最強の男の最悪な目覚め。その五
そんなコンビニの缶ビールで一人宴会を開こうとしていた俺の邪魔するように、ポケットのケータイが着信を鳴らした。
「はい、もしもし」
『もしもし、じゃねえだろ。分かってるか? オレがお前に電話をかける時は仕事の依頼か、お前がふざけた事をしでかした時だけだ』
電話の相手は、俺の雇い主の男。盾石徹。
近年増え始めた警察組織では手に負えない化け物絡みの事件や問題を解決する為に自ら設立した会社。モンスターバスターの社長をしている男だ。
「で、どっちなんだよ?」
『オレのこの機嫌の悪そうな声でわからんか? 当然後者だ』
どうやら今日はクレームのお電話らしい。
そういうマニュアルは用意していないので、親切丁寧にお客様の話を聞くしかないのが辛い所だ。
「俺が今日やった事っていったら、家の前で女を拐おうとしてた怪しい奴らを懲らしめただけだぞ?」
『その怪しい奴らとオレの部下が今日、吸血鬼のつがいを協力して捕獲する筈だったんだが……』
「へえ」
『どういう訳か協力組織が合流地点に向かっている途中で化け物みたいな強さのTシャツジーパン姿の男に邪魔されて、オトリ用の吸血鬼のメスを取り逃がしたらしいんだわ』
「あーそうなのか。大変だなぁ……」
「ふざけてんのか、お前心当たりあるよな? 責任取ってお前がその吸血鬼を捕まえてこい!』
アイツらかぁ、めんどくせえ。
昼間っからあんな目立つとこで女なんか拐ってたら、俺が止めなくても普通に通報されてたんじゃないのか。
「別にいいけど、それって報酬出るのか?」
これが、俺がこのオッサンの頼みを聞く唯一の理由。
俺みたいな馬鹿力で並外れた身体能力を兼ね備えた男でも、それ以外何も出来ないんじゃ仕事なんてそうそう雇ってもらえやしない。
この世界って、意外と脆い物ばっかりなんだよなぁ。
『どの口が言ってんだ。……もちろんちゃんと報酬は用意してある。だからしっかり報酬分は働け──』
こっちの返事も待たずに、通話が切られる。
後にはプープープー、と電子音が虚しく数回くり返し聞こえるだけ。
あのオッサン、自分が言いたい事だけ言って切りやがった……
ケータイをポケットにしまいながら、コンビニに向かう身体を回れ右して来た道を戻る。
まあ、でも仕事の依頼と言うのはありがたい話だ。
財布の中身もそろそろ頼りなくなってくる頃だと思っていたし、きっちり働いて、今日は大きい方の缶ビールだな!
そうと決まれば、まずはさっきの吸血鬼達の居場所を特定しなければ何も始まらない。
「とりあえず、高いとこにでも登って探すか」
それから数時間。
俺はビルに登ったり、灯京で一番高いタワーに登ったり、あちこちの高い場所からこの街を隅々まで見渡した。
が、あの女吸血鬼の姿はない。
男の方は、正直あんま覚えてないんだよな。
でもまあ良い女は一度見たらそうそう忘れないので、女の方だけ見つければ恋人である男の方もすぐ見つかるだろう。
我ながら完璧な作戦。
しかし、ここまで探しても見つからないとなると、もうこの街にはいない可能性も出てくる。
そうなったら隣町まで出張か。あのオッサン、交通費出してくれっかな?
いや流石に、十数キロじゃ走って往復出来る距離だから無理だな。
そんな事を考えている内に、辺りはすっかり日が暮れ、街がオレンジ色に染まっていく。
俺はそんな夕陽が沈んでいく絶景を、この街の一番高い場所から見下ろす。
今のところ今日の良いことなんて、一人で見るには勿体ない、この景色くらいだった。
しかも、日が暮れて夜になるまで一切姿も見せやしねぇし……ん? 夜……見ない?
そこで俺は、自分の致命的な見落としに気がつく。
アイツら吸血鬼なんだから夜しか外出しないじゃねえか!
ちくしょう……時間を完全に無駄にしちまった……
やる気が底まで一気に急降下する。
けれど、報酬のために投げ出すわけにも行かず、項垂れた俺は徒労感が充満する体に鞭を打って顔上げた。
とりあえず暗くなってきたし地上に降りて探すか。
仕方なく登っていた鉄塔から近くに飛び降りて、辺りを確認する。
「妙だな、この辺ってこんな静かだったか?」
そこはまだ夜が始まったばかりだというのに、奇妙なほど澄み切った静寂に支配されていた。




