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射抜かれるのは、ハートかそれとも心臓か。その三

「そうですか、ばれてしまっていましたか。それは残念です」


わざとらしいため息を吐きながら、一瞬だけ見せた殺気を消してアシュリーちゃんは俺の向かい側に座る。


「なんだ? 気づかれる前にるつもりだったか」


「いえ、でも上手く隠しているつもりだったのに、おじさんも私の前で猫を被っていたんですね」


俺が気づけたのは自分のおかげではないので、推理力を自慢する気はない。


「俺も確信できたのは昨日、優子ちゃんと話してる時だよ。カラーコンタクトなんてもんがあるって初めて知ったからな」


あとは、上級吸血鬼ヨハンの『魅了は異性にしか効かない』という言葉から、敵は俺のことを知っている女に絞られていた。


そうなれば俺が知っている限りの情報でもボスの素顔はなんとなく見えてくる。


「カラーコンタクト? それが私が吸血鬼であると確信した理由ですか」


アシュリーちゃんの呆れ果てた視線に晒された俺は、長話をする前に入れてもらったコーヒーが冷めないうちに一気に飲み干す。


「まあまあ、話はこっからだって。アシュリーちゃん、ヨハンが会社を襲う前に、ロイって吸血鬼がさらに強力な吸血鬼に襲われて血を吸われてたって言ってたよな?」


「言いましたが、それがなにか?」


アシュリーちゃんは、それのなにがおかしいんだと言いたげに頬杖をついて、俺の次の言葉を待つ。


まあ、俺もそう思っていたからな。今のこの子の態度には親近感すら湧いてくる。


「普通の人間じゃ明かり一つないアーケードの中で、血を吸われていたなんて細かい状況は外から見ただけじゃわかんねえんだよな。近づいて確認でもしないと……」


「なら、音で判断したかもしれませんよ?」


「なら、もう一つ。俺はダイナーって吸血鬼に会うまで吸血鬼の強さに階級があるなんて聞いたこともなかった。そんなこと知ってんのは同族か吸血鬼ハンターくらいだよ」


喫茶店の時もそうだ。


よく分からない理由で現れたアシュリーちゃんが帰った後。タイミングよく魅了にかけられた二人の男が俺と優子ちゃんの元に現れた。


ここまで違和感が重なれば、疑心は確信に変わる。


「あらあら、それは誤算でした。当たり前の感覚というのは中々偽れないものですね」


自分の正体がバレてもさして焦る様子のないアシュリーちゃんに、


「お前たちの目的はなんだ? どうして賢者を殺したいんだよ」


俺はヨハンが言っていた血鬼四夜ヴァンパイア・フォースナイトの目的、賢者殺しの真意を尋ねる。


「それもばれてるんですか。皆さんお喋りが過ぎますね、まだ生きてたらお仕置きしてあげたのに」


俺の言葉を聞いて、アシュリーちゃんが片手で顔を覆いながら困ったように笑う。


確かに、その意見には俺も同意だった。


仲間意識が薄いのか自分自身の強さの表れか、奴らにそこまで必死に情報を守っていた印象がない。


「やっぱり生け捕りにされた同族たちを助けるためか? それともその行いへの復讐か?」


「半分正解で、半分はずれです。そもそも私たちは目的の一致で手を組んだだけで仲間でも友達でもありません。少なくとも同族がどうだとかどうでもいいんですよ。私は」


俺の質問に答える彼女はつまらなそうに言う。


「だったら、なんでゴルドール・リーマンを――――」


俺が三度目の質問を投げかけた時、アシュリーちゃんの目つきが急に鋭くなる。


「ゴルドール・リーマンに父を殺されたからです。これ以上の、これ以外の理由が復讐に必要ですか?」


「っ!? じゃあ君が五年前の事件の……」


この前、盾石のオッサンに渡された外国の新聞に載っていた事件の吸血鬼が、アシュリーちゃんの父親だったのか……!?


「よく知っていますね。他国の小さな事件の話なんて……そうです。五年前、ゴルドール・リーマンが無抵抗だったにもかかわらず英雄気取りで殺した吸血鬼が私の父であり、あたかもリーマンに助けられたかのように書かれていた母子が私と母です」



「私は、ヴァンパイア・ハーフなんです」



アシュリーちゃんが語った予想外の真実に驚きを隠せない。そして彼女は、今度は自分の番だと言わんばかりに問いかけてくる。


「私はあなたの問いに答えました。なので今一度聞きます」


それは彼女から聞くのは初めてだったが、俺が対峙した相手達からもう何回も聞いた台詞だった。


「私と手を組んで、一緒に賢者を殺してくれますか?」


アシュリーちゃんが差し出した手を見つめる。

この手を掴めばこの子と共に賢者を殺すことになる。


確かに、俺にも賢者とは浅からぬ因縁がある。


この町に来たのもそもそもは賢者を全員探し出してぶっ飛ばすためだ。


だから、この提案は俺にとって願ったり叶ったりだ。だが……


「それはできねえ相談だな」


それでも俺は、その誘いを何回でもきっぱりと断る。


「なぜですか? あなた達は悪人が許せないのでしょう。それなのにリーマンは見逃すのですか、この世に五人しかいない英雄の賢者だから?」


俺の答えに不満があるアシュリーちゃんは、俺の正義にそう問いかけてくる。


「ぷっ、はははははは」


アシュリーちゃんが放った的外れな言葉に、俺は雰囲気を壊して、思わずふきだしてしまった。


だけど、これはさすがに笑わずにはいられない。


「さすがにこの状況でのその不愉快な笑い声は開戦の合図と受け取ってよろしいですか?」


アシュリーちゃんがまたもや殺気をはらんだ鋭い目つきになって、こちらを睨みつけてくる。


「ごめんごめん、アシュリーちゃんがあんまりにも可笑しなこと言うから笑っちまった」


「おかしなこと、とは?」


ギリギリのところで苛立ちを抑えながら、アシュリーちゃんは俺の言葉の意味が分からないと、机を人差し指でトントン叩きながら聞き返してくる。


「盾石のオッサンはともかく、俺は悪い奴を許せないなんて、そんな正義漢じゃないよ。ただ自分が気にくわない奴を打ちのめしてるだけだ」


今回はたまたま優子ちゃんを助けることになったが、毎回のように誰かの為に化け物退治なんてやってるわけじゃない。


「なるほど。では私に協力できないのはおじさんの気が向かないから、ということでしょうか」


「まあ、概ねそれで合ってるよ」


「そうですか。出来れば自分の意志で協力してほしかったですが、こうなれば手段を選んでいる暇はなさそうなので仕方ないですね」


アシュリーちゃんは、言葉と共に俺の胸ぐらを掴んでお互いの顔の距離を縮める。


口づけでもされてしまうのかと思ったが、どうやら違う。彼女の顔は俺の顔にぶつかる前に止まった。


女の子のキスを拒むのは辛いので、正直ホッとする。


アシュリーちゃんが至近距離で左目を閉じると、開かれた右目に怪しげな光が浮かび出す。


「おじさんも、私の復讐に協力してくれますね?」


まるで、そうするのが当然ような口ぶりでアシュリーちゃんが俺に向かって、息の当たる距離で甘く(ささや)きかける。


これはどうやら魅了を発動してされてしまったらしい。これはさすがに不味かったか?


俺の心に一抹の不安が滲み出る。


「……」


「どうしたんですか? 返事ができないんですか」


「えっと、だから断るよ」


俺は特に何の影響も受けていない自分に納得しながら平然と答える。


魅了は喰らったことなかったが、やっぱりこれも効かなかったか。


「どういうことですか!? なぜ魅了にかからないんですか!」


今日初めて、驚きで取り乱したアシュリーちゃんの顔を見ながら俺は言う。


「詳しくは知らないけど、俺は昔からそういう類の術には耐性があるみたいでな」


こればっかりは生まれつきなのでなぜと言われても、他に答えようがない。


「全く無茶苦茶な人ですね、なら仕方ないです。協力ができないならたった今からおじさんは葬るべき敵です。今度はあなたの心臓を物理的に撃ち抜いて差し上げます」


早くも、落ち着きを取り戻したアシュリーちゃんは席を立って飛び下がる。


そして、俺を見据え右手を真横に構えた。

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