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射抜かれるのは、ハートかそれとも心臓か。その四

(ブラッド・)呪文(スペル)(ブラッド・)ボウ>」


血がしたたる右手の先で、魔法陣が眩い光を放つ。そこにできていた血だまりが弓の形で結晶化する。


「さあ、おじさん。あなたの死ぬ時間ですよ?」


アシュリーちゃんが手を弓の前方から後方へと引く。そこから三本の血の線が通り、次の瞬間には敵を射るための矢に変わる。


「俺も気が進まないんだけどよ。まあでもアシュリー・ガトレット、お仕置きの時間だぜ」


身体を側面で構えて弓を引き絞るアシュリーちゃんに、俺は首を鳴らしながら少し痛い目を見てもらうことを宣言する。


「おそらく、あなたは私に触れることすらできませんよ」


言葉と共に前方から放たれた三本の矢を、俺は座っていた椅子ごと倒して避ける。


自分が座っていた場所を通り過ぎる三本の赤い軌道を見ながら、起き上がりざまにバク転で机を蹴り上げる。


そして、立ち上がり目の前に戻ってきた机を蹴り飛ばす!


アシュリーちゃんは飛んできた机を、キメの細かい綺麗な白い脚でなんなく窓の外へシュートする。


その後、もう一度弓を構えようしたアシュリーちゃんの目の前には、すでに俺が到着している。


「えっと、ごめん。もう着いちまったんだけど」


「私が、触れることすら、と言ったのをお忘れですか?」


俺が平手を構え目の前に立ったこの状況で、それでもなおアシュリーちゃんは未だに余裕の笑みを浮かべ、流し目で俺を見る。


ブラッド・呪文スペルブラッド・履物ブーツ>」


詠唱と共に魔法陣が足元に出現し、結晶化を待たずにアシュリーちゃんはその場で宙返りする。


顎に届く寸前で結晶化が完了していた足を、俺は思わずのけぞりながらかわす。


が、その好機を見逃すはずもなくアシュリーちゃんは体勢を崩した俺に、空中から追撃の一矢を射る!


致命的な威力で放たれた矢は、しかし俺には当たらず、俺の足元。床に突き刺さった。


慣れない空中で打って、的が外れたのか? いやでも……


「戦闘中にうわの空とは、やっと死んでくれる気になっていただけたんですか?」


床に刺さったままの矢に視線を向けていた俺に、着地したアシュリーちゃんが放った矢が一直線に飛んできて肩に突き刺さる。


「くっ! やっぱり、魔法の矢だと無暗に当たっちまうわけにはいかねえか」


刺さった矢を引き抜きながら、俺の疑問はまた一層深くなる。


「そのまま、大人しくしていなさい。そうすれば痛くしないで逝かせてあげますよ? その方が嬉しいでしょう」


「本当にできんのか、そんなこと? アシュリーちゃん弓の腕はド素人みたいに見えるけどな」


俺は胸の内の疑問を確信に変えるため、あえて挑発する。


「へえ、当てられておいて負け惜しみですか、それでは……」


再び無言で構えたアシュリーちゃんが、蹴り飛ばされた机によってただの枠になった窓に向かって、矢を射る。


すると、視界の外から現れた窓の外を横切ろうとした鳥の頭に、アシュリーちゃんが放った矢が命中する。


そして、鳥はそのまま地上へと落ちていく。


「なんでしたら、もう一度やって見せてもいいですよ」


どうだと言わんばかりのドヤ顔で、大きな胸を張るアシュリーちゃんを見て、俺は確信した。


「アシュリーちゃん。君は賢者とは戦わない方がいい」


さっきまで懲らしめてやろうと思っていたヴァンパイア・ハーフの女の子に、俺はすっかり戦意を失って語りかける。


「急に何を言い出すかと思えば、なにを言ってるんですか? 私は父を殺されているんですよ!」


アシュリーちゃんが俺の無神経な言葉に弓を持つ手を強く握りしめ、怒りをむき出しにして抗議する。


「私が知っている父は、村の人々を助けては『私たちの力は愛する者を守るために使いなさい』と言い聞かせてくれた誇り高い吸血鬼で、父は母に出会ってからの生涯で他の人間の血を吸うことなど一度たりともなかった! なのに! それなのに奴は、ゴルドール・リーマンは私たちに危害が及ぶのを防ぐため、最後まで無抵抗で力を使わなかった父を無残な姿で殺したんですよ!」


この子の思いを否定するつもりも、父親への言葉を否定するつもりもない。


それでも、俺は何度でも言う。


「君の感情は正しいと俺も思う。それでも賢者と戦うのはやめておいた方がいい」


「正しいと思うなら、なぜ私の復讐を否定するんですか?」


苛立たしいという表情でも、アシュリーちゃんは攻撃は再開せず俺の言葉を素直に待っている。


「アシュリーちゃん、君は……人間を打つことに躊躇してるだろ」


「それは、今まさにおじさんの肩にできた傷に聞いてみてはいかがですか?」


そうだ、確かに当たっている。でも、だからこそ不思議なことがある。


「いやいや、君の弓の腕で立ち止まった俺にとどめを刺さなかったのはどう考えてもわざとだろ」


鳥の頭を打ち抜いた腕で立ち止まった人間を殺せないのは、不自然だ。


当たったというのなら普通はこの勝負は終わっていたはずだ。


「……それのなにが悪いんですか?」


真剣な顔になったアシュリーちゃんが真実を白状する。


「ん?」


「自分の復讐に巻き込んでしまった人たちに申し訳ないと思うことのなにが悪いんですか!」


きっと今、アシュリーちゃんも俺と同じ女の子の顔を思い浮かべて叫んでいるんだろう。


「なにも悪くなんかねえよ。ただそんな覚悟じゃ賢者を目の当たりにしても打つのに躊躇してしまうんじゃないかって思っただけだ」


俺やアシュリーちゃんが半端な存在の人間なら、賢者達は人間の身体を持って生まれた化け物だ。


覚悟がなければ戦いにすらならないだろう。


しかし、俺のその心配だけは杞憂に過ぎなかったと、今この瞬間に気づかされた。


「私はこの五年間、あの日父を殺して我が家から英雄気取りで颯爽と出てきた、リーマンの虫唾が走る笑顔を片時も忘れたことはありませんよ」


目の前で微笑を浮かべているアシュリーちゃんは、内に秘めたどす黒い感情を露わにし、口元を吊り上げニンマリと不気味に笑った。


「だったら、今目の前にいる邪魔者も討つべき対象だろ? それができなきゃ賢者を殺すなんて夢のまた夢だぜ」


"今の"俺を倒せない子に賢者の相手は荷が重すぎる。


「私に本気を出させたこと後悔はしないでくださいね。これでも私はあなたが倒してきた吸血鬼さんたちの長を務めていましたので」


「おっかねえな。まあ、俺もこんなところでは死ねないんでな」


お互いの視線がぶつかり合う静寂の中で、俺はアシュリーちゃんの様子をうかがいながら次の一手の策を練る。


先に動いたのは、アシュリーちゃんだった。弓を引き絞って俺に狙いを定める。


さすがに次は外さないだろう。


その顔からは覚悟をも超えた壮絶な憎しみを感じる。彼女はもう手加減などしないし本気で俺を殺しに来る。


まあ、俺としてはこの子も心配だが、なにより優子ちゃんの友達を殺すわけにはいかないからな。


殺すっていうのは無しで、気を失わせるくらいでとどめたい。


俺の心臓めがけて放たれた矢をギリギリで避けようと、一歩横に動いた瞬間――――


アシュリーちゃんの口元が滑らかに動く。


ブラッド・リターンり」


俺の横を通り過ぎるはずだった血結晶の矢が本来の血液へと形を変えた!?


と、思った時にはアシュリーちゃんが、続けて詠唱を口にする。


「<ブラッド・拘束リストレイント>」


血液に戻った矢が形を変え、そのままの勢いで俺の全身に絡みついて結晶化する。


俺は立ったままの姿勢で、全身を這うように巻きついた血の拘束具で身動きが取れなくなる。


「こんな技があったなんて、知らなかったからな。まんまと喰らっちまったよ、ははっ」


これはちょっと不味いかもしれねえ。


全力を出せば破壊できるが、アシュリーちゃんはその隙を簡単には与えてはくれないだろう。


「では、その間抜けそうなお顔に一本の赤い触角をプレゼントしてあげます」


俺はとどめの一打が放たれる直前、床に散らばったガラス片を足の指で拾い上げアシュリーちゃんの綺麗な顔へと放り投げた。


「キャッ!?」


可愛い声をあげて目を背けたアシュリーちゃんの矢が軌道を変えて飛んでいく。


それと同時に、俺も唯一動かせる足でガラスのなくなっている地上三十階の窓から外へと飛び出す。


「わりいな、アシュリーちゃん。こっからが本番ってことで!」


「待ちなさい!」


最後に射られた矢は飛び降りた俺の目と鼻の先を通り過ぎて、夜空の彼方へと消えていった。

登場人物紹介その六


アシュリー・ガトレット

血鬼四夜(ヴァンパイア・フォースナイト)の長。ヴァンパイア・ハーフ。

(ブラッド・)呪文(スペル)の使い手。それに加えて彼女だけが結晶化した血を液体に戻し再度結晶化する〈(ブラッド・)(リターン)り〉を使用可能。

異性の人間を意のままに操る程度の魅了が可能。

容姿、金髪赤眼。身長は約165㎝。

好きなもの、人間時と同じ。

憎いもの、父の仇賢者ゴルドール・リーマン。

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