~エピローグ~
俺は昼下がりの街並みを目的地への寄り道がてら、吸血鬼たちと踊った場所を転々と散歩でもしようかと歩いている。
あの日から二日が過ぎた。
結局、あの日は拘束されて動けないブラックパージの隊員達を奴らの会社の前に置いて、アシュリーの優しさでマンションの一室を貸してもらうことになった。
最悪、野宿も考えていたので本当に助かった。
その後、床と屋根以外なにもない殺風景な部屋で泥のように眠り。顔を照らす朝日と共に目覚め、寝起きのアシュリーに一言挨拶してからマンションを後にした。
★
アシュリーのマンションからボストンバックを一つ引っさげて早朝のまだ肌寒い外に出ると、マナモードになっていた電話がポケットの中で震えているのに気がついた。
だが、事件の直後にかけてくる奴など俺の知り合いには一人しか居ない。
「盾石のオッサン、なんだよこんな朝っぱらから」
「悪いな。オレが掛けたのは昨夜だったんだが、どっかの馬鹿が出なかったんで電話が一向に繋がらなくてな」
昨日寝ぼけながら気づいたのってその音だったのか。イラッとしたから無視しちまったよ。
「ああ、俺が寝てる時に鳴ってたからジャケットに詰め込んでその辺に投げちまってたわ。はははっ」
「なに笑ってんだテメエ? 雇い主の電話をシカトするな」
うるせえなぁ、この雇い主。
「わかったわかった、もう出たんだからいいじゃねえか。で、今日はどうしたんだよ?」
「そうだな、掛けなおしてみたら五回目のコールでやっと出やがったな。というか、どうしたはこっちのセリフだ」
「……?」
「昨夜のタワーマンションでの騒音や破壊行為があった件、お前が関わっているだろ」
「なんで、そう思うんだよ?」
隠し通そうという気はないが真っ先にそんなことを言われて、俺はなんとなく聞き返していた。
「あんな馬鹿みたいな破壊跡はどう考えてもお前しかいないだろうが、アホ」
全く、失礼なじじいだな。俺だって破壊せずに怪物を退治したこともあんだろ。
……覚えてる限りではないけど。
「行く当てもなく町を彷徨い歩いてたところをブラックパージの奴らに襲われたんだよ。だから、ちょっと小突いてから縛り上げて会社の前に置いてきたぜ」
盾石のオッサンには、まだアシュリーのことは伏せておくことにした。
今の状況でバラしても、オッサンの場合は退治するって結論にしかならないと思うから功績を立ててから言おう。
と、アシュリーが言っていた。
「なんで狙われてると伝えたそばから、んなとこほっつき歩いてんだお前は。しかもそれじゃただの宣戦布告だ、馬鹿者が」
俺も宣戦布告という意図はないわけではない。
賢者の居場所を知るためにはブラックパージとの戦いは避けられそうにはないからな。
ちなみにアシュリーにもこの作戦を伝えた時には『馬鹿なんですか?』と言われた。
「いや、歩いてたのは前の家を追い出されて行くところとかねえからだよ」
「お前もういい年なんだから……いい加減、本当にちゃんとしろ」
悲しそうなオッサンの声が電話ごしに聞こえる。
今回はさすがに本気で心配されてしまったらしい。
「まあ、そういうことだから心配はいらないぜ」
「どこがだ! 心配ごとしか話してねえじゃねえか、お前!」
「あれ? そうだっけか」
いつも通り近況を報告してたはずなのに、盾石のオッサンは珍しくその都度優しくなっていく。
今の俺って、そんなにやばいのか……。
問題がこの一週間で二つも解決して、ご機嫌だったのが一気に不安に襲われる。
「まあいい、部屋は俺が何とかしてやるから最低限人間らしい暮らしはしろ。身体がいくら強くとも食えなきゃ死ぬってことを忘れるなよ?」
「心配しすぎだと思うけどな。でも、なら部屋のことは任させてもらうわ」
「ああ、三十歳のホームレスとか笑えない冗談は二度と言うな。困ったらまず俺に言ってこい! それでこそ俺たちはフェアな関係だろ」
「そうだな、恩に着る。じゃあ次の家は馬鹿デカい豪邸で頼むわ」
「おう、お前には不釣り合いなデカい家に住ませてやる。デカい犬小屋にな」
「誰が犬だ! クソじじい!」
俺の怒号を聞いて、快活そうにデカい声で笑いながら盾石のオッサンが電話を切る。
ったく、相変わらずムカつく野郎だな。
俺は自然に溢れていた笑みをしまって、再び街の喧騒に紛れていく。
★
散歩を始めた俺は最初にアシュリーの家から商店街のあったアーケードへと足を運んだ。
そこにはまだ復旧のめどが立っていないのか、あの日のままの瓦礫が積み上がっている。
道行くほとんどの人々は見向きもしないが、時折立ち止まってはアーケードの奥の方を力のない瞳で見つめている人も居た。
この場所は俺から見てもいい気持ちはしない。
だけど、自分の無力さを忘れないために目に焼き付けてから次の町へと歩いていく。
都会はこの時間は人混みが鬱陶しいので、渋山の外れにあるトンネルの方に来た。
ここでは初めて吸血鬼の魔法を目にして、こんなところで待ち望んだ賢者に出会えたのかと思って危うく本気を出しかけたっけな。
あの時、頭の中に優子ちゃんのことがあったおかげで冷静な判断を辛うじて出来ていた。
最後にモンスターバスター社が見える大通りへと到着する。
会社の屋上を眺めながら、あの空を覆うほど巨大な血結晶の剣が振り下ろされる光景を思い出す。
あの時ばかりは少しひやりとしたな。いいタイミングで盾石のオッサンが剣を持って来てくれなかったら本当に危なかった。
珍しく盾石のオッサンに感謝なんてしてしまったぜ。
思い出に浸りながら目の前にある壁にツタが絡まっているが、状態はそこまで古びていない一軒の平屋を眺める。
今朝、オッサンから部屋の準備ができたと言われて送られてきた住所を見ながら散歩がてら歩いてきたが、思ってたより大きいことに本気で驚いている。
鍵はポストに入っているらしいので、手を入れて中を探る。
「剣? ねえ、剣だよね」
突然かけられたその声に、俺は自分の心音だけを聞きながらその場で硬直した。
嘘だ、こんなところに居るわけないだろ。疲れすぎで夢の声が今も聞こえているのか。
「……」
「ちょっと、剣なんでこっち向いてくれないの!?」
腕を引かれて強引に視界を動かされた俺の目の前に立っていたのは……
この五年間何度も夢に出てきては戦う理由と温もりを思い出させてくれた最愛の人、斉藤紗世だった。
俺を忘れているはずの紗世がコンパスのような物を手に持って、昔から怒ってもちっとも怖くない顔で、俺をおそらく睨みつけている。
信じられない光景にすぐには、目の前の起こっている現象を受け入れられない。
だけど、触れられた手の感触や五年振りでも全く変わっていないその表情が……これを現実だと告げていた。




