迫る決戦の日。それぞれが日常を過ごして研ぎ澄ます、怒りと覚悟。
「それでは無駄話も済んだので、私の調べでわかった情報をお話しします。いいですか、役立たずさん?」
お説教が終わり、やっと本題に入ろうかという時。アシュリーは言い足りなかったのか最後に余計な一言を満面の笑みで付け足した。
「はいはい、とっとと始めてくれ。どうせ、俺が喋ることなんてないしな」
「ええ、私は戦闘だけではあなたを頼りにしてるので」
「そりゃどうも」
俺のおざなりな返事も気にした風もなく、アシュリーは今日の本題を話し始める。
「まず、私がコウモリの姿で潜入してきたんですが、ブラックパージ社の社員が話していた内容によると六日後に会社の上層部が直々に成績の調査のため視察に来るようで、護衛の配置などを確認していました」
この前、襲撃してきた下っ端は知らなくてもお偉いさんなら賢者の居場所くらいは把握していてもおかしくない。
「なるほど、六日後に来るそいつらにちょっくら挨拶して賢者の居場所を聞くって作戦だな」
「なぜわざわざ直接聞く必要があるんですか……そんなことしたら私たち二人とブラックパージ社の全面戦争になりますよ? いいですか、その日ブラックパージの戦闘員は護衛で数時間会社から居なくなるらしいんです。ですから……」
「手薄になって会社に乗り込んで賢者に繋がる情報を盗みに行くってことか」
普通に真正面からは乗り込んでも構わないが、被害は少ないに越したことはないか。
「そうです。そこで手に入れた情報を元に賢者の居場所を突き止める。もしくは、居場所そのものが分かれば賢者一人の命で私の復讐は、果たせます……!」
ぎりっ、と奥歯を噛み締めて、アシュリーが自分の拳を睨みつける。
父親の仇なのだから気持ちが入って当然だ。俺だってこの作戦はこれからの始まりに過ぎないので失敗するわけにはいかない。
「確かに、賢者が吸血鬼たちをとっ捕まえてなにしてるか分からないが、他の奴に恨みなんてねえし犠牲者は少ない方がいい」
「はい。というわけですので、この見取り図を渡しておきます。六日後の作戦までに頭に入れておいてくださいね」
アシュリーが手渡してきたなにかの地図のような紙を受け取って、一瞬固まる。
その紙は、ブラックパージ社・社内見取り図と書かれており数枚の用紙に分かれた会社の全ての部屋の場所と名前が書かれた物だ。
「こんなんどうやって入手してきたんだよ!?」
「ですから、コウモリになって拝借して来ましたよ」
アシュリーはそんな重大な功績を、ものすごく簡単に言ってのける。
「だったら、機密情報もその姿で盗ってきてくれりゃあいいだろ」
「それは不可能です。見たところ機密エリアへの扉に入れるのはその支部の社長と上層部の人間だけ、それ以外の人間は近寄ることさえ許されてはいません」
真面目な顔で述べたアシュリーの理由に対して、俺は不可能な理由が解らず首をかしげる。
「いや、ぶっ壊して開ければいいじゃねえか。その扉」
アシュリーは見た目通りの金髪でスタイルの良い美女などではない。少し頑丈と言っても鉄の扉など簡単に破壊できるヴァンパイア・ハーフのはずだ。
「……剣さん、私はあなたと違って状況の後先を考えて生きているので、そんな重要な部屋の扉が破壊されたら警報と共に大勢の戦闘員が押し寄せます。次の瞬間には銀の弾丸で全身に空いた穴から血を噴き出して死ぬなんて御免です」
「え……アシュリーってあんな奴らに負けるのか、嘘だろ」
アシュリーの自虐とも取れる珍しく弱気な発言に俺は驚きを隠せない。
この子でもこんな謙遜するもんなんだな。
「剣さんは自分の異常さが分かっていないようなので、ハッキリと教えておいてあげますが」
「ん? お、おう」
「私の場合、一対一ならともかく一気に数十人もの相手が私の弱点となる攻撃で一斉に襲い掛かってきたら、私の血を全て使い切ったとしてもその場に存在する敵を葬るのがやっとで、その後に増援などが来た時点で終わりです」
アシュリーの表情は冗談を言っているようなものではなく、むしろそれを分かったうえで胸を張って言っている様だった。
いや、胸を張っているというのは気持ち的な意味で、彼女の部屋着にはこれ以上胸を張る面積など残されてはいないけれど。
「マジかよ……俺の知る限りこの身体に傷をつけられる技を持っている奴なんて化け物でもほとんどで会ったことないんだけどな」
「ええ、私も驚きましたよ。半分でも吸血鬼として生まれた自分を、初めて平均的な才能しか持っていなかったと錯覚してしまうほどに……」
「そういうもんか。でも、俺にも弱点はないわけじゃないからそこは気をつけないとな」
またいつか紗世が危険な目に遭うなんてことが無いように……今度は必ず守り抜く。
だから、今ならこの最強の身体に感謝の念すら抱いている。
「女性のことですか? それは本当気をつけてくださいね」
「……なあ、俺がなにしたって言うんだよ。いい加減その評価は改めてくれないか」
「それを私に言いますか。そう仰るなら、せめてその視線を逸らしてから言ってくれませんか?」
未だに組んだままの足に注がれていた視線に気づいたアシュリーが、その上に手を置いた。
「なにを言うかと思えば、会話中に相手から視線を逸らすなんて失礼だってことくらい俺でも知ってるぞ」
「では、ほとんど顔を見ていないのも失礼ということも覚えて帰ってください。というか、さっきから時計を何度も確認していますが、剣さん急ぎのご予定でもあるんですか?」
ほとんど無意識に眺めていたので、俺はアシュリーの問いかけに少し遅れて返事をしてしまう。
「いや、今うちに古い知り合いが遊びに来ててな。俺ん家なにもないから少しばかり心配でな」
今頃、紗世が家に訪ねてきた見ず知らずの奴をちゃんと無視できているか不安だ。
押し売りとかに言い負かされて、よく分からない商品を売りつけられたりしていないだろうか。
「あなたやる気あるんですか? これから復讐をしようって時に知り合いと遊んでるとか緊張感が足りてないんじゃないですか」
俺の間の抜けた発言に、部屋の空気が張り詰めアシュリーの瞳に怒りが宿る。
そんなアシュリーの切り裂くような視線を真っ向から受け止めて、俺も視線をぶつけて真摯に答える。
「おいおい、馬鹿にすんなよ。俺だって賢者に会える日をこの五年間待ちわびてたんだぜ? 今は自分の中でやる気が漲って仕方ねえよ」
「言葉だけは信用しておきますが、剣さんが使えないと分かったら私一人でやらさせていただきますので、そのつもりで」
一応といった形で殺気を収めたアシュリーは、つまらなそうな声で言う。
「ああ、作戦では役に立てなかった分戦闘の方では期待以上を約束するぜ」
「口だけじゃないことを期待していますよ。では、また五日後の夜にこの場所でお会いしましょう」
「了解だ。じゃあ俺、最低限の生活用品を買って帰らなきゃいけないから、また五日後な!」
「……」
別れの言葉を口にして、無感情なアシュリーに背を向ける俺はこの部屋に来た時と同じ窓から来た時より少しばかり寒くなった夜空へと飛び出した。




