最愛の人との再会。過去の懐かしさと現在の譲れない思い。その三。
「いや、どうかしたっていうか……逆にそっちはどうもしてないんですか?」
お義母さんの普段と全く変わらない口調に逆に俺の方が狼狽えてしまう。
「うーん、特にはないけれど……強いて言えば」
日常生活から面白い出来事でも思い出すような口調で、言う。
「はい」
「娘が剣くんの記憶を思い出して、そのまま探しに行ってしまったことかしら? それ以外は私も夫も普段通りよ」
「それだけあれば十分普段通りじゃないですよ! てゆうか知ってたなら連絡してください。紗世になにかあったらどうするんですか」
紗世の感覚だったら困っている人を見たらついでと言って、すぐそこへの買い物の帰り道から隣町まで行ってしまってもおかしくない。
「さすがに望位磁石を持って行ったみたいだし迷うことはないはずだから大丈夫よ、あの子ももう大人なんだし」
「そういう問題じゃないでしょう。紗世は普通の奴とは違うんですから」
「分かってるわ。私だって紗世がどこかも知れないところに向かったというのなら、私の呪いを使ってでも連れて帰るわ」
俺の心配そうな声を聞いて、お義母さんがやっと真面目に答える。
「だったら、なんで俺のところに紗世が来ちゃってるんですか? お義母さん達には事情は言ってありますよね」
横で子ども扱いをされてご立腹そうに頬を膨らませている紗世に、聞こえないようにささやく。
お義母さんには呪いで紗世の記憶から俺を忘れさせてもらう際に、この旅の目的は告げてきている。
「貴方のところだから心配していないのよ。だって、剣くんが紗世を守ってくれるんでしょう?」
からかうような言い方で、クスクスと笑いながらお義母さんは俺に問いかけてくる。
「もちろんですよ。でも危険な場所よりは少しでも安全なところに居た方がいいに決まってるじゃないですか」
ただでさえ、この町は怪物退治の会社が三軒もある世界的に見ても化け物が多い地域らしいし化け物など滅多に出ない田舎に居た方が良いに決まっている。
「そうね、じゃあ一週間だけ紗世のわがままに付き合ってあげてくれないかしら、そうしたらその子も少しは気が済むと思うし」
「ええ……大丈夫なんですか、それ?」
俺が言うのもなんだけど、そんなに一緒に居たら帰りたくなくなったりしないか?
「ごめんなさいね。でも元はと言えば剣くんがテレビのニュースになんか出ちゃったのが原因なのよ?」
「え、」
「私たちも紗世の周りにある剣くんの情報や痕跡は徹底的に消していたのに、朝のニュースでいきなり名前が出てきてのには、さすがの私も焦ったわよ」
紗世が俺を思い出したのって、あのニュースの所為だったのか。
そうと分かったら俺がお義母さんに言えることなどなにもない。
それどころか実の娘に呪いをかけさせて、そのうえ身勝手な行動で呪いを解いてしまったなんて、どうしようもない失態だ。
「あの、すみません。俺の所為とは知らずに勝手なことばかり言って」
さっきまでの失言の数々を思い出すと、申し訳なさで自分を殴り飛ばしたい気分だった。
紗世が居る手前、拳を握り締めてその感情は抑え込んだけれど。
「謝らなくていいのよ。貴方が紗世を大事に思ってくれていることは知っているし、私としても嬉しいわ。だけど、紗世の気持ちも分かってあげて欲しいの」
お義母さんは俺の失敗をなんでもないことのように優しく流すと、悲しそうに俺の胸をチクリと刺した。
「愛する人を五年間も忘れさせられていて、思い出した時には遠い町で危険な闘いをしているかもしれない。そんな時、剣くんならじっとしていられたかしら?」
「いえ、出来ません」
状況も言われている意味も理解した上で、俺は即答する。
そんなのどんなに大人になっても、俺には無理だ。きっと俺なら紗世を見つけ次第強引にでも連れ戻していた。
「だから、これは剣くんへの罰だと思ってほしいの。愛する人を騙していた代償として紗世を少しだけ貴方のそばに居させてあげてね」
そんな罰と呼ぶには余りにも幸せな条件なら、刑期が一生だって構いはしない。
「わかりました。すみません、無茶に付き合わせちゃって」
「いいのよ。ただし、こういうわがままはもう聞いてあげられないからそのつもりでね。私も実の娘をもう一度騙すのは無理そうだし、私の呪いは人を幸福へと導く手段と思って施しているから」
「はい、ありがとうございます。必ずこの呪いも幸福へと続くものにしてみせます」
そうでなければ、紗世の両親まで巻き込んでしまったことへの申し訳が立たない。
「最後に紗世に代わってくれる?」
「いいですけど、なにか話があるんですか?」
「まあ、許すと言っても注意はしておかないとね。特にその子は常習犯だし」
俺がケータイを顔から離して、通話中ずっと隣でそわそわしていた紗世に手渡す。
「代われって」
「え、わかった。……もしもしお母さん?」
電話を代わった紗世が、沈黙を埋めるように一定のリズムで相づちを打つ。
おそらくお義母さんに今回のことで静かな口調で淡々と怒られているのだろう。返事をする顔が口を一文字に結んで真面目そのものだ。
お互い世間知らずな俺達は、いつもお義母さんに怒られてはひたすら謝り倒して呆れられてたっけな。
「うん、うん、わかった。じゃあその時はまた連絡するね、はーい」
どうやら紗世との話はとりあえずついたようだな。話の終わった紗世が俺へとケータイを返してくる。
「若いっていいわねぇ、こっちまで照れてしまいそう」
「急にどうしたんですか、それに俺らは若くなんてありませんよ」
もう三十になるし十五年前に出会った時から考えたら、変わったことの方が多い。
もちろん、変わらないこともあるが。
「あら、私からしたらまだまだ若者よ。それじゃあ話は終わりね、後は若い二人の時間ということで母はお暇させていただきます」
「いや、だから――」
そんな言葉を否定しようとしたところで、プープーと、電子音を鳴らして唐突に電話が切れた。
「……相変わらずよく分からない人だなぁ」
昔から掴みどころがないというか、この人とはイマイチ意思疎通ができていない時がある気がする。
「あはは……お母さんマイペースだからね」
「さっき家を飛び出してきたお前が言うな。それとお義母さんから話は聞いたか?」
「うん、聞いたよ。一週間したら帰って来いってね、剣にはやることがあるからあんまり邪魔したらダメだって言われた」
「じゃあ、そういうことだから一週間よろしくな」
「……ねえ、一週間後に一緒に帰るのはダメなの? だって今の剣の生活ってこんなだし」
電球に照らされた空っぽのリビングを見渡しながら紗世が言う。
「わるいな、俺はまだ帰れない」
「どうして? それはわたしたちが一緒に居ることよりも大事なこと?」
紗世の視線が、嘘で逃げることを許さぬよう俺の瞳を捉える。
「それは違う。今は帰れなくても、俺が帰る場所はいつまでも変わらず紗世の居るところだよ」
それだけは十年前のあの日から何があっても変わることのない俺達の誓いだ。
「そっか、うん、わかった。じゃあいつか聞かせてね。剣がなにと闘ってるのか、その隣にわたしがいてあげられない理由も。それまでわたし話してくれるの待ってるから」
紗世に何の疑いもない真っすぐな目で言われて、またしてもごまかそうと喉に並べていた言葉たちを押しのけて心に浮かんだまじりっけのない思いを口にする。
「ああ、いつかきっと話すよ」
この闘いが終わった時には、必ず。




