最強の男の最悪な目覚め。その六
俺が降りた場所は八百屋や肉屋が並んだ商店街を覆うアーケードの入り口。
しかし、少し様子がおかしい。夜といっても、午後七時はまだ店終いするには早すぎる。
それなのに辺りはさながらゴーストタウンの雰囲気を醸し出していた。
どうやら偶然にも当たりを引いたらしい。こんな異様な状況、何か居なけりゃ説明つかねぇよ。
俺は少しばかり気を引き締めて、アーケード内に足を踏み入れる。
「貴様、誰の許可でここに足を踏み入れているんだ小僧?」
突如として現れた声。
素通りしようした人の気配が全くしない肉屋の中。神父の様なデザインの服を着ている男の吸血鬼が立っていた。
しかし、先ほどとは明らかに様子が変わっている。
服の上からでも分かるほど筋肉が膨張した体格に、厳しい表情。
顔にはさっきまでの爽やかさはカケラも残ってはいない。
一瞬、誰か分からなかった。
吸血鬼の片割れ(残念ながら男)は、肉屋のカウンターを飛び越えて出てくると静かに歩いて、こちらとの距離を徐々に詰める。
数歩進んでお互いに手の届く距離に入るや否や、なんの警告もなく殴りかかってきた。
「誰の許可でって、吸血鬼に言われたら終わりだろ」
俺は顔に押し付けられた顔とほぼ同じの大きさの拳を退ける。
「ちょっとイラッとしたから、今からお前を捕獲出来る範囲内で殴るぞ?」
「やれるものならやっ――!?」
もちろん簡単なので、俺は吸血鬼の顔面に拳を叩きつけた。
しかし、流石は吸血鬼。
もう一度肉屋に吹っ飛ばしたのに、すでに瓦礫の山となった肉屋の店の下敷きになっても、すぐに立ち上がる。
まだまだ元気そうだな。
「おーい、まだ終わってねぇぞ!」
ひとっ跳びで、瓦礫から立ち上がったばかりの相手の目の前へと滑り込む。
続けて、先ほどよりも強めに今度はみぞおちを叩く。
「ガッ!?」
殴られた吸血鬼が空気を吐き出す。
「まだまだぁ!」
ガラ空きになった顎目がけて、少し弱気で下からアッパーの形で拳を振り抜いた。
ゴッと、鈍い音が鳴り、吸血鬼が宙に打ち上がる。
「そーれっ!」
落ちてきた瞬間を狙い。落下してきたでかい図体を真横に蹴り呼ばす。
吸血鬼は勢いを殺さずに軌道上の民家二、三軒を突き抜け、身体中を木片で飾り付けて飛んでいく。
「おーい、もうギブか?」
吸血鬼は話す気がないのか、喋る気力もないのか全く返事がない。
「じゃあ、まだ続行って事だな」
それを無言の肯定と受け取り。
壁をぶち破りながら、吸血鬼の飛んでいった三軒先の家へと向かって跳んで行く。
「……居ない?」
たどり着いたボロボロの民家。
貫いた壁の痕跡からここまでしか飛んでない筈の吸血鬼の姿が室内に見当たらない。
どこかに隠れて反撃のチャンスを窺っているのか。それとも隙をついて逃げるつもりか?
一応、床に積み上がった瓦礫の山を蹴り飛ばしてみたがそこにも姿はない。
「ハッハッハッハ、我を見つけられんだろう。それもその筈だ! 夜の支配者である我々吸血鬼にお前ごときが敵うわけがなかろう!」
身を隠した臆病な吸血鬼の自信過剰な声がどこからともなく聞こえてくる。
「さっきまで、されるがまま殴られてたじゃねえかよ」
どうやらこの口振りだと、吸血鬼は暗闇の中に隠れているらしい。
面倒くさいが仕方ないアレをやるしか無さそうだ。
いくら俺でも見えない敵を殴る事など不可能。だが、それでも逃げられるわけにも行かない。
盾石のオッサンから報酬もらわなければ、今日の祝杯がかなり質素なものになってしまう。
それは明日からの俺の生活にも大きく関わってくる問題だ。
「仕方がないから、とっておきを見せてやるかな」
首を左右に曲げて小気味の良い音を立て、何処に居ても奴に聞こえるように俺は声高らかに宣言する。
「そろそろかくれんぼは終わりだぜ? 鬼のくせに隠れてんじゃねえ!」




