最愛の人との再会。過去の懐かしさと現在の譲れない思い。その二。
「痛ってぇ! もう少し優しくやってくれよ」
アルコールの染みこんだ布を傷口に当てられて、情けない声を上げる俺に紗世が苦笑した。
「男の子なんだから、このくらい我慢してください」
「いや、そんなこと言われたってな。誰だって痛いもんは痛いんだよ」
「ふふ、こんなに逞しくなってすごく強いのに、剣子供の頃と同じこと言ってるね」
紗世が俺の腹筋を見つめながら何度も布ごしに、そのでこぼこの上を指でなぞる。
そのせいで傷口にアルコールが染みるたび声を上げる俺を、紗世がくすくすと笑う。
「我慢することが嫌いなだけだよ」
「……それで? この傷はどうやってできたのかな。明らかに鋭い刃物で切られたような痕なんだけど」
「あ~あれかな、この前うつ伏せになって日本刀でジャグリングしてたからかな」
なるべく心配はかけまいと適当に嘘を吐く。いや、適当に言いすぎてどっちみち心配はされそうだったが。
「そうなんだねー車に轢かれても車の方が壊れちゃう剣が日本刀で遊んでたら怪我しちゃったんだーそっかそっかー」
紗世は平坦な感情のない口調で笑いながら、俺の傷口にさらに強く布を押し当てた。
それによって布に染みこんだアルコールがあふれ出し、直に傷口に流れ込んでくる。
「~っ! 痛ってえな!? わかったよ、言います言います! 言うからこれ以上俺の傷を狙うのはやめてくれ!」
「お姉さんに逆らうとどうなるかよく思い出したかな、剣くん」
あまりの痛みに悶絶する俺に紗世は悪人ような顔をしようとして、ただ楽しいことを考えてにやけているようにしか見えない顔で言った。
だから、天然の優しい顔なんだから似合わないことはするなっての。
「ああ、思い出したよ。ついでにその後、俺の反撃で目から涙を流してるお前の顔もな……っ」
「くすぐりは反則だからねっ!?」
してやりたいところだが、そこまで行くとお互い疲れて寝てしまいそうだったので、俺は渋々本題に入る。
「この町についこの前まで血鬼四夜って吸血鬼集団が来てたんだ」
「じゃあその吸血鬼を追って、剣はこの町にやって来たの?」
「いや、それは成り行きで闘うことになっただけで俺が来たのは別の理由だ。そんで、その吸血鬼たちの使役する人間に襲われそうになっている女の子を道すがらたまたま助けちまってな」
「困ってる人を助けてあげるなんて、剣えらいね」
紗世が小さな子を褒めてやるように俺の頭を撫でる。
本当に紗世と二人でいると自分がおっさんになってしまったことなど忘れてしまいそうになるな。
「なんだそりゃ。まあ、それでその子の日常から少しでも恐怖を取り除こうと思って闘うことになった結果、ちょっとばかし怪我しちまったんだよ」
「へえ、剣がんばったんだね」
「乗りかかった船だから助けただけで、別に大したことはしてねえよ」
真正面からそんなことを言われると、さすがの俺も気恥ずかしくなってくる。
「ううん、そんなことない。誰にでもできることじゃないし、かっこいいと思うよ、わたしは」
「おう、俺がかっこいいのは事実だからしょうがないな!」
「もう、すぐそうやって茶化して台無しにするんだから……はい! できたよ」
傷口に包帯を巻き終わった紗世が、包帯を結びながら俺の発言に口を尖らせる。
そんな顔されたってなぁ。あんなむず痒いこと言われて素直に返すわけにもいかないだろ、恥ずかしい。
「そういえば紗世はお義母さんによく許可貰えたな、お義母さんだって紗世を村から出すの昔は嫌がってたのに」
紗世が持っていたコンパスのような形をした魔具は、魔力を流せば目的の物、場所、人物を差すという優れもので、紗世の両親が作った物だ。
お義母さんが俺の元へと向かう紗世に持たせたのだろう。
「…………」
しかし、俺が脱がされたTシャツを着ながら聞いた問いには、なぜだか返事が返ってこない。
「……おい、紗世? お義母さんとお義父さんは勿論お前がここに居ること知ってるんだよな?」
「う~ん? どうかなぁ、わたしが家を出てきたとき“たまたま”二人とも出かけてたから~」
わざとらしくとぼける紗世の態度に俺の肝が冷えていく。
「お前、両親に黙ってここに来たのか……!?」
「いやいや、思い出した瞬間に剣に会いたいって二人に言ったよ?」
「で、二人にはなんて言われたんだよ?」
「う~ん、なんて言われたかなぁ。限りなくYESに近い雰囲気でだめって言ってた、かな?」
限りなくYESに近い雰囲気ってなんだよ、はっきり駄目って言われてんだから駄目だろ。
お前の両親は、そんなはっきり言うのが恥ずかしいお年頃な人たちじゃねえよ!
「てめえ~もしもお前に何かあったら俺はどんな顔して帰ればいいのか分かんねえだろうが」
「でも、わたしのことは剣が助けてくれるでしょ?」
「当たり前だ馬鹿、お前には傷一つ負わせるわけねえだろ」
「そうだよね。うんうん、やっぱ剣なんにも変わってないよね」
俺の言葉を聞いて、隣の紗世が倒れこむように抱きついてくる。
紗世の温もりがTシャツごしに伝わってきてなんとも懐かしい気持ちがこみ上げてくる。
「おい、怒られてる時に抱きついてくるなよ」
「剣はわたしが大好きだもんね」
「いや、だから俺の話を聞けって」
呆れながら紗世のしたいようにさせてから十分後。ようやく離れた紗世の横で、俺はポケットからケータイを取り出す。
「あ! 剣告げ口しようとしてるでしょ!?」
「当たり前だろ。明日帰るにしても連絡くらいしておかないと心配かけちまうだろ」
「大丈夫だよ、子供じゃあるまいし。そんな過保護なの剣くらいだよ?」
「んなわけあるか、紗世は昔から勝手に外に出て怒られてたじゃねえか」
言い訳をして嫌がる紗世を無視してケータイの画面を見る。確かに、二人からの着信などはかかってきてはいない。
二人はまだ、紗世が居ないことに気づいてないのだろうか。
紗世の家からここまでは電車を乗り継いでも半日はかかる。また、お義母さんの仕事の関係で家を空けているのかもしれない。
色々な疑問が飛び回る中かけた電話は、ワンコールの後すぐに繫がった。
「もしもし、俺です。剣です」
「ええ、分かってるわよ。どうしたの剣くん?」
紗世のお義母さん、斉藤可与さんは、娘が家から出て行っているとは知る由もなさそうな、のん気な声で俺からの数か月ぶりの電話を取った。




