射抜かれるのは、ハートかそれとも心臓か。その二
「お待たせしました。夕飯などはどうします? 買って帰りますか」
約束の時間に入り口に戻ってくると、すでに私服姿に着替えていたアシュリーちゃんが待っていた。
私服といっても、落ち着いた色合いの赤いロングスカートに白い襟のついた黒い長袖のブラウスという金髪碧眼の女の子とは思えない、案外普通の格好だった。
それでも、可愛いのは言うまでもないが。
「それ似合ってるな、可愛いと思うぞ」
「そんなことは聞いていないので、質問にだけ答えてください」
俺の感想を聞いたアシュリーちゃんは、こっちを睨みながらつれないことを言う。
「夕飯ってアシュリーちゃんの手作りなのか?」
「いえ、違います。そういう期待はしても無駄ですよ、私は家事などはできないタイプなので」
アシュリーちゃんはなぜか自慢げに、ポーズまで決めて宣言する。
そこまで自信が無いと言われると、逆に食ってみたくなる。
「そっか、俺も一人暮らしでなんも出来ないしな。できることなんて化け物をぶっ飛ばすことくらいだよ」
「さすがにそれよりはいくらか出来ることもありますので、おじさん一緒にはしないでください」
はっはっは、と笑っている俺の言葉は、無表情で流されてしまった。
「まあ、飯のことは一旦置いておいて、行こうぜ」
「ええ、では大通りを歩くのは目立つので回り道をして行きましょう」
「別に俺はブラック・パージとかいう奴らに襲撃を受けても平気だが、いざこざにアシュリーちゃんを巻き込むわけにもいかないしな」
俺とアシュリーちゃんはビルの間をすり抜け、そのままいくつかの路地をジグザグに進んでいく。
そして、アシュリーちゃんを追って路地を出ると、住宅街に面した道へと辿り着いた。
「ここまで来れば、あの黒服の方々に見つかる心配もないでしょう」
「アシュリーちゃんがこんな裏道を知ってるなんて意外だな。趣味は散歩とかだったりするのか?」
「趣味というほどではないですが、たまにしますよ。お散歩は」
意外だな。この子歩くのとか面倒くさがりそうなのに自分から出歩いたりするのか。
「俺も散歩は好きだぜ? この町に来てからは化け物に会わずに帰れた時の方が稀だけどな」
「それはよかったです。まだ少し歩くので、おじさんが帰りたくなっていないか心配で」
「だから、今の俺には帰る場所がないんだって」
なんかかっこいいセリフみたいになってしまった。本当にただ、住んでいた部屋から追い出されただけなのに。
その後、アシュリーちゃんの言った通り少し歩るくと、住宅街の先にある三十階建てのタワーマンションの前でアシュリーちゃんが立ち止まる。
「え、まさかここが……?」
「勘違いしないでくださいね。ここは父が仕事用に買って使わなくなった物をもらっただけで、私が購入したわけではありませんから」
「いや、ここに住んでることに驚いていたんだが、まさかこのマンションそのものがアシュリーちゃんの家とは思ってなかったよ……」
そりゃ料理なんてするわけないよな。まるっきり箱入り娘じゃねえかよ。
「では、立ち話もなんですし行きましょうか」
面食らう俺を無視してエレベーターに向かったアシュリーちゃんの後を追いながら、俺は真面目にこの子への態度を改めようと誓った。
俺たちを乗せたエレベーターが到着したのは最上階の部屋。
まあ全部自分の部屋だからどこでもいいんだろうけど。
エレベーターを降りて、玄関に開け中に招かれる。
しかし、そこでアシュリーちゃんはちょっと着替えてくると言ったきり部屋の奥へと行ってしまった。
一人取り残された俺は、仕方なくリビングで大人しく待つことにする。
さすがに随分年の離れた女の子の家を物色するのは気が引けるので、大人しくダイニングテーブルに座って待つ。
盾石のオッサンの部屋なら遠慮なくお宝探しといくのだが。
「お待たせしました。お飲み物はなにがいいですか?」
部屋着の黒いパーカーに赤いハーフパンツ姿のアシュリーちゃんが奥の部屋から出てくるなり、左右の手にコーヒーと紅茶の袋を持って聞いてくる。
どちらも俺も見たことのあるインスタントで、少しホッとする。
「コーヒーをもらえるかな、砂糖は少ししか入れなくていいぜ」
「いらないとは言わないんですね」
クスクスと笑いながら、アシュリーちゃんが呆れた声で言う。
「そういえば、優子が昨日のことでお礼を言ってましたよ?」
アシュリーちゃんがインスタントコーヒーのお湯を注ぎながら世間話を始める。
もう下の名前を呼び捨てにする仲なのか。
年が近いとはいえ女の子は仲良くなるのが上手いよなぁ。
「家まで送っただけだから大したことはしてないけどな」
「いえ、私からもお礼を言わせてください。優子の友人として……昨夜の事、それから以前の悪漢の時のことも」
アシュリーちゃんは自分のことのように辛そうな表情で、友の分も俺に頭を下げてくる。
「やめてくれ。たまたま通りがかっただけなんだから」
「それでも言わせてください。あの日、優子を助けてくれてありがとうございます」
単なる世間話かと思ったが、いつの間にかすごく真面目な話になってしまった。
実は真面目にお礼言われるのはちょっと苦手だったりするんだよな。なんて返したらいいのか分からん。
「なあ、アシュリーちゃん」
「なんですか?」
頭を深く下げているアシュリーちゃんに、俺は頭を上げてもらおうと気になっていたことを聞いてみる。
「コーヒーって、いつ出来るんだい?」
「あ、ごめんなさい。持って行くのを忘れてましたね」
そういって、マグカップを持ってアシュリーちゃんが早歩きでこちらに来る。
「どうぞ」
「ありがと」
俺は手渡されたコーヒー受け取りながら、閉じられたカーテンの隙間から、すっかり暗くなった外の景色に目を向けた。
眼下の人工の光が瞬く闇を見つめながら、ヨハンに杭を胸に打ち付ける間際に約束通り一つの隠し事を打ち明けていたことを、再び思い出す。
『魅了っていうのはね、異性にしか使えない術なんだよ』
俺は、コーヒーをゆっくりと一口飲んでからアシュリーちゃんに、もう一つ気になっていたことを聞いてみる。
「アシュリーちゃん、君が血鬼四夜のボスで、この事件の“最後の吸血鬼”なんだよな?」
それを聞いたアシュリーちゃんは何も言わずに自分の目に触れる。
次の瞬間、彼女が見せたのは“深紅の瞳”の冷たく殺気立つ、凍りつくような笑みだった。




