新生活。五年ぶりのデートに邪魔者はつきもの。その三
紗世の悲鳴に応えるため身体を圧迫する金属の感触を押しのけて、俺は微かに物音のする左上に向かって腕を突き上げる。
伸ばした腕が突き破った場所から開けた視界には、先ほど俺へとトラックで突っ込んできた運転手が見えた。
「おい、何してくれてんだお前」
「お前、なんでそんなところからっ? てゆうか、なんで生きてんだ!?」
俺が生きていることや衝突の際にトラックの運転席の真下にめり込んでいたことなど、どうでもいい。
それより重要なことは、この男が俺の命を狙ったブラックパージの隊員で。んなくだらない事に紗世を巻き込んだってことだ。
「質問してんのは、俺なんだよ。全身黒スーツ野郎!」
自分の内側で感情が煮えたぎるのに従って、運転手の首に突き上げていた手を伸ばして鷲掴みトラックのドアを蹴破って道路へと降り立つ。
「くっ、このっ。離せおら!」
もがく男が抵抗するために、ポケットから取り出してナイフを向けてくる。
俺はそのナイフを手刀で弾いて、男を地面に叩きつける。
「がっ!?」
それだけで男は身体から力を抜いて、怯えた表情で瞳に俺を映す。
そんな顔をしたところで許してやるつもりなど無いというのに。
「剣無事だったんだ。……その人、知り合い?」
怒りと責任感に任せて握り締めた拳で、男に最後の一撃を喰らわせようとした瞬間。
背後から聞こえた紗世の声に、はっとして我に返る。
冷水を頭からかぶったように思考が鮮明になっていくと同時に冷静さを取り戻して、男に最後の一撃を放って気絶させる。
しばらくすれば、こいつの仲間がお迎えに来てくれるだろう。
「いや、知らねえ奴だな。おおかたアクセルとブレーキでも踏み間違えたんだろ。というか俺なんかより紗世は大丈夫か?」
振り向いた俺の顔を見て、不安そうに瞳を揺らしていた紗世が安心したように微笑む。
「そっか、よかった。剣が大丈夫ならわたしは大丈夫だよ」
「ああ、大丈夫大丈夫。それと……ありがとな」
あの瞬間、紗世が声を掛けてくれなければ大丈夫ではなかっただろう。俺もあの運転手も。
「わたしはなにもしてないけど、どういたしまして」
紗世はとぼけながらも、きっと通じた俺の礼に対して少し自慢げに答えた。
「じゃっ気を取り直して、デートの続きと行こうぜ?」
「うん! 久しぶりに楽しもー」
俺が差し出した手を紗世が握って、お互いに歩き出す。とんだ邪魔が入ったが、今日はまだ始まったばかりだ。
俺は一緒に居る日のサービスというのは手を抜けないと改めて実感していた。
その後は、ひたすらに紗世の行きたい場所に行きやりたい事をすることにした。
服屋では数着の上着をなんでも見比べては、俺に試着をさせて喜んでいた。
結局、最終的には無難に黒いジャケット選んでくれたのには安心する。
あまり奇抜な物を選ばれても着るに着れなくて持て余してしまうので、そのくらいが丁度いい。
他にTシャツやジーパンも違うものを進められたが、いつ破けるかも分からないので、それは次の機会にして店を出た。
二軒目は、紗世が微妙な顔をして難色を示していた草履の代わりを探すために靴屋に向かう。
紗世はまず洒落た靴を勧めてきたが、丈夫な物という俺の言葉を聞くと近くの店員のところに駆け寄って何やら聞きに行く。
そして、戻って来るなり他の売り場へと引っ引っ張って、唐突にミリタリーブーツを勧められ俺はその中から靴底が青い黒いブーツを購入する。
そのまま、履き替えていつもと違う地面の感触を踏みしめて外に出た。
それかしばらく歩るきながらすっかり日も落ちて、町が茜色に染まっていく景色を眺めながら一つ思いつく。
「なあ紗世、もう一軒行きたいところがあんだけど付き合ってもらっていいか?」
「うん、もちろんだよ。服と靴も換えたし次は帽子かな」
「いや、そういうのじゃないんだけどな」
「???」
そう言って顔に疑問符を浮かべた紗世の前を歩いて、目的地へと向かう。
向かう途中で何度も行き先を聞かれたが、着けばわかると言い聞かせて歩き続けた。
「ここだな」
店の前で店名の看板を見上げながら俺は足を止める。
「え……ここって」
駅前にあるこの店を見るたび、いつかはこんな事があるかとは思いながらこの店を遠目に眺めていたが、今日だとはさっきまで考えてもいなかった。
そんなことを考えながら、アクセサリーショップの前で固まっている紗世に声を掛ける。
「立ち止まるのは商品の前にしないか? ここにずっと立ってても仕方ないし」
「剣って、こういう事はいつも絶対教えてくれないよね」
「大丈夫だって、俺も中に入るのは初めてなんだし」
そう言って、紗世の背中を押しながら一緒に店内に入った。
紗世が迷った末に選んだお目当ての物を購入して、店の外に出る。
さっきまで茜色だった街並みはすでに暗闇が月明かりと街灯に照らされていた。
「ありがとね、剣。わたし、これ大事にするね」
指に左の薬指にはめた指輪を指でなぞりながら、愛おしそうに呟く。
「いや、そんなに高いもんでもないし無くなったら、また買えばいいだろ」
「も~またそういうこと言う! わたしが大事なんだから値段なんか関係ないの!」
空気を読まない俺の発言に、紗世が抗議してくる。
だって、結婚指輪でもあるまいし大げさだろ。
「はいはい、そうですね」
「剣も無くさないでよ、それ」
と、俺の左手にはめているまったく同じデザインの指輪を見ながら紗世が言う。
「まあ、外す機会がないと思うし無くさないだろ」
それを聞いて、なぜか紗世はニヤニヤと笑いだす。
「ふ~ん」
「なんだよ?」
「ううん、別に。ただ嬉しかっただけ」
怪訝に思った俺に、満開に咲いた笑顔を見せた紗世が早歩きになって背を向けて歩き出す。
「そうかい、そりゃよかったよ」
浮かれた様子で前を歩く紗世を眺めていると、俺も自然と笑みがこぼれた。
はあ、こんな空気で気づきたくはなかったなぁ。
俺達のこのひとときに水を差す追手の存在になんて。




