相も変わらず化け物退治、踏み込んだのは餓狼たちの寝ぐら。その二。
暗がりに浮かぶ三匹の人狼の熱視線を浴びながら、俺は拳を鳴らして戦闘態勢を整える。
「やってくれたな、人間。よくも同胞にそんな屈辱を味わせてくれたなっ!」
「それお前らが言えた台詞じゃねえだろ。散々人間を食いやがった野郎がよ」
部屋中に寝そべっている人間だった者の影を眺めながら、俺は辟易とした気持ちになる。
人間を食料だと見なしているからそんな考えができるのか知らないが、闘うということは己が死ぬという可能性を知った上で抗うため行うものだろ。
「俺たちは生きるために狩っているだけだ。それは家畜を食うお前ら人間と同じことだろう」
「だから、人にやったことは自分に返ってくるんだろアホ。その覚悟を持って命を奪えよ」
そんなくだらない会話を俺がスカーフの人狼と喋っていると、左右から二匹の人狼が俺の頭と足に同じタイミングで拳と蹴りを叩き込んでくる。
身体の上と下で別々の角度から衝撃を与えられて、俺の身体がプロペラのように回転して浮く。
と、でも思ったのだろう。
その場に立ったままの俺は、顔に押し付けられた拳を手で掴みながら、肘鉄をその人狼に顔面に叩き込む。
「俺が仲間と喋ってんのに殴りかかってくるとは、躾がなってねえ犬だなぁおい!」
人狼は顔に肘が食い込んでいるが掴まれて吹っ飛ぶことのできない為、衝撃が右肩の付け根にかかりメキメキと嫌な音を立てる。
「オォォォォン!」
あまりの痛みに雄たけびを上げている仲間を救うため。俺の足にローキックをかましていたもう一匹が首に噛みつこうと、勢いよく跳びかかってくる。
「やるよ」
俺は掴んでいた人狼を、目の前のスカーフの人狼にパスする。
「それから、不意打ちにもなってねえ、ぞ!」
そして、宙に浮いている回避などできる態勢ではない絶好の的である人狼の顔面に膝を食いこませ、残った片足を腹へと突き刺し二段蹴りで打ち上げる。
飛び上がった仲間が天井にぶつかって受け身も取らずに力なく落っこちた姿を眺めながら、スカーフを着けた人狼が牙も爪も剥き出しにして俺を睨みつけている。
「グルルルルゥ、お前だけは許さんっ! 必ずこのおれの手で殺す!」
手を地につけて狼としての本来の姿である四足歩行になり、瞳を閉じて闇の中に消える。
くそ! 目が慣れてきたと言っても手が届く距離だけだ。この状況で逃げられたら二人の一般人を狙われる可能性がある。
なんとしても、奴の目標を俺から変えられるわけにはいかねえ。
「おい、奇襲する気ならさっさと出てこい犬っころ! それともこの足元のお友達はもう用済みか?」
俺が足元で倒れた人狼を突こうと伸ばした足へと、奴は暗がりから視界の中へ跳びこむ。
足に噛みつこうとするスカーフの人狼に、足を後ろに下げる勢いのまま回転して、後ろ回し蹴り繰り出す!
俺の踵が、奴の横っ面捉えて吹き飛ばす。
飛んでった人狼が壁に思いきり背中を打ち付け、床に落ちた音を確認して目の前に視線を向ける。
あと立っているのは、浅い呼吸で右手を抑えて立っているのがやっとの人狼だけ……
っと、そう簡単に終わる気はないらしい。
スカーフの人狼が立ち上がり、足に付けていた小さなポーチからなにやら光り輝く電球のような片手サイズの球を取り出した。
その球を取り出した瞬間、途端に暗闇だった部屋中が鮮明に見える程の光で照らされる。
「お前、その球をどうやって手に入れた」
「おれにはこんなもんを渡された意味がよく分からなったが、今なら分かるぜ。これはお前がここに来た時に使えということだったんだ! お前のようなおれ達人狼を脅かす存在が現れた時の為になあ!」
スカーフの人狼が投げた光る球体が、カチカチと音を立てて、俺の胸の前で浮いたままにもかかわらず動きを止めた。
やはりそうだ。こんなことができるのは、こんな奇妙なことが起こるのは俺の知っている限り魔具だけだ。
魔具。それは魔力を操る者にしか扱えない、魔力を流すことで動き出す物または自身の魔法を閉じ込めて物体から炸裂させる魔法具。
ガキの頃の俺にはどういうことかよく分からず流して聞いていたが、目の前で見て直感した。
光を放ち俺の目の前で、宙に浮いている球体の音が唐突に止む。
瞬間、俺は窓の外でこちらを覗いている柄シャツの男に向かって叫ぶ。
「伏せろ!」
言った俺もすぐさま足から力を抜いて、膝を曲げて身体ごと地面に倒れ伏した。
その時、球体から一際大きな光が発生し、中央から上下に開く。
開かれた球体の間から光の輪が飛び出て、一瞬で部屋の壁へと向かって拡がっていく。
「なんだこれは!? よく分からんがなんの役にも立たん――」
言葉の途中で、輪に触れた二匹の人狼は二つになって床に音を立てて崩れ落ちた。
その後、壁にたどり着くギリギリのところで自然消滅した光の輪と共に、球体が光を失って床に転がったのを確認して俺は、窓の外に向かって声をかける。
「おい、無事か? 生きてるなら返事しろ!」
静寂が支配した空間には俺の声が空しく響くだけで、返事は返ってこない。
「まさか!?」
俺の脳裏に最悪の光景がよぎり慌てて窓の外へ飛び出して、男の姿を確認する。
「おい……」
柄シャツの男は抱えた膝に顔を埋めていた。安心は出来ねえがとりあえずは無事みたいでほっとする。
「無事なんかじゃねえっすよぉ。なんでこんなことが目の前で起きてて正気を保って居られるんすか、あんた」
「この町では最近じゃ一日十件は化け物絡みの事件が起きてるらしいぜ。だから、無関係の人間からしたらまだまだ他人事かもしれないが、これも間違いなくこの町の日常なんだ」
男の疑問に、俺はこの前盾石のオッサンが聞いてもいないのに突然喋り出した話を聞かせてやる。
「はあ!? なんでおれたちの町なんすか……」
「この辺じゃ人間が一番多いからとかじゃねえのか? 大概の化け物にとっちゃ巨大な餌箱みたいなもんだしな。知らんけど」
「はあ、もうやだ。おれなんかしたかなぁ」
俺の言葉を聞いてうなだれる目の前の男に、置かれた状況には同情するが少しばかり腹が立ってくる。
「おい、愚痴る前に友達を迎えに行かねえのかよ。別に俺一人で行ってもいいが、こんなおっさんが一人で現れたら面倒くさい反応されそうなんだが……」
「ぷっ、確かにそのよれよれのジャケットとジーパン姿は不審者にしか見えないっすね。痛っ!?」
「分かったならさっさとついてこい。俺だって暇じゃねえんだぞ?」
失礼な若者を小突いてから歩き出すと、後ろから立ち上がった柄シャツの男の声がした。
「あ、でもおじさん。顔はまあまあイケてると思いますよ? おれが女だったら絶対惚れてますよ!」
「そんな取ってつけたようなお世辞なんていいから、さっさと歩け」
「ちぇっ本当のこと言ったのに、褒め甲斐ねえなぁ」
満点の星空の中、俺は結局まだまともに吸えていなかった煙草に火をつけながら天に祈る。
ここで犠牲になってしまった数名の魂が安らかに眠れる場所へと辿りつける様にと。




