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射抜かれるのは、ハートかそれとも心臓か。その五

「ふんっ!」


飛び出した夜の町の上空で、急降下していくこの状況から抜け出すため。


俺は上半身に巻きついた血結晶の拘束を力づくで破壊した。


そのまま自由になった手を使って、ちょうど目に入った窓枠に指をひっかけ、膝で窓ガラスを蹴破ってマンション内に再度お邪魔する。


飛び込んだ室内はがらんとした殺風景な部屋。家具などはなく入居前の状態でほこりをかぶっている。


どこか隠れるところでもあればと思ったが、やっぱアシュリーちゃんが使っている部屋以外はあの弓の射線を遮ってくれそうなものは無いみたいだな。


それにしても、どうやって無力化すっかなぁ。


ヴァンパイア・ハーフって吸血鬼みたいに思いきり殴っても平気なのか? というかアシュリーちゃんって、そもそも不死身なのか?


まあ、どっちにしても二十歳の女の子を思いきり殴るってのは出来れば避けたい手段だな。


あぐらをかいて座ったままで頭を悩ませていると、目の前の窓の向こうに翼と弓を携えた天使のように微笑んだアシュリーちゃんが羽を揺らしながら現れた。


今は戦闘中だから当然なんだけど。


「あー今は考え中だから一回待って――っ!?」


言い切る前に、勢いよく放たれた矢が俺の眉間に向かって飛んでくる。


「くれるわけないよな」


俺は血結晶の矢を目と鼻の先でキャッチして、何も言わずに次の矢を生成しているアシュリーちゃんを見てから横を視線だけで確認する。


こうなったら、あれしかないか。


生成が終わり、引き絞った矢が放たれた瞬間を狙って真横に見えていた通路に向かって跳びこむ。


そのまま玄関に続く廊下をひとっ跳びで通り過ぎ、扉を盛大な音と共に蹴破ってマンション内の廊下に出る!


足元を見ると、爆発で吹き飛ばしたように開けた扉の足が当たった一点が異様な形で盛り上がって部屋の前に転がっていた。


まあ、住人なんて居ないんだし壊そうが騒ごうが近隣の迷惑にはなりゃしないよな。


どうでもいいことを気にしていると背後から足音がして、少し離れたところで止まる。


案の定、狭い室内では羽を閉じて走って追ってきていたアシュリーちゃんの打ってくる矢を避けつつ、俺はすぐそこにあったエレベーターの扉をこじ開けて下へと飛び降りる。


乗り込んだエレベーターの本体自体は来た時に最上階で降りたので、ここより下は自分で下りる事になる。


でも、昇りの時も思ったが、ぶっちゃけその方が早い。


上を見上げると、暗闇でキラッと一瞬だけ赤い輝きが見えた。


アシュリーちゃんが上で弓を構えているのだろう。


この狭さで打たれるのは面倒だ。手と足を左右に伸ばしブレーキをかけて、エレベーターの扉の前で止まる。


しかし、ここには扉を開くボタンは存在しない。仕方なく背後の壁を蹴って、扉に突撃する形で俺はエレベーターから降りた。


「いってぇ、少しもたついちまったか」


俺は跳びこむ直前で矢がカスっていた足を確認する。まあ、全くの軽傷だなこのままでも問題なさそうだ。


それよりまだ上の階にいるアシュリーちゃんが追いつく前に、殴らず無力化する方法を考えなければならない。


いつまでも逃げ回っていられるほど、相手も雑魚じゃない。


アシュリーちゃんに追いつかれる前に、俺は二六三号室と書かれた部屋の扉の鍵を無理矢理こじ開けて中に入った。



室内はさっきの階と同じで、なにもない部屋にカーテンなどない大きな窓からは月明かりが差し込んで、少しだけ照らしている。


「うーん、困ったな」


今回は前回と違って盾石のオッサンが居ないからな。吸血鬼の弱点をつける道具などはない。


と言ってもあったところで、太陽の下を歩いていたアシュリーちゃんには効果はあまり期待できないが。


そんな思考に気を回いしている俺を照らす月明かりが、不意に遮られる。


「いい加減にしてください、おじさん。あなた本気で戦うつもりあるんですか?」


逃げ回ってばかりの俺に、アシュリーちゃんが溜息をこぼして問いかける。


「アシュリーちゃん、なんか勘違いしてねえか?」


「私が、なにを勘違いなどするというんですか?」


「俺は君が目の前に立ちはだかる人間も打てないのか? とは聞いたけどよ――――」


俺は思わず、小さく笑いがこぼれた。


「俺が本気を出すなんて、一言も言ってないだろ?」


「ふふふ、そうでしたか。それはありがとうございます。さっき私はその顔に一本の矢をプレゼントすると言いましたが、撤回します」


「そうか? 言うだけならタダなのにな」


「そうですね。なのでその顔には余すところなどなく。百を超える矢で埋め尽くして巨大なくしのようにして差し上げます」


目の奥に明確な殺意を宿しキレたアシュリーちゃんが、一回で十本の矢を生成する。


放たれた矢を距離を空けながらかわしてアシュリーちゃんに視線を向けると、すでに次の矢を引き絞って構えてるのが見える。


次に飛んできた矢を壁を少し走ってかわし、そこに飛んできた矢を壁を蹴って逆側の壁に飛び移ってかわす。


その後も、次から次へと矢継ぎ早に飛んでくる無数の矢を俺は部屋中を走り回ってかわしながら、一つの策を思いつく。


いや、これは策というには余りにも雑で苦し紛れの解決策。


アシュリーちゃんをここまで焚きつけておきながら、これしかないとは我ながら格好がつかな過ぎて少し辛い。


状況の打開策を見つけた俺が、アシュリーちゃんを視界に捉える。


同時に、アシュリーちゃんはこちらを見つめて弓を構えるのをやめて叫ぶ!


ブラッド・リターンり!」


部屋の壁や床、さらには天井にまでところ狭しと突き刺さった血結晶の矢が、融け落ちるように血液へと戻る。


その血液が俺の背後に出現した魔法陣の元へと集合して、巨大な身体が半分に開き、内側に針が敷き詰められた上部に顔のようなものがあるデザインの血結晶の拷問器具へと姿を変える。


「<ブラッド・処女メイデン>!」


内側に呑み込もうとする血結晶の拷問器具を振り払う為、俺はすでに弓を構えていたアシュリーちゃんへと両足を揃え弾かれた様に飛び込むっ!


矢の数本なら弾きながらでも十分に対処ができる。拘束されたとしても勢いさえ死ななければ、なんとか作戦は上手くいく。


だが、その手で弓に生成されたのは矢ではなかった。


それは、俺の身体をいとも簡単に串刺しにする。アシュリーちゃんの身長などゆうに超えているランス。


「あなたはこっちに来てくれると思っていましたよ」


空中に飛び出した俺に、前に進む以外の選択肢はない。


「さようならです。おじさん」


アシュリーちゃんが片目を閉じてウィンクするのと同時に、打ち出したランスが俺に向かって一直線に跳び込んでくる!


死! その一文字が、一瞬だけ脳裏によぎった。それでも逃げる訳にはいかねえ!


俺はそれ以上に滾る胸の感情を咆哮する!


「最初から引く気なんて、さらさらねえんだよ!」


空気を切って迫まるランスを、俺は空中でターンする様に身体を捻りながら数センチ横にズレて避ける!


風を感じるほどの近距離で、空気に穴を空けながら向かってきたランスをやり過ごした。


そのまま勢いを殺さず、アシュリーちゃんの元へと一直線に飛んでいく!


よし、届いた!


手が届きそうな距離に迫った瞬間、アシュリーちゃんが矢の先端で腕を切り裂く。


噴き出した血が俺を鮮血が染める。


まさか、さっきの技も囮に使ってくるとはな。


だが、この距離に来た時点で、俺の勝ちだ。


「ここまでよくやったな。俺は君の頑張りを――――」


鋭く横から飛んできた蹴りを受け流し、背後に回って首を締めて動きを押さえる。


「認めるよ」


「ぐっ!? 私はまだやれ……る!」


呼吸がくるしくなってジタバタと暴れるアシュリーちゃんと共に逆さまな景色の中を落ちていく。


そんな抵抗もあと少しで地面に激突する頃には収まっていた。


大人しくなったアシュリーちゃんを着地の直前に上に向かって放ってから、先に地面に降り立った俺がキャッチする。




ジャケットの上で寝ていたアシュリーちゃんが目を覚ますと、体を起こして俺を睨みつける。


「どうして、私にとどめを刺さなかったんですか?」


「いや、俺はアシュリーちゃんに何の恨みもないからな。それに優子ちゃんから友達を奪うようなことはしたくない」


「はあ、ムカつきますね。人に本気出せとか言って自分は手を抜いていたんですか」


アシュリーちゃんのトゲのある言い方は俺の胸にチクリと刺さる。


「ですが、ありがとう……ございます。私もあの子の悲しむ顔は見たくありませんので」


「いいよ、俺が勝手にやった事なんだし」


そう、勝手にやったことだ。お礼を言われるようなことじゃない。


「そういえば、おじさん、私が意識を失う前に認めたって言ってましたよね。あれはどういう意味ですか?」


「どうもこうも、君の復讐をもう俺は止めないってことだよ。賢者には個人的な因縁もあるしな」


「つまり協力してくれるってことですか? というか、それならなぜ一度断ったんですか」


「協力はしない。ただ俺は君の笑顔の為に助けるだけだ」


「???」


意味が分からないという顔でアシュリーちゃんが首をかしげる。


「最初に断ったのはアシュリーちゃんが怒りと憎しみに憑りつかれたような顔をしてたからだよ」


復讐をした後にもわずかな希望がカケラもないなら、そんなの自己満足にすらなっちゃいない。


「俺の力が必要なら笑顔で、一言助けてくれって言えばいいんだよ。女の子は笑顔の方が何百倍も可愛いんだから。その方が助け甲斐があんだろ?」


そう言って、俺がつい頭に伸ばしそうになった手を、アシュリーちゃんが弾いて強引に握りしめる。


「まあ、理由は好きにしてください。とりあえず改めてよろしくお願いします」

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