。


「ホントか?」


「ゔっ!」


不安そうに潤んだ目で自分の顔を見つめるウォロフの瞳と視線が合いアシュリーの心臓にエンジンがかかる。


「どうしたんだ!? すごい声を出して!」


「大丈夫です……ただ予想外の不意打ちを受けたもので、少し動転してしまっただけです」


「言ってる意味はわかんないけど、とりあえず大丈夫なのか? なら、そろそろ潜入しよう」


ウォロフが屋上から入り口ではなく、ただの穴から続いている階段を指し示す。


その時、ブラックパージ社の一階の方からとてつもない轟音とともにビルが揺れる。


犯人の心当たりは一人しか居なかった。


「はあ、潜入のはずだったんですが、どうやら剣さんはなにも聞いていなかったようですね」


顔に手を当てて、溜息をついたアシュリーを見てウォロフが声を上げる。


「え、このままじゃ中の人間達が全員ツルギのとこに行っちゃうんじゃないか!?」


「おそらくそうなるでしょうが、心配しなくていいですよ。あの人もそれが狙いでしょうし私たちはじっくり賢者への手掛かりを探しましょう」


アシュリーは呆れながら前を歩いていく。


ウォロフはしぶしぶそれに従って、研究室のある階へと階段を降りる。



最上階に降りた二人は人間を超えた五感を研ぎ澄まし、周辺の静けさと部屋中に飛び散った赤い液体を見て、状況の異常さを感じ取った。


「これ、ツルギがやったって事じゃないよね?」


ウォロフは部屋の臭いを調べようと鼻を鳴らして、無数の血の臭気に顔が引きつった。


「そうですね。さすがに剣さんでもここまではしないと思います」


そう答えたアシュリーもまた、明かりなどつけなくとも鮮明に見える吸血鬼の瞳で、机や椅子がひっくり返りめちゃくちゃになっている部屋を見渡した。


「っ! アシュリーさんこの部屋、酷い臭いに紛れて微かに賢者って奴の匂いが混じってる!」


「そうですか。では賢者はここに来たということですね……問題は何故ここに居たのか、ですね」


最上階のオフィスルームで社長自ら社員たちにありがたいお話でもしていたのだろうかと、アシュリーは思案する。


「これをソイツがやったって事じゃないよね?」


「出来るか出来ないかで言えば、できると思いますが、今は憶測で話すより研究室へ急ぎましょうか」


考えても答えの出なそうな疑問の答えを求めて、二人は目的の部屋へと歩き出す。



研究室の前に着いた二人は、目の前の重厚そうな鉄扉に穿たれた大穴を見て、先ほどから感じている嫌な予感がさらに増した。


「開ける必要がなくなったのは助かりましたが、こんな扉の開け方をする人間はいませんね」


扉の横に付いている、電子音を鳴らすしか役目のないキーパッドを眺めながらアシュリーが呟く。


「それってここに化け物が居たってことだよな? マズいんじゃないのか」


「いえ、そんな事よりここに来るまで一人たりとも襲われた人間なんて居なかったですよね?」


「うん。色んな血の臭いはしたけど、血の流れ先の人間は確かに一人も見てない」


「私はその事の方が気がかりなんです。それに平然と目的地に向かったブラックパージの方々の様子からして、この出来事は仕組まれて起きている事になります」


非戦闘員しか残っていない会社で、部外者が数分間の猶予でここまでの惨状起こしたとは考えにくい。


「ってことは、剣の言う通りこれは罠で賢者は化け物を仲間にしてるってこと?」


「断定はできませんが、私の見解はそんな所です。そしてこのビル内にその刺客が今も息を潜めて私たちの事を狙っているのかと……」


吸血鬼を生け捕りにしているゴルドール・リーマンが化け物と手を組んでいたとしても不思議はない。


「え、でもさっきから鼻を利かせてるけど、さっきの血の臭い以外はしないけどなあ」


「さっきの痕跡の中に化け物の血があったとしたらどうですか? あの場に居た化け物が一匹ではなくしかも化け物同士で争った痕跡だったら」


それなら犠牲者の人間が一人もいないのも説明がつく。


それにアシュリーは知っている吸血鬼が同族の血を吸うことで更なる力を得ることを。


流石に(ブラッド・)呪文(スペル)を使えるような人はそう簡単には現れない。


でも、もしここで共喰いが起こっていたとすれば、少し厄介かも知れませんね。


アシュリーの心配は、このビル居た吸血鬼が二人や三人ではなく十を超える数だとしたら相手の力も相当なものになってしまうという事だった。


「うーん。どうやら研究室にも賢者は居たみたいだけど、臭い以外には何も無さそうだね。アシュリーさんがいいなら下の階に向おう」


ウォロフは研究室を覗いていた顔を穴から引っ込めて、アシュリーに次の行動を確認する。


「ええ、そうですね。おそらく何かしら情報を手に入れていそうな剣さんの元に向かいましょうか」


階段を降りるウォロフの背後を歩くアシュリーは、想定より増してしまった危険度に気を引き締め目の前の少年を守り抜く覚悟に火を灯した。

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