最愛の人との再会。過去の懐かしさと現在の譲れない思い。
吸血鬼たちとの戦いも終わり、盾石のオッサンのおかげで見つかった新居の前でポストを探っていた俺の元に現れたのは、戦いの為に故郷に残してきたはずの斉藤紗世だった。
「紗世……? なんでお前がこんなとこに居るんだよ」
目の前で手さげカバンを両手で大事そうに持って立っている最愛の人に俺は疑問を投げかける。
なぜなら、彼女は俺のことなど忘れて、今頃はなにも知らない平和な日常を送っているはずなのだから。
「それはこっちのセリフでしょ? どうして剣はこんなところに居るの」
拗ねたような紗世が頬を膨らませて、質問に質問を返してくる。
「えっと、気分転換とか?」
「なんで剣自身が疑問形なの。それに、五年間も気分転換でこの町に居たってこと」
「まあ、そうなるかな」
「剣、嘘下手すぎ。絶対なにか隠してるでしょ」
紗世は半眼になり俺の嘘など見透かして、真相を訊ねてくる。
「だったら、真実を言ったら大人しく俺達の家に帰ってくれるか?」
「嫌だよ。だって剣がこんなことするなんて、危険なことしてるに決まってるもん」
やっぱ、紗世に苦し紛れな嘘なんて通用しないよな。さすがは俺の一番の理解者ってところだ。
「そう思うなら家で俺の帰りを待っててほしいんだけどな」
「うーん。約束はできないけど、聞かないと絶対帰らないとは言えるよ」
「はあ、わかったよ」
俺はこのまま帰ってもらうのを諦めて、ポストから取り出した新居の鍵をくるくると回す。
「最初から素直に話してくれればいいのだよ、剣くん」
とりあえず今は気分の良さそうな紗世が、生えたことのない髭をさすりながら得意げになって言う。
本当のことを全部聞いたら怒られそうなので、こちらとしては複雑な気分だ。
「外でするような話でもないし続きは中で話そうぜ」
「剣のことだから、どうせ部屋の掃除とかしてないんでしょ。もう、ほんとしょうがないなぁ」
そいえば、みんなで住んでた時もそう言っては俺の部屋を勝手に掃除しては自慢気にしてたっけな。
「剣? 入らないの」
扉の前で立ったまま思い出に浸ってしまっていた俺に、紗世が不思議そうに声をかけてくる。
「ああ、わるいわるい。今開けるからな」
「うん、それはいいんだけど……」
紗世はなにか気になることでもあったのか、俺の顔をまじまじと見つめながら言葉を止める。
「なんだよ?」
「剣なんでさっきからニヤニヤしてるの?」
「し、してねえよ!」
指摘されて初めて気づいた俺は、無意識のうちに漏れていた微笑みを隠してから全力で否定したのだった。
玄関の扉を開けて中に入ると、さっきまでの軽い調子が消えうせた紗世が真顔になって部屋を見渡している。
「え、なにこれ」
信じられないという顔で、紗世がこの部屋への感想を述べた。
「一応、俺の家だけど?」
俺の家になったのはたった今なので、安心感など無く他人の家に来た時の新鮮な感覚の方しかなかったけれど。
「なにもないよ? 靴も家具も電化製品も、生活感すらないよ!?」
「俺のと言っても、今日なったばかりだからな」
「え、じゃあ剣昨日まで野宿で暮らしてたの!?」
どうやら紗世には俺に対して引っ越しするという当たり前のイメージはないらしかった。
逆に、なんで野宿五年目でいきなり家に住むんだよ。
「そんなわけないだろ。前の家は追い出されちまったからここに越してきたんだよ」
「ねえ、剣。それってもしかして剣が危ないことしてるのと関係あるとかじゃないよね?」
さっきまで素っ頓狂なことを言っていた紗世が、俺の言葉に隠された疑問点を鋭く指摘する。
なぜ俺以外の奴には働かないのに、その感覚は全く鈍らないんだコイツは。
「いや、そこの大家とそりが合わなかっただけだよ」
俺はおおよそ図星な紗世からの質問に、事実を含めた理由で努めて冷静に答えた。
本当の理由など言ったら余計心配されて帰らないとか言い出すに決まっている。
「そっか、やっぱり関係あるんだ」
「そうそう、だから心配しなくても……って、なんでそうなるんだよ!?」
「わたしに嘘なんて通用すると思ったの? 剣って昔から嘘つくとき右手の親指で顎の下を摩る癖あるんだよ。だからバレバレ」
「は?」
じゃあ、こいつが俺にだけ鋭く感じるのって……癖を知ってるからってだけかよ。
そりゃそうか。過大評価して、馬鹿みてえ。
「ほんとに剣はなんにも変わってないんだから」
「紗世もな。てゆうかそんなのあるならもっと早く教えてくれよ」
「ふふーん。奥の手っていうのはここぞって時まで取っておくものだよ? 少年」
「誰が少年だ、こちとら三十年物のおっさんだっての。そして同い年のお前ももう少しくらい大人になれ」
さっきからよく昔と変わらないノリで喋ってられるなと、もはや関心しているくらいだ。
「剣ひどい! わたしはまだ誕生日が来てないからぴちぴちの二十代ですぅ!」
言ったそばから、紗世があっかんベーをして俺に苦しい主張をしてくる。
「あとたったの数か月だろうが……」
「もう~いつも女の子には優しくしないとだめって言ってるでしょ」
だから、自分のことをさらっと女の子に含めるのはやめろと言ってるというのに。
「はいはい、そうですね。俺がわるうございましたよ」
「わかればよろしい」
紗世の笑顔を見て、俺はほっと一息ついた。やれやれ、やっと本題に入れる。
紗世と話してると、俺の大人なクールなイメージが一瞬で崩れ去ってしまうので気をつけなければならない。
「じゃあ、剣上脱いで」
「いや、なんでだよ! 久しぶりに会ったからっておかしいだろ!?」
俺が手を身体の前で交差して、身体の前面を封鎖すると紗世がため息をつく。
「包帯換えてあげるから、ほら早く」
俺のふざけた行動には付き合わずに、紗世は真面目な顔で言いながら小さなポーチをカバンから取り出す。
「……はい」
俺は観念してTシャツを脱ぎ捨てる。
そうして、動けないほどではないが最近の無理な戦闘の所為で完治には程遠い傷口に巻かれた包帯が姿を現す。
「わたしが気づかないと思った?」
「……気づいてくれないことを願ってたよ」
「ばかだなぁ、剣は。わたしがどれだけ見てきたと思ってるの? こんな大きな変化見逃さないよ」
まだ何も置かれていない部屋の豆電球の下で、お互いなにも喋らず紗世がポーチの中身を取り出す音だけが静かに生まれていく。
なんだよ、やっぱ過大評価なんかじゃないんじゃねえかよ。




